俺の推し様
息吹目線。オーディションに受かったばかりの暴れる来斗と息吹、そしてそれまでの日々(の一部)
(このままじゃ家が壊れる──……)
息吹は心の底から思うと同時に、ドン引きしていた。
「合格したら俺と付き合ってくれるって言ったのに、息吹君の噓つきー!!」
目の前、いや、足元ではわぁぁぁと泣き叫ぶ超絶イケメンが転がり続けている。
「絶対に付き合うんだからー!!」
暴れる男──来斗がバタバタと床で豪快に手足をバタつかせると、ベットに衝突して棚から本も鞄も落ちるし、フィギュアも床に転がり壊れていく。
その様子を息吹は呆然としながら眺めていた。衝撃過ぎて動けなかったのだ。
中学2年にしてすでに170cmを超える長身の来斗が息吹の狭い部屋で寝転がっているだけでも狭いのだ。暴れるには大分と狭すぎる。
「ら、来斗……落ち着いて……」
我を取り戻した息吹が来斗に手を伸ばすと、ピタッと来斗は動きを止めた。
瞬きもせずぎょろりと見開いた目で寝ころんだまま息吹を凝視した来斗。
「付き合ってくれる?」
「それは無理」
正直こわい。振り乱した髪が顔にかかったままガン見してくる来斗もこの状況も。
けれど息吹は返事を変えない。
息吹の返事を聞くと、再び来斗はぎゃあぎゃあ叫びながら転がり始めた。
その様子に息吹は驚きのあまりびくりと体を震わせた。
「絶対に付き合うのー!!」
欲しいおもちゃを買ってもらえず駄々をこねる子どものような来斗。
なぜ、こんなことになったのか。
話したいことがあるからと、今日は会いたくないと言ったにも関わらず部屋の前で2時間も待たれ、根負けした息吹が久々に来斗を部屋に入れると開口一番、緊張感をまとう頬を染め真剣な眼差しの来斗に
「俺と付き合ってください」
「……無理」
いつも通りの平坦な口調でそう言うと、急に暴れ始めた。
(勝手すぎる……)
いや、そもそも来斗はそうだ。いつだって来斗は我が道街道まっしぐらだ。
いや、そもそも来斗はなぜこんなにも自分に固執してくるのか。
息吹は他人の視線にも気づけず、空気を読むのも、その場に応じたリアクションをするのも苦手だ。だから人付き合いが不得意だ。自分でも社会不適合者だと思っている。
それに対して来斗は駄々っ子ではあるものの、基本的には明るく気もつくので一緒にいたくなるタイプ。人が寄っていくのもわかる。
みんな、来斗と一緒にいたい。
それなのに、他の人と一緒にいても、何をしていても息吹があらわれると来斗の優先順位1位は息吹になる。
例えば、あれは小学生の頃。子ども会でのクリスマス。
母親に行って来いと無理やりプレゼントを持たされ、児童館に嫌々やって来た。誰にも見つからないようにコソコソと入り、テーブルの下の隅に隠れていた。壁際だし、長めのテーブルクロスもかけてあるから、見つからないと思った。
のに、たまたま落とした箸が転がって来た。転がってきた方を向くとテーブルクロスをめくりあげようとしている子がいた。
このままでは隠れているのがバレる、バレる上に”こいつなにしてんだ?”って変な目で見られる──ビクビクしていると、テーブルの下をのぞいたのはつまらなそうな顔をした来斗だった。
「「……」」
びっくりした顔の来斗と、ビクビクと怯える息吹──しばらく二人は視線を交えていたが
「いぶき君だー♡」
箸のことなんて忘れてつかつかと四つん這いの来斗が急接近してきた。
「なにしてるの?」
「……しー」
息吹が口の前に指を持っていくと、真似した来斗もいたずらっ子のように笑ってしーっと指を立てた。
「……かくれんぼ」
苦し紛れにそう言って、息吹はふさぎこんだ。さすがにこの姿を来斗に見られたのは恥ずかしいし自分が情けない。
そんな思いでいっぱいだったが
「じゃあ俺もかくれんぼするー」
