俺に推し様
朝から息吹に避けられている気がする──音楽番組出演を前にダンススタジオで夏樹と愁に相談をする来斗。ケンカをしたわけでもないのになぜそうなったのかと言うと……
「やっぱり、今まで生ぬるかったのかもしれない」
ダンススタジオは前方の壁一面が鏡になっている。その前に置いていたレモン水を飲んだ来斗は、鏡に手を付きながら深刻な面持ちでそう言った。
「なにやってんだ、あいつ」
「私にはわかりかねますな!」
怪訝な表情で来斗を見る夏樹に、愁が快活に答えると
「俺の息吹君への愛情表現が足りなかったかもしれない……このまま別れようなんて言われたら、俺……」
ガクリと膝を折った来斗は床に手を付いた。
『至宝級イケメンランキング』殿堂入りの顔を持ち、ステージ上でワイルドに歌って踊る来斗の今日のスタイルは──前髪をピンで上げ、後ろはウサギさんが付いているゴムでくくっている。もちろん練習着は自作の息吹の写真がプリントされたTシャツだ。胸元にはでかでかと『I ♡ IBUKI』と書かれている。
今日も順調に、とてもファンには見せられない姿である。
「はぁ?知らねーよ」
そう答えた夏樹は、後ろに手を付いて投げ出した足を大股開いている。頭に巻いていた『粗品』とプリントされたタオルを外し、それで汗を拭き始めた。そこには普段、ファンの前で見せるかわいいの権化の姿などなく、あちーあちーと言いながら服をめくりあげて汗を拭く姿はおじさん然としている。
「大問題だから、早急になんとかしないと……!!」
今にも震え出しそうな勢いで、顔を青くしている来斗はぶつぶつ言いながらスタジオ内を早足で歩きまわる。
「来斗氏はどうしてそう思われたのですか?はぁ…はぁ…」
ダサすぎる瓶底眼鏡のレンズを拭き終えた愁は来斗とは反対にウキウキし始めた。
アイドルとしての愁のクールで凛とした姿はそこにはなく、スマホを持って来斗に近づく愁の頬は興奮に赤く染まっている。根っからの腐男子──推しカプではないものの、最も身近にいるカップルの日常に興味津々である。
「実は……」
来斗が罪の告白のようには今朝の話をしだすと「終わったら起こせ」と夏樹は横たわった。
「じゃあね息吹君、すぐ帰ってくるから。帰ってきたら一緒にジェンガしようね」
玄関先で子犬のような目をした来斗が息吹の手を握った。
急遽出演することとなった明日の音楽番組出演を前に、今日はフォーメーション確認含めリハが行われることになった。
「本当は、今日は一日息吹君と一緒にいられると思ったのに、俺──…」
「いってらっしゃい」
愛を語ろうとしていたところ、パーカーのフードを深々と被った息吹に切られてしまった。
全く顔が見えないが、きっと同じように寂しがっているんだろうと思った来斗がフードを取ろうとすると、息吹がその手を遮った。
「……へ?」
ゆっくりと来斗の手を下ろした息吹は、控えめながらも繋がれていた方の手も外し、もう送り出したと言わんばかりにすり足でリビングへと後ずさっていく。
「ま、待って息吹君!」
そんな息吹の腰に抱きついた(むしろタックル)来斗と一緒に、息吹はベタン!!音を立てて廊下に倒された。
「なんで、どうして!?俺が仕事に行って寂しいでしょ!?我慢しなくてもそう言ってくれていいんだよ!!」
「……早く行って」
同じ思いだと言ってと懇願する来斗に、ぼそぼそとした口調ではあったがはっきりと息吹は来斗にそう言った。
そのままショックを受けている来斗の腕から這い出た息吹は、ずれたフードを被りなおしてからリビングに戻るとそっと扉を閉めた。普段は開けたままにしているリビングの扉を。
話し終えた来斗は、三角座りした膝に顔をうずめた。
「もう俺はダメだ……拒絶されるなんて……。息吹君に嫌われたなら、もう俺……」
ガクガクと来斗が震えていると、起き上がった夏樹が「うぜぇ!」と言いながら来斗の頭を殴った。
「夏樹氏!頭部はダメ!」
「夏樹君ひどいよ!こんな時くらい優しくしてくれても……!」
二人が非難の声を上げると、「ハッ」と夏樹が鼻で笑った。
「お前バカじゃねぇの?息吹のこと好きなんだろ?」
