推し様と俺
この時期になると、毎年息吹は受け取るものがある。受け取った息吹と、そんな息吹の機嫌がいいと知った甘える来斗の話。
この時期になると、毎年息吹は受け取るものがある。
「ありがとうございましたー!」
元気良い宅配便のお兄さんから大きな箱を預かった息吹は、重くて玄関先に置いてもらったそれを開いた。
「……わ」
開けた瞬間、息吹は小さく声を上げた(これでも驚いている)。
クールボックスの中には、蟹や伊勢えび、新鮮な貝がぎっしりと詰まっていた。
普段はどんよりしている息吹の目にも多少の輝きを見せるほどだ。
床に置いていた蓋を指でつまんでめくり、差出人を確かめた。
(……)
また蓋を床に置いた息吹は、じっくりとキラキラと輝く魚介類を見つめていた。
すると、撥水タイプのミニレターが入っているのに気づいた。
”いつも本当にありがとう!! 社長andマネージャー陣より”
それを見ていつも息吹は首をかしげる。
(こういうのは、福利厚生なんだろうか)
自分の存在が会社のお偉いさんに知られてるなんてありえないの気持ちで、息吹はミニレターを再びボックスに戻した。
(会社からのお歳暮に、社長andマネージャー陣……従業員にもお歳暮を送ってくれるなんて、気遣うところが多いんだな……)
一従業員の自分にこんな豪華なお歳暮を届けるなんて、芸能界というのは、もしかしたら自分が働いている会社はとっても業績がいいのかもしれない。
そんなことを思いながら、まだ動く伊勢えびに怯えた息吹は蓋を閉めようとした。
「息吹君、そんなとこ座ってどうしたの?」
洗面所から顔を拭きながらドタドタやって来た来斗が息吹を後ろから抱きしめ、息吹が閉めようとしたクールボックスの箱を開けた。
「すごー!なにこれ!?」
「……会社からの、お歳暮」
「へー!」
ぴらりとミニレターを見た来斗は、ふっと笑った。
「息吹君、魚介好きだからよかったね」
来斗が息吹に顔を向けると、息吹が腕の中でコクリとうなずいた。
そっとその顔を持ち上げた来斗は、うちゅーっと息吹の唇を吸った。
「…………なに」
口調はいつも通り素っ気ないが、なにしてくれとんじゃの雰囲気を含む息吹に来斗はニカッと笑った。
「息吹君がかわいかったから♡」
「……」
そう言った来斗の方こそかわいい。さっき顔を洗ってたから少しだけ髪も濡れてしまっていて、なんとなく色気もある。
そんなこと思っていても、息吹はそんなことは言わない。
「今日は豪華な晩御飯になるね」
クールボックスを持ち上げキッチンへと運ぶ来斗の後ろに、息吹はトコトコと続いた。
「毎年お歳暮、ありがたい」
「そーだねー」
来斗の所属する事務所で働くようになって数年、その間に来斗と同居(来斗の前では同棲と言わないと拗ねる)するようになり、その頃からお歳暮が届くようになり、年々豪華になっている。去年は確か、老舗料亭のうどんすきのセットだった。
「会社、業績どんどんよくなってる?」
「ん~、俺も詳しいことはわからないけど去年よりCDもDVDもグッズも売り上げよかったらしいよ。ファンクラブもこないだのライブ以降すごい増えたし。映画館のライブビューイングも完売してるみたいだし」
ソファに座った息吹に膝枕されながら(本当は力ずくで乗りかかった)、来斗は息吹の腰に腕をまわした。
「なー、頭撫でて~」
「……」
「えへへー」
仕方なし、を言外に出しつつ言われるがまま息吹が来斗の頭を撫で撫ですると、嬉しそうに来斗は息吹のお腹に頭をすりつけた。
(今日は息吹君、ちょっとくらいわがまま聞いてくれるかも)
期待を抱きつつ、来斗は一足先に甘い気持ちになっている。
息吹は知らない。
このお歳暮は、息吹にしか来てないことを。
いつもありがとうは、"いつも(このやっかいな来斗の面倒をみてくれて)ありがとう!!"の略だ。
基本的に素直でやる気満々の来斗だが、ワイルドを担当できるほどの傲慢さもわがままっ気もある。
まだ事務所内ではその取扱いに苦戦している。
ただ、ひとつだけ解決策がある。
例えば、先日発売されてバカ売れした『ふらわーべーすの旅気分(旅行気分で事務所の会議室で過ごすという謎企画)』。
始め、来斗は断固として反対した。
それはこの企画がどうこうではなく、事務所に1泊しなければならなかったから。もちろん事務所には仮眠用や宿泊用の設備は整っているのでそれが原因ではなく、”遠征に出ているわけでもないのになぜ息吹と離れないといけないんだ!?”と駄々をこねた。
そんなとき、魔法の呪文”カメラマンは息吹君だよ☆”をささやくことで、この問題は一気に解決し、来斗のやる気も倍増した。