そう言ってまだ自分より背の低い来斗がくっついてくるから、息吹はほっとしてしまった。
「へへー」
さっきまで退屈と不機嫌が混ざったような来斗だったのに、よくわからないが機嫌がよくなったようだ。ぎゅっと腕にしがみついているだけなのに楽しそうに笑っている。
(……よくわからない子だ)
けれど絶対に、息吹の邪魔をしない。たまに甘えられて困ることもあるが、まだ小さい子だからそういうものかと思えていた。
このままテーブルの下で終わるまで待っていればいいかと思ったが、そうはいかなかった。クリスマス会のメインイベント・プレゼント交換が始まる頃には来斗はどこだという声が大きくなっていた。
「来斗、呼ばれてるよ……」
「やだ!いぶき君といるもん!」
「…………僕もプレゼント交換はするから」
そう言って、息吹と来斗はテーブルの下から這い出た。一部保護者からは(なぜそんなところに…?)という怪訝な視線を向けられたが、来斗が一緒に出てくると(なにか新しい遊びでもしてたのかな?)と朗らかにそっとされた。違いを感じさせられる瞬間だった。
唯一、来斗が息吹から離れたのがこのプレゼント交換の時だった。来斗から息吹の真反対の位置についた。
交換するのに、子どもたちで輪になって音楽が止まるまでプレゼントを回し続けた。それをするだけでも、息吹はぎこちなく、何度も途中でプレゼントを落とすんじゃないかと気が気じゃなかった。それだけでも精一杯だった。とてもじゃないけど、他の子と話をする余裕なんてない。
「お前何当たったんだよー?」
「俺は──……」
周りの子たちが自分が当たったプレゼントを見せ合いっこする中、息吹は気配を消し、そっと隅の方で三角座りをした。
「いぶき君のプレゼントこれ!?」
それなのに、どうして来斗は気づいてそばに来るのだろう。
きっと自分が息吹のプレゼントをゲットできたんではないかと、ワクワク顔で来斗は答えを待っていた。
来斗が持っていたのは息吹が用意したものではなかったので、息吹は首を振った。
瞬間、ガーンと音が聞こえるくらいに来斗はショック顔になった。
「じゃあどれぇ?」
上目目線で聞いてくる甘えたな来斗は、息吹はたじろいだ。
なぜそんなことを聞いて来るんだろう。けれど答えないままでいても、目の前の来斗は息吹の上着の裾をつかんだまま離れない。
ジュースを取りに行っても、部屋の隅に座ってもずっとついて来る。
「……」
両手でジュースをコクリコクリと飲んでいても、甘えたを漂わせて隣で座り続けている。向こうの方から来斗を呼ぶ声が息吹には聞こえるが、来斗には聞こえていないようだ。
(……視線が痛い)
来斗は気にしていないが、息吹は肩身の狭い思いだ。
いつまで経っても自分のそばから離れない来斗に、息吹は段々焦って来た。周りがじっと見てくるのも、さすがに気になる。
「……呼ばれてるよ」
「いぶき君のプレゼントは~?」
まだその質問の答えを待っていたのか。
驚きでぼんやりしつつも、周りをきょろきょろ見回した。そうすると窓側の方にいた子たちの一人が持っているのに気づいた。
「あれなんだぁ」
落ち込んだ声でそう言いながら来斗はその子達の方に近づいていく。
(……なんでわかったんだろう)
息吹はちらりと見ているだけだった。けれど来斗はその視線だけで気づいたのだ。
「ね、俺のと交換してー?」
後ろから見ていた息吹は、来斗の声に肩を震わせた。
(なんでそんなこと言うんだろう)
半分疑問・半分怖々としながら息吹は見ていた。
来斗に話しかけられた子たちはびっくりしていた。
背中を見ていた息吹にはわからないだろうが、来斗は非常にうるうるしながらその子たちを見ていたから。
「……は?なんで?」