「好きどころじゃない、大好きだし愛してる!」
来斗を足蹴にする夏樹、そんな夏樹に息吹への愛を真剣に叫ぶ来斗──けれど静止画で見ると超絶顔のいい男が美少年に足蹴にされていて──なんて良い絵面なんだろう。愁は思わずスマホで撮った。
「そんならここでグダグダ言ってねぇで、さっさとリハ終わらせて、一刻も早く息吹にキスの一つや二つかましてお前の愛を伝えろよ。息吹にお前のこと惚れなおさせてやれ」
夏樹の発破にハッとした来斗は勢いよく立ち上がった。
「夏樹君の言うとおりだ、早く帰って息吹君に俺の愛をうんと伝えるよ!」
「おう、さっさとリハ終わらせようぜ!」
「俺、顔洗って気合入れなおしてくる!」
「おう、行って来い」
来斗が猛ダッシュでスタジオを飛び出すと、夏樹の肩にポンっと愁が手を置いた。
「夏樹氏、とてもよい励ましでした。二人の愛が永遠に続くことを夏樹氏も応援していたのですね」
”同志よ!ともに見守ろうぞ”
愁はそんな思いでいっぱいであったが、
「いや、このあと競馬だから早く終わりてーんだよ。あのウジウジ野郎のせいで間に合わなかったら、ただじゃおかねぇ」
強く握られた夏樹の手には、競馬新聞が握られていた。
「……夏樹氏、ぶれないですね」
そうして怒涛の勢いでリハを終え、来斗は急いで家に帰った(夏樹も急いで競馬場に向かった)。
(ご機嫌取り、じゃないけど息吹君の好きなケーキも買って来たし……よし!)
辛うじてタクシーに乗るときにウサギさんのゴムを外し帽子とマスクはしたが、IBUKI-Tシャツで来店したパティスリーで”オーラが抜群にあるオタク……?”と変な目で見られていたのも気にならない(注意:着用していることではなく息吹の愛らしさが世間に知られることを来斗は気にする)ほど、必死な思いで来斗は帰宅した。
「た、ただいま~……」
いつもより弱々しい声で帰宅を告げ、そっと家に上がり、静かにリビングの扉を開けると、ちょうど目の前に息吹が立っていた。
「あ、息吹君」
来斗と目が合った瞬間、息吹が手に持っていたトレイを落とし、割れた食器が大きな音を立てた。
が、来斗にはそんな音は耳に入らなかった。
なんせ目の前の息吹が自分を見た瞬間、顔を真っ赤にして目を潤ませたのだから。
シーンと静まり返った室内で、コロコロと転がっていたコースターが倒れた音だけが響いた。
「……あ、あの、息吹君」
戸惑いながらも来斗が息吹に手を伸ばすと、それを避けた息吹が来斗の横を通り過ぎて廊下へと早足で逃げた。
「待って、息吹君!」
持っていたケーキボックスから手を離し、寝室に入る直前で息吹を捕まえた来斗は、息吹を己の腕の中に閉じ込めた。
「ね、息吹君どうしたの?今日変だよ、俺のこと全然見てくれないし、避けるし……」
息吹はひどくうつむいて、来斗を見ようともしない。
息吹が逃げようとすると、来斗もさらに焦りが出る。
「俺、なんか怒らせるようなことした?もう俺のこと嫌い?俺なおすから、息吹君が嫌なとこ全部なおすから、だから、お願いだから、おれのこときらいにならないでぇ~……」
わぁぁぁ~と声を上げながら、とうとう来斗は泣き出してしまった。
来斗が泣き出すなんて思っていなかった息吹は、床に座り込んで嗚咽する来斗をゆっくりと振り返った。
「……来斗、泣かないで」
「うぅ~、い、いぶきぐん~……」
息吹によしよしと頭を撫でられ、そのまま膝立ちになった来斗は息吹の胸に顔をうずめて泣き続けている。
「……ごめんね。来斗は、悪くないよ」
「じゃ、じゃあなんで俺のこと避けるのぉ……、俺のこときらいになったんだぁ…」
そう言いながらも小さな子どものように嗚咽しながら来斗が泣き続けるから、言いずらそうにしていた息吹も口を開いた。
「その、恥ずかしく、て……」
「え……?」
わぁわぁと大声で泣いているのに、聞こえるか聞こえないかの小さな息吹の声を来斗ははっきり聞き取った。
「はずかしい……?」
なんでそんなこと言うんだろうか。わかりかねて涙も止まった来斗が復唱しかできないでいると、息吹の頬が上気した。
「その、昨日の夜……」