実際、息吹はハンディカメラをいきなり持たせられることになり右往左往したのだが、ハンディカメラを持つ息吹に愛想よく、たまにからかうようなそぶりも見せる来斗。見てる側からすると、「え?わたしもこの旅行の一員だったっけ?」と思わせる内容となった。
来斗に合わせて愁も夏樹も見ている側を意識させる振る舞い(愁に嫉妬する来斗のシーンももちろんあった)ではあったが、来斗の撮り高は群を抜いており、愁も夏樹もそれにつられて想定以上の出来となった。すぐに再販と第2弾の発売が決定するほど抜群だった。
息吹からすれば、”昔から懐いてくれる来斗※たまに挙動不審”であるが、事務所からすれば”息吹君がいればこのじゃじゃ馬をもっと輝かせられる!ありがとう息吹君!"なのである。
「……お茶取ってきていい?」
「ダメ!今は俺の時間!」
適当なことを言って立ち上がろうとした息吹を離すまじ!と来斗はさらにぎゅっと息吹に抱きついた。
頭上からふぅっと諦めたような息遣いが聞こえた。けれど来斗は気にしない。
(どかされないってことは、今日の息吹君は機嫌がいい。お歳暮効果だー)
そしてこのお歳暮が息吹にしか来ていないことを、来斗は知ってる。
来斗のことなら息吹に言えばなんとかなると事務所も認識している──もし息吹が自分から離れようとしても、絶対に事務所も止めるだろう。
(ま、そんなことにはならないけど)
幾重にも幾重にも、息吹が自分から離れないように、ずっと一緒にいるように来斗は備えている。
「来斗」
「なぁに?」
来斗は仔犬のような、きゃるるとした目で息吹を見上げた。
「……吸わないで」
息吹の腹に顔をくっつけた来斗は、さっきから猫吸い以上に息吹吸いをしていた。なんなら若干パーカーの裾もめくり上げて息吹の地肌に触れているので、顔にパーカーの裾が乗っている。
若干、にしているのは、堂々とめくり上げると息吹に怒られるが、若干だと”たまたまそうなったのかも?”と息吹が怒るに怒りきれないことを来斗はわかってやっている。
「なんでダメ?」
「……ぞわぞわする」
そうして息吹が裾を下ろそうとするので、来斗は顔で妨げた。
職業:アイドルの来斗の顔を万が一でも傷つけるわけにはいかない──息吹は下ろそうとした手を止めた。
「やだもーん、息吹君大好きだから吸いたいもーん」
へへーと笑ってそう言うと、これはダメだなと息吹は諦めた。
「でももっといっぱい吸いたいから、ベット行こ?」
「……」
体勢を逆転され、かわいいからワイルドにシフトチェンジした来斗を見上げることとなった息吹は、げっそりとした顔で開いた口が塞がらなかった。
なぜなら、今起きているのも、宅配便を受け取れたのも、一晩中来斗が離してくれず、寝かせてくれなかったからだ。
だから、信じられない──そういう顔を息吹がしてもおかしくはない。
「いぶきくん~」
「無理」
来斗が息吹の腹にゴロゴロと頭をすりつけて来た。
けど、もう体力的に難しい。さすがに一度寝たい。
だけど、言葉足らずだ。
「なんでどーして!?俺とくっつきっこするの嫌いになったの?」
案の定、来斗は騒ぎ出した。
今の来斗はとても面倒くさい。きっとこのままだと自分の要求を通そうともっと暴れ出すのが目に見える。
動かない頭で息吹は考えた。
「来斗」
「なーに?」
すでに片頬を膨らませている来斗の顔を両手で包んだ。
「僕、眠たいから、後で。ね?」
「……うん、いいよ!」
返事をした来斗は、息吹を抱えてベットに一直線した。
さすがに息吹が眠いと言っていたため、来斗は羽交い締めかと疑うほどに息吹を抱きしめたまま鼻歌交じりで一緒に寝ころんだ。
そう、息吹は『必殺・後回しにする』を繰り出したのだ。
起きた時にどうなるかはわからない。けれど、ぴたりとひっついている来斗の体温が心地よくって、息吹はすぐうとうとした。
「おやすみ、息吹君」
その声はとても優しくて、穏やかな気持ちで眠りについた。
(後でってことは、今日は息吹君も俺も仕事ないし、ずっといちゃいちゃできるってことでいいんだよね!でも海鮮は食べたいだろうから、息吹君起きたらいちゃいちゃして、お風呂入っていちゃいちゃして、上がったら海鮮食べて、食べたらまたいちゃいちゃしたらいいよね!あ、でもお風呂は息吹君嫌がるかもしれないから体洗ってあげるだけにして、それから──…)
機嫌の直った来斗がそんなことを思っているなんてつゆ知らず、穏やかに息吹は来斗に抱えられながら眠った。
あと1~2話くらい更新予定です。