三人組の中心にいた息吹が持参したプレゼントのハンカチを持った少年は、戸惑いながらも強がって手にしていたハンカチをひらひらとした。
「それが欲しいの」
頑として、来斗は譲らない。
そうしていると、段々と周りの目も集まっていく。
「それが、欲しくて」
「…………」
まだ低学年の来斗が駄々をこねている。
少年たちも来斗の様子にひるんでいる、大人だったら”あら可愛い。内緒でね”とすぐに交換してしまうほどの愛くるしさがあった。
けれど、少年たちにはまだその可愛さに対して免疫がない。
その様子を見ていた息吹は、焦っていた。
「ら、来斗。も、やめなよ……」
「なんで?俺いぶき君のプレゼントが欲しいもん……」
欲しいのがあたらずしょげた様子の来斗は頬を赤くし、口をとがらせてもじもじしていた。そのあどけなさは思わず見とれた者をにやけさせるほど。
けれど息吹はそんな来斗から一歩二歩距離を置きたくなるという、ある意味ぞっとしていた。
(プレゼント交換の意味とは……)
みんなでどれが当たるかわからないように回すのが、楽しみなところではないんだろうか。
それなのに目当てのプレゼントを意地でも奪おうとするなんて──
「ら、来斗……、来斗にもプレゼント用意するから……だから……」
自分より少し背の低い来斗の上着をつかんで、息吹は小さく、来斗にしか聞こえないようにして言った。
もう本当にやめてほしかった。自分だけどこかに逃げてしまいたかったが、もし「なんで来斗はもじもじしてるの?」「息吹君のプレゼントが当たらなかったから」なんて話になったら自分が渦中に巻き込まれることになり、最後にはつるし上げられるんじゃないかとネガティブ思考を爆発させていて、この場から離れられないし騒ぎの元凶の来斗をとにかくなだめたかった。
けれど──
「ほんとにー?」
振り返った来斗のキラキラと目を輝かせていること。
「いぶき君、ほんとにほんと?俺にプレゼントくれるの?」
「う、うん……。だからケンカしないで……」
きゅっと息吹の上着をつかんだ来斗は「うれしーい」と息吹に甘えだした。そのじゃれつく姿に、息吹の焦りもスルスルとしぼんでいった。
(そんなにあのハンカチほしかったのかな……)
そんなことを思っていた息吹はまだわかっていなかった。
プレゼントではなく、来斗は息吹にこだわっていることを。
”息吹が来斗だけのために”プレゼントを用意すると言ったので、この場がおさまったということを。
その年から毎年、来斗と息吹はプレゼントを交換するようになった。翌年以降も子ども会でクリスマス行事はあったが、来斗専用にプレゼントを用意しないと、息吹が適当に用意したプレゼントでも来斗は譲らなかった。
「誕生日おめでとう」
「ありがと~!」
もちろんプレゼントはクリスマスプレゼントだけじゃなく、誕生日プレゼントも。
毎年出会った場所──公園の木陰で渡していた。
プレゼントを渡すと、喜んだ来斗はぎゅっと息吹に抱きつく。息吹もそういう来斗をかわいいなと思っていた。
それが変わったのは、来斗小学6年生・息吹中学2年生の頃。
「おめでとう」
「ありがと~!」
手を伸ばしてくる来斗に(あぁまたぎゅっとされるのか)と息吹も待ちの姿勢だった。だから、急な変化についていけなかった。
来斗は、毎年と同じように息吹に腕をまわした。
けれど違ったのは、ぎゅっとハグしただけじゃなく、軽く唇が触れあったから。
「………」
「へへっ」
びっくりした息吹は目を丸くした。目の前の来斗は嬉しそうに照れ笑いしていた。
「来斗」
「なに?」
全く純度100%の来斗を前に息吹は数秒考えたが、やはり言おうと口を開いた。
「こういうのは、好きな人とするんだよ」
「うん、知ってるよ!俺、息吹君だーい好きだもん!」
満面の笑みの来斗に、(あぁ、まだ友達の好きと恋愛の好きの違いがわかっていないのか)と息吹はふぅっと息を吐いてその年は終えた。