昨日の夜のこと──来斗と息吹は今話題の韓国ドラマのラスト3話を一気見していた。離れ離れの主人公たちが再びめぐり逢い、感動のフィナーレを迎えた。見終えると息吹はうっすら浮かんだ涙をぬぐい、そんな息吹を抱えたまま映画を見ていた来斗は涙で息吹の首筋を濡らすほどに号泣していた。
「よかった、二人とも再会できてよかった~!」
「うん、そうだね」
来斗の涙をティッシュで拭きながら、見終えた後感想を述べ合うまではよかった。
そこからどうしたことだろう。
映画の効果だろうか。寝室に入ったところまではいい。来斗が手を繋いで寝たいというので手を繋いだ。それもいい。やっぱりキスもしたいと言ったのでキスもした。それもいい。問題はそこからだ。
いつもより長く濃いキスを繰り返し、気づけば互いを求めあい、深く深くつながって愛を確かめ合った。
問題は──
「息吹君、愛してる」
欲に満ちた目で自分を見つめる来斗──そこにはいつものかわいさなんて一切なくて、貪るように、いつまでも足りないように自分を求めてくる。
「……もっとして」
今日はなんだか息吹もそういう気持ちだった──来斗に、もうなにも考えられないくらいに満たしてほしかった。
だから、来斗の首に腕をまわして、息吹は耳元でそう言った。
「……息吹君」
びっくりした顔をした来斗だったが、すぐに優しい顔をしたと思ったら意地の悪い笑みを浮かべた。
そのままグイッと起き上がらされた息吹は、来斗の上に乗せられた。
「……あ、待って、や……」
そこから、自分で言ったのにも関わらず喘ぎ続けることになり、最後は意識を失うようにして息吹は眠りについた。
「……だから、昨日言ったことが、恥ずかしくて……あと」
そう言って息吹はぶかぶかのパーカーのフードをぎこちなく外した。
首元に、キスマークと歯形がいくつも見える。
「これも、びっくりして……」
”言ってしまった”というように、息吹はパーカーを被りなおしてぎゅっと目をつむってうつむいた。だから、息吹の胸にぴったりと顔をつけて見上げる来斗には、息吹の恥じらう様がしっかりと見えている。
「息吹君、じゃあ、俺のこと……」
「……嫌いじゃないし、……昨日すごく愛してもらって、その、愛されてるなって、もっと思ったし、その、僕も……」
好きで、好きすぎて恥ずかしくて息吹が来斗を見れなくなっていただなんて──
来斗は天使たちが自分に祝福の鐘を鳴らしてくれているのが聞こえた。
今日心配しすぎたせいもあったのかもしれない。その反動でそのまま来斗は後ろに倒れた。
「……来斗?」
ツンツンと息吹がつついても、来斗は目覚めなかった。
(……体痛い)
目を開けた来斗は(なんで廊下?)とぼーっとしながら天井を見上げ、熱いなぁとブランケットをめくった。
「……っ!!」
危うく叫ぶところだった。ぴったりと引っ付いて息吹が眠っているのだから。
”……嫌いじゃないし、……むしろ、昨日すごく愛してもらって、その、愛されてるなって、もっと思ったし、その、僕も……”
こんな素晴らしいことを、息吹から言われる日が来るなんて思わなかった。
(俺、愛されてるんだなぁ)
喜びを愛しさを噛みしめながら息吹をぎゅっと抱きしめると、「うっ」とうめいた息吹が目を覚ました。
本当は風邪引かないように来斗をベットに運びたかったが、もちろんそんな力は息吹にはない。だからせめて冷えないように、自分が湯たんぽ代わりに一緒に寝ていたのだ。
「あ、息吹君起きた?」
来斗が力いっぱい抱きしめるから苦しくて起きたのだが、そんなことは言わずにコクリと息吹はうなずいた。
そうすると、パーカーの首元がずれて来斗の噛み跡があらわになった。
「ごめんね、昨日俺がやりすぎて」
そのごめんはとても愛と優しさに満ちていた。
「……見えにくいとこにしてもらえた方が、いい」
ぼそぼそと息吹がそう言うと、ガバリと起き上がった来斗が息吹に覆いかかった。
「跡つけるのは、いいってこと?」
来斗が目をキラキラさせてそう聞くから、小さく息吹はうなずいた。
「息吹君、俺、息吹君に愛されてるってすごく感じるよ」
恍惚とした笑みを浮かべた来斗は、そのまま息吹のパーカーの裾をめくった。
「……え、あの、来斗?今じゃなくて……っん」
しばらくの間、来斗は優しく息吹に所有印を付け続けた。
行為のあと、リビングに戻って崩れてしまったケーキと割れた皿を片づけた。黙々と手を動かしていたけど、幸せな雰囲気が二人の間には漂っていた。
「FlowerBaseさん入りまーす!」
「よろしくおねがいしまーす!」
イヤモニをつけながら、来斗をはじめに夏樹、愁もステージに上がった。
生放送ということもあり、スタジオ中緊張感にあふれている。
「今日機嫌いいじゃん」
今日はマイクでの歌唱と言うこともあり、表情管理はしているが夏樹は普段の口調で聞いた。
「仲直りできたのですか?」
最小限薄さで口を開いた愁も興味津々だ。
カメラに背を向けた来斗は円陣を組むふりをして、二人をそばに来させた。
「昨日はもう、息吹君と二人で愛の深さを確かめ合ったというか──二人とも相談に乗ってくれてありがとう」
はにゃんと顔を崩す来斗の姿はいくらカメラが回ってないからといっても見せられたもんじゃない。
「なんだ、別れてたら面白かったのに」
「もー、夏樹君ったらぁ」
「今日はいい歌届けられそうですね」
スタッフから「お願いしまーす」と声がかかり、カメラを向いた来斗は挑発的な笑みを浮かべていた。
「今日の俺、二人を置いていくほどいい歌うたうから」
そんな来斗に二人はあっけにとられるも
「それは聞き捨てなりませんね」
「はっ、できんならやってみろよ」
性格は全然違う三人だが、だからこそいいグループなのかもしれない。
「それでは皆さんお待ちかね!FlowerBaseでLylic LoveHolic」
CMがあけ、アナウンサーの曲紹介に続きイントロが流れ始めた。
急遽出演が決まり曲をどうしようかというところで、ファンの間で人気の高い初期の頃のバラードを歌うこととした。
この曲はメンバー3人で作詞作曲し、LylicとファンネームのLilyをかけていると噂されている(実際にはほとんど愁が作成し、BL漫画『リリカル☆マジック~異世界で王子に僕は愛される~』への想いをもとに作られた)。
地上波初歌唱ということもあり、視聴率はうなぎ上りだ。
カメラの向こうで大勢の人が見守る中、歌唱が始まる前のカメラが来斗を捉えた瞬間
「愛する君に歌います」
ワイルドが売りの来斗の、その儚くも優しい笑顔にくぎ付けになったのはLilyだけではなかった。
本番後”#FlowerBase””#フラベ来斗""#来斗に殺される"とトレンド1位はもちろん、”尊みがえぐ過ぎる”と世間の注目を一瞬にして惹きつけ、写真集の依頼も殺到することとなった。
「ただいまー」
「おかえり」
「え、息吹君!?待っててくれたの」
来斗は顔を輝かせた。なんたって仕事に行くときに玄関まで見送りに来てくれることはあれど、出迎えは貴重だ。
(これも、愛が深まった効果!?息吹君も一刻も早く俺に会いたいって思ってくれてるの?!)
来斗は喜びを大あらわにし、息吹には来斗が振るしっぽが見えるようであった。
けれど、見えてないふりをした。
「あのね、来斗」
「なぁに、息吹君」
来斗はワクワク顔で息吹の言葉を待つ。
「今日の歌番組のイントロで言ってたの、もしかして」
「見ててくれたんだね!もちろん、息吹君に言ったんだよ!」
もしかして息吹君からお返事もらえるのかな──期待にあふれて来斗が待っていると、息吹ははっきりと言い放った。
「あぁいうの、公私混合だからよくないと思う」
はっきりと、バッサリと、いつも通りのローテンションで息吹はそう言った。
まさかの出来事に、来斗は手にしていたリュックを落とした。
「ど、どうしてなの、息吹君ー!!」
パーカーのフードを深々と被ってスタスタとリビングに戻っていく息吹の背に向かって、来斗は叫んだ。
(うぅぅ……、愛を伝えるって難しい……)
なんとか立ち上がった来斗がリビングに入ると、大型モニターの前で今日の映像をソファに座った息吹が観ていた。
『”愛する君に歌います”』
アップになってそう言う自分が今は憎い。
(怒ってるかな……?)