「おめでとう」
「ありがとっ」
翌年も同じことをされたが、(あぁ、まだわかっていないんだな)とその年も思っていた。
驚きも怒りもしなかった。息吹は来斗にキスされても嫌悪もなければ、むしろ受け入れていた。
そのうち来斗もわかるだろうとぽんやりしていた。だから息吹は自分の心臓が脈打つ理由をわかっていなかった。
(今年も息吹君とチューしちゃった♪)
来斗も息吹が受け入れてくれているのをわかっていた。だから、来斗も余裕があった。いつかは息吹と結ばれると思っていたから。
「なに?」
「んーん、なんでもない」
そう言ってもう一度息吹にキスしても、「こら」と額を指で軽く押されるだけだった。
来斗は息吹とずっと一緒にいられると思っていた。だから息吹が高校に上がってから段々と会えなくなると、来斗は焦りだした。息吹が自分を避けるなんて、来斗にとっては青天の霹靂だった。
「息吹君、ただいま!」
「……」
息吹がベットの隅で三角座りでマンガを読んでいると、中学から帰って来た来斗がノックもせずに息吹の部屋のドアを開いた。
「……ここは来斗の家じゃない」
「うん、知ってる」
このやりとりも何度したか。それなのに来斗は当然のように息吹の部屋に入り浸る。
「……あの、来斗」
「なに?」
当然のように息吹の隣に座り、いや、息吹の肩を抱きもたれかからせようとしてくる来斗を見上げた。
もう身長なんて遠に抜かれ、まだ甘えたなところは残っているけれどしっかりしたいい子になったと息吹は思っていた。
「僕に構ってばかりいないで、友達と遊んできなよ」
「さっきまで遊んでたよ。でも今は息吹君といたいから」
来斗はかわいいなと思わせる人懐っこい笑みを浮かべた。
じーっとその顔を見つめてから、息吹は時計を見た。
(……18時23分)
放課後に友達と喋ってから来たのかもしれない。
まぁそれならいいかと息吹は漫画の続きを読みだした。息吹が漫画を読む間ただただ来斗は息吹のそばにいた。
「あ、来斗君。晩御飯食べてく?」
コンコンとして入って来た母親が来斗に聞いた。
「んーん、家で食べる。食べてからまた来る」
「え?」
「え?」
当然のような来斗に、息吹は疑問の声を上げた。”嘘だろ?”と顔が言っている。
「……」
「息吹君、どうしたの?」
「また、来るの?」
「うん」
なぜそんな当たり前なことを聞くんだろう。そんなきゃるんとした瞳で来斗は息吹を見ている。
「……宿題は終わったの?」
「まだです」
「宿題優先。来ちゃダメ」
ガーンとショックを受けているのが明らかな来斗を避けるように、息吹はベットに潜った。
「もう帰って」
息吹は、来斗が自分のそばにいるとよくないと思うようになっていた。
そんな息吹に、来斗も無理に迫らなかった。
「……また来るね」
どうしたらいいかわからない来斗は鞄を持って、明らかに沈んだ様子で部屋を出て行った。
来斗が遠ざかってから息吹はつぶやいた。
「もう来なくていいよ」
来なくなると一番寂しいのは自分だとわかっていても、息吹は来斗から離れようとしていた。
(来斗は、もっと明るいところにいた方がいいから──僕のことなんて気にしないで)
そうして、来斗と会わなくなっていった。
だから、来斗も手段を選んでいられなかった。
「息吹君、俺オーディションに出る!だから見てて。俺がんばるから、息吹君との将来のために」
入ってもいいと言ってないのにいきなり部屋に突撃してきて、いったいなにを言っているんだろう。
本当に、心の底から息吹は思った。
「…………ぇ?」
チンプンカンプンでしかたなくて、息吹はでがらしくらいの声しかでなかった。
「さっき俺スカウトされたの!それに合格したら、俺と付き合って息吹君!」
「付き──」