恐る恐る来斗が息吹をちらりとのぞくと、小さく息吹は微笑んでいた。
その表情は紛れもなく、画面に映る来斗を愛しく見つめるもので──
(やっぱり、あんなこと言ってたけどうれしかったのでは!?)
そう思いながら嬉しそうに映像を眺めている息吹を上機嫌で眺めつつ、来斗はダイニングテーブルで晩御飯を食べ始めた。
本当は隣に行きたいが、今はぐっと我慢している。
今日は息吹への愛を歌に込めていたから、来斗としてもじっくり見て欲しい。
息吹は他の出演者を観ることもなくFlowerBaseの歌唱の部分だけ、何度も見ている。
(息吹君も、ずっと俺のこと見ていたいってことなんじゃ──)
頬を染めつつ、来斗は糠漬けを口に入れた。
見終わった後に感想もらえるかなと期待を抱きつつ急ぎつつも息吹の作ってくれたご飯を噛み締めて食べていたが、気づいた。いや、気づかされてしまった。
来斗の愛を告げるイントロから確かに見てくれてはいる。が数秒戻しながら見ている。息吹が、来斗が愛を告げるシーンはそのまま通り過ぎるのに、愁が映っている部分を何度も何度も繰り返し見ている。
「息吹君──」
足音も立てずに近づいた来斗に背中越しに抱きつかれ、びっくりして息吹は体を震わせた。
「あ……」
見上げた先の来斗の、不機嫌そうなこと。と、思っていたら口を塞がれ、強引に口をこじ開けられた。
「ね、息吹君の恋人は俺でしょ?」
唇が微かに触れる距離で、声を潜める来斗がじっと息吹を見つめる。
「俺よりも愁を見てるってどういうことなの?息吹君にはいつも一番に俺を推してほしい、推してもらわないと俺──」
「あ、あの来斗っ」
ゆっくりと息吹を押し倒した来斗は、ソファの背もたれを飛び越えて息吹の上にまたがった。
モニターでは来斗が息吹への愛を高らかに歌っている。
来斗は画面に映る自分にいらだった顔を向けた。
「……あの、来斗。どいて」
困惑しつつも息吹がスパッとそう言うと、来斗は皮肉な笑みを浮かべた。
そんな来斗に息吹はドキッとした。息吹の中では来斗はいつまでも『かわいい』けれど、そのときの来斗はとても色っぽく大人びた顔をしていた。
「やっぱり、俺が生ぬるかったんだよね」
「あ、あの、来斗、そうじゃなくって、勉強になるなって!」
伸し掛かると息吹に強く胸を押された来斗は、「勉強……?」とつぶやいた。
「その、今日のカメラマンさんすごくうまくて。来斗と夏樹はもちろんだけど、愁君をいろんな角度から撮って、しかも自然とカメラ目線になるようにしてて……。僕も番組編集してるときにすごく悩むから勉強になるなって思って……」
もごもごと息吹が言い訳をしていると
「……なぁんだ〜、そっかぁ」
ほっと胸を撫で下ろした来斗が、息吹の足元にドサッと座った。
「俺てっきり息吹君の心が愁に魅了されちゃったのかと思って焦っちゃった」
てへへと笑う来斗の前で、息吹が能面のようになった。
息吹は、嘘がつけない。
「……息吹君?」
そんな息吹マスターの来斗が、その変化に気づかないわけがない。
「僕、お風呂入ってくる」
「え、息吹君、息吹君ってばー!」
スタスタと風呂場に向かった息吹に来斗が必死にその背中に叫ぶも、逃げる息吹は振り向きもしなかった。
その後、ゆったりと息吹が湯船に浸かっている時に来斗に風呂場を襲撃された。「いやだ」と言っても来斗は離しはしなかった。
それから数日、今度は怒った息吹に来斗は避けられることになるのだが、ケンカするほど仲が良いということで。