「俺と恋人になって欲しいの!」
「………………………………」
"どっか一緒に行くー?"みたいなノリではない。
いくら鈍いと言ってもここまで言われて意味のわからない息吹ではなかった。
もう言葉がなかった。だってかわいい弟と思っていた来斗にそんな風に想われてているだなんて衝撃だった。その可能性を0.000000000000000001%ですら息吹は考えたことがなかった。
息吹の中で、ページをめくるように来斗との思い出が駆け巡った。そういう意味で自分を好きだったのかと、気づかなかった自分に愕然とした。
そんな息吹は普段ほとんど表情が変わらないが、今は驚いて目も口も大きく開いた様子に、来斗はきゅんとしていた。
「ね、息吹君。お願いだから、うんって言って?」
それでも一瞬、からかっているんじゃないかと思った。
けれど一生懸命な来斗の姿に、そうじゃないってわかった。
(──でも、もう)
これが最後、いい機会かもしれない。
オーディションに出れば、受かりはしなくてもきっと来斗は脚光を浴びるだろう。交友範囲も広がり、今以上に来斗のまわりは人が溢れる。そのうち自分のことなんて忘れる。
だから、オーディションが終わったらもう気まずい関係だから来ないで、今まで引きこもって心配ばかりかけてごめんねと言おうと思った。そんな想いも忘れて、と。
そうしてコクリと息吹はうなずいた。
そんな息吹に来斗は満面の笑みを見せた。
(どうせ、受かりっこない)
何事にも悲観的になっていた息吹はそう思っていた。
けれど来斗はしっかりと結果を出した。
「約束通り、俺と付き合って!」
「……………………無理」
いつも以上にどんよりとした表情にひどいクマまでつけた息吹はそう言った。
まさか来斗があんな人気者になるとは──オーディション番組が始まってから、『至宝級イケメン現る!!』とネットニュースにもなるわ、ファンクラブの開設も決まるし、SNSやブログですでに来斗を取り上げている人の多いこと。
息吹は社会現象のように来斗が世間から騒がれるように感じていた。
そんな来斗が──
「やだやだやだやだ、絶対に息吹君と付き合うのー!!」
息吹の部屋の床の上でひっくり返って暴れている。
「うるさい、あんたたち!!静かにしなさい!!」
暴れているのは来斗だけなのにとばっちり。
勢いよく扉を開けた母親に息吹はびくりと震えあがった。
「おばさーん!息吹君が俺と付き合ってくれなくて」
泣いて、泣きじゃくって涙をぬぐう来斗の美しいこと。
思わず母親も見惚れていたが、ハッと我に返った母親は厳しい視線を息吹に向けた。
「息吹、来斗君に付き合ってあげるくらいいいじゃない」
「母さん……」
(母さんが思ってる『付き合い』じゃないんです……)
母親が部屋から出ていくと、床でうずくまっていた来斗がにじり寄ってきた。
「俺、不安だよ。たくさんの人が俺のこと応援してくれて、俺のこと見てくれて、愛してくれてるのは知ってる。でも本当に俺のこと知って、わかって、全部愛してくれてるのは息吹君だけだって俺は知ってるから……息吹君が俺の一番近いところにいてくれないと、俺こわいよ~」
さっきまでの暴れん坊はなりを潜め、めそめそと来斗は息吹の膝を抱いて泣き出した。
(そうか──来斗は不安だったんだ……不安で仕方なくて、反対に暴れちゃったんだ……)
そう思うと”来斗を落ち着かせてあげよう””僕の方がお兄さんなんだから守ってあげない”との気持ちが息吹の中でムクムクと湧いてきた。
「来斗、大丈夫だよ。来斗ならきっと、誰からも愛されるアイドルになるから、こわがらないでいいよ」
「でも、でも息吹君……息吹君がやっぱりそばにいないと俺不安で……うぅ~」
その目から流れる涙さえ美しい。来斗はいつだって美しく、明るく思いやりにあふれていて、少しだけわがままだけど周りから愛される存在だ。
でも息吹の前で、いや、息吹の前でだけはいつだって来斗は駄々っ子で甘えん坊で弱さを見せる。
来斗の頬に流れる涙を息吹はパーカーの袖で拭いた。
「僕もずっと見てるから」
「一番そばで見てくれる?」
「……」
くぅ~んと弱弱しい鳴き声が聞こえそうなほど潤んだ瞳で見上げてくる来斗に、息吹は思わずうなずきそうになった。
けれどハッとして途中で停止した。
(一番そば、は付き合うことになるはず……)
息吹が能面の表情のまま黙りこくったままでいると
「息吹君、今うなずきそうになったね」
一瞬だけだった。けれど、急に泣き止んだ来斗が、息吹に野性的な眼差しを向けて来た。
なんとなく来斗の雰囲気が変わったのは息吹もわかったが、この頃の息吹はまだわかっていなかった。
来斗の中に”甘えん坊の来斗”と”ワイルドな来斗”がいることを。
再び可哀想なくらい寂し気な顔で来斗は息吹を見上げた。
(こっちが悪いわけじゃないのに、悪いことしてる気分)
「ね、息吹君お願い。俺、息吹君がいたら頑張れるから……」
儚さを湛えて涙を流すその姿に、さすがに息吹も心打たれる。結局自分は来斗がかわいいのだ。
「はぁ……」
思わず、ため息が出た。もう折れざるを得なかった。
唯一自分に懐いてくれて、子どもの頃から可愛く思っていた来斗にこんな泣いて懇願されることなんてもうないだろう。
それに──
(芸能界なんてきらびやかなところに行ったら、僕のことなんてきっとすぐに忘れる──)
それまで、来斗がアイドル活動に慣れるまで、自信を持って芸能界でやっていけるようになるまでそばにいればいい。すでにたくさんのファンが付いている来斗のことだからすぐにスターダムに上がるだろう。
「わかった」
静かに小さく、そんな諦めた気持ちで息吹は言った。
そうするとぴたりと来斗の涙が止まった。
「ほんとに?ほんとに俺と付き合ってくれる?」
口調も、その眼差しも弱弱しさでいっぱいだった。
「うん……」
いつも通りの目の下にクマいっぱいで生気を感じられない様子に加え、観念した様子の息吹に歓喜の表情をした来斗が抱きついた。
「ありがとう、息吹君。俺、息吹君のためにも頑張るよ!」
息吹への愛に満ち溢れた来斗が頬や首、耳にキスしてきたけれど、もうどうにでもしてくれの気持ちの息吹は来斗に好きにさせた。
(どうせ、すぐに飽きる)
そう息吹は思っていた。
けれど息吹は知らない。来斗が”絶対に、時間がかかってもYesって言ってもらう!!”と思っていたのを。
嬉しさのあまり、来斗はさっきから息吹の首筋に頭をこすりつけている。
(息吹君は頑固だから、もっと時間がかかると思ってたのに今日中に言ってもらえてよかった♪正式に”お付き合い”してくれるから、これからはもっと会ってくれるかもしれない)
無理やりにでも迫って交際を始めれば息吹からすれば『付き合わされている』形で一方通行なお付き合いになるだろう。
でも多少強引ではあったが息吹自身が付き合うことを選択したから、息吹も受け身だけではいないだろう。
「息吹君、チューしていい?」
「……いいよ」
かわいく聞いてくる来斗に、もうなんとでもしてくれ。そんな投げやりの気持ちで言った息吹は、想定していたいつもみたいな触れるだけのキスではなく、苦しくもあり、けれど来斗が息吹をいかに求めているかが感じられる初めてのキスに息も絶え絶えとなった。
キスのあと、めまいがしそうで息吹はベットにもたれかかった。
「息吹君、俺が幸せにするからね」
判断を早まっただろうか。
呆然とした頭の中で息吹はそう思ったが、ぎゅっと抱きしめてくる来斗の体温に安心してしまって、まぁ今日はいいかと思考を放棄した。
その後息吹の予想に反していつまでも離れようとしない人気絶頂の来斗が「息吹と同棲できないならアイドルやめる」と言い放ち再び息吹はドン引きすることになる。そして一緒に暮らし始めると来斗が自作の息吹グッツを作るようになり、IBUKIロゴチャームくらいならかわいいものだ。顔写真入りのうちわやポスター、なんなら日々着用のTシャツにまで至るとドン引きどころかゾッとした息吹だったが、これはまた別の回で。
「あぢー」
「夏樹氏、足下ろした方が」
「あ”?うるせーよ。俺に指図すんな」
「そんなんじゃヤンデレ受けにはなれませんよ」
「お前何いってんだ?」
こちら、FlowerBaseが所属するプロダクションの会議室。先ほどから二人の男が来ていた。
「ごめーん、おつかれー」
朗らかに来斗が入室すると、苛立った視線が向けられた。
「お前おっせんだよ!俺を待たせんじゃねーよ!」
夏樹──メンバーカラー黄色。元気で明るい『かわいい』担当。が、デスクに足を乗せて不機嫌な今、かわいいは見る影もない。
「来斗氏、お疲れ様です。撮影いかがでした?私にも一冊くださいね…はぁ…はぁ」
愁──メンバーカラー青。静やかで透明感のある『クール』担当。チェックシャツをパンツにインして、興奮している様はとても同一人物とは思えない。
来斗は雑誌の特集──”この男にならすべてを奪われたい”ランキング3年連続首位に輝き、その撮影に行っていた。
「事務所に見本届くと思うけど、あんまりうまく撮れなかったかも」
少し落ち込んだ様子の来斗にどうしたのかと愁が尋ねると
「いろんなポーズ考えていってたんだけど、同じポーズで目線変えただけで何枚も撮られたから……」
来斗は一定のポーズの自分しか活かせられなかったのだろうと落ち込んでいた。
しかしそうではなく──美貌も色気も輝きすぎていてその一瞬一瞬をカメラマンが逃すことができずポーズに限りが出たのであった(撮影枚数も他のモデルの類を見ない枚数だった)。
選りすぐりの写真が掲載されたその雑誌は「書店に置いているところを見たことがない」と評判になるほど、本屋でもネットでも買えない民が続出し、重版に重版を重ねることになった。
ほっとした来斗が出版社から送られてきたそれを持ち帰って息吹に渡し、ほくほく顔で感想を待った。
「どう、息吹君?」
「……」
全ページ見終わった息吹は静かに雑誌を閉じた。
(……あれ?よくなかったのかな、評判すごくよかったけど)
不安に駆られた来斗が、もう一度どうかと息吹に尋ねた。
「……いいと思う」
淡々とそう言った息吹は、ソファから立ち上がりトコトコと来斗が掲載された雑誌をしまう棚にその雑誌をしまった。
「僕、仕事の続きするね」
静かにそう言って仕事部屋に入っていった息吹の背中を、ショックいっぱいで来斗は見つめた。
(息吹君にときめいてもらえないなら、こんなの意味ないよー!!)
息吹がしまった雑誌を取り出した来斗は、勢いのままそれを床に投げた。誌面からこちらを見上げる色気が足りなかった自分が憎らしい。
肩で息を繰り返してから、静かに拾ったそれを見つつ、来斗は次回どうすればいいのか鏡の前で色気を出すポーズの練習を始めた。ポーズに反して健気である。
そんな来斗のことなんてつゆ知らず、息吹はデスクでパソコンを起動させた。
(──…あれくらいの来斗は、いつも見てる)
雑誌に出ているワイルドで、でも品のある来斗なんて見慣れている。あんなの大人しいくらいで、いつも息吹を求めて無我夢中になっているときの来斗とは比べ物にならなくて──
"………っ息吹君"
そんな来斗を思い出して、息吹はひとり赤面していた。
(……落ち着いて仕事できない)
すーはー、と深呼吸を繰り返している息吹が来斗を想ってドキドキしているのを、来斗は知る由もない。




