俺と推し様
アイドルグループFlowerBase──『ワイルド』担当の来斗には、私生活で推しがいる。
「今日は来てくれてありがとー!」
ステージにいる3人の男に、観客は黄色い声を上げている。
「こうして僕達がドームツアー初日を迎えられたのは、Lilyのおかげです」
夏樹──メンバーカラー黄色。元気で明るい『かわいい』担当。
「これからも、応援よろしくお願いします」
愁──メンバーカラー青。静やかで透明感のある『クール』担当。
「なんだよ?まだ序盤も序盤なのに、なに終わる雰囲気出してんの」
そんな2人に笑いかけるこの男、来斗──メンバーカラー赤。野性的で自由奔放な『ワイルド』担当。
FlowerBaseはこの3人で構成されている。
「だってドームだよ?もっと来れるまで時間かかると思ってたから、なんか感動しちゃって」
夏樹が目元を抑えながら話す様子に、観客からは「頑張ってー!」「今日もかわいいよー!」と声援が飛び交う。
夏樹のファンは愛らしくかわいい夏樹をお姉さんの気持ちで見守っている。
「まだまだ!俺たちはこれからもどんどん進んでいくんだから、Lilyのみんなも楽しみにしてくれよな!」
カメラを向けられた瞬間、来斗はバチッと目線を向けてウィンクをした。
瞬間、来斗のファンがドームの外に聞こえるほどの叫び声をあげた。
来斗のファンはワイルドで、でもファンをいつも最優先にしてくれる来斗に心酔している。「貢がせてー!」「これからもついてくからー!」と声が上がる。
そんな来斗の隣で、愁がコクリと頷き、微笑んだ。
たまにしかない愁の微笑みに、膝から崩れ落ちる愁のファンが続出した。
愁のファンはその見た目に反し、口数も少なく不器用だけど頑張り屋な愁に恋している。リアコ層が一番多い。ざわざわと「尊い……」と息をのむ音が聞こえてくる。
「それじゃ、次の曲行こうか!まだまだ盛り上がっていけるよな、Lily!?」
来斗の声にファンがこたえると、ドームにギターの音が響いた。
「今日の公演も無事終了!みなさん、おつかれさまでした!で、明日ですが入りは──」
控室でスタッフからの連絡事項を受けつつ、各々水分補給をしたりマッサージを受けている。
そんな中来斗は、衣装をきっちりとハンガーにかけ、速やかに帰り支度をしている。
「以上になりますが、質問事項はありますか?」
「ありません!」
そう返事したときには、帽子・サングラス・マスクを装備しリュックを背負った状態で、入口のドアの前で直立していた。
「来斗、ちゃんと聞いてた?」
「聞いてました!入り11時、衣装チェックあり!」
スタッフからの連絡事項を復唱し、早く帰りたいとその場で来斗は足踏みをする。
「来斗、マッサージ受けてから帰ったら?今日もダンスすごかったし」
来斗の激しくも力強いダンスは、オーディション時代からプロ顔負けと有名だった。体を整えるのも仕事の内だよ、と足つぼマッサージを受けながら夏樹が来斗を見上げる(愁も頷いている)も、来斗は首を振るばかり。
「明日の公演のためにも、早く家に帰って休む。明日も、明日こそ最高のコンサートにするために」
前回よりも良いコンサートを届けたい。歌も、ダンスも、トークもすべて。
それは常々来斗が言っていることではあるが、それに加えても明日は特別な日でもある。
「じゃ、俺先に帰ります!お疲れ様です!」
とてもコンサート終わりとは思えないダッシュ力で控室から出て行った来斗は、途中でマネージャーにタクシーで帰ると伝えて帰っていった。
「ただいまー……」
セキュリティ万全、なんならコンシェルジュが1階にいる高層階マンションが来斗の家だ。メンバー3人とも階は違うがこのマンションに住んでいる。
玄関で帰宅を告げた来斗が、廊下に荷物やジャケットを脱ぎ捨てつつ足早にダイニングの扉を開くと
「……あ、おかえり、来斗」
パーカーにスウェット姿のぬぼっとした男が、ぼそぼそと迎えた。
「ただいま、息吹君!」
そんな男に来斗は力強く抱きついた。
息吹──来斗の推しであり、最愛の恋人である。スマホのロック画面が息吹なのはもちろん、『IBUKI』Tシャツ等グッツも作成している。そして息吹を支えるため、彼との生活のためにアイドルをしていると言っても過言ではない。
「……元気いっぱいだね」
「うん!息吹君に会えたから」
両腕で息吹を閉じ込めたまま、来斗は息吹にキスしようとしたが、ふいっと顔を背けられてしまった。
「……手洗いうがい、してない」
「今すぐしてきます!」
カッと目を見開いてドタドタと洗面所に向かい、念入りに手洗いうがいをしている間、息吹は晩ご飯のカレーとサラダをテーブルに運ぶ。
「手洗いもうがいもしてきたよ」
雑菌など見えるわけもないが、来斗は息吹に己の両手をひっくり返しつつ見せた。
「うん。じゃ、ごはんにしよう」
そのまま何事もなかったかのようにダイニングテーブルへと向かう息吹を、来斗が後ろから抱きしめた。
190cmほどもある来斗に、165cmもない息吹はすっぽりとおさまる。
「手、洗ってきたらいいって言った」
「……いいとは言ってない」
「でもそういう感じだった」
「カレー冷めるよ」
「やだやだやだやだ~」
駄々をこねながら来斗は息吹のあごに手をかけ、自分の方を向かせて唇を重ねた。
「口開けてくれるまでやめない」
うちゅーっと息吹の唇を自分の口で引っ張ると、うろたえつつ息吹はようやく口を開けた。
遠慮なく舌を入れた来斗は、息吹の膝が崩れ落ちても、息吹を抱えつつ、自分が満足いくまでキスし続けた。
「はぁ……。ごはんにしようか」
至福の笑顔を浮かべた来斗は、唇を舌で舐めてから、足腰の立たない息吹を抱っこしたままダイニングテーブルに座った。
「あ、俺リクエストの胸肉のカレーだ♡うれしー!」
ぎゅーっと力強く息吹を抱きしめると、まだ浅い息の息吹が「うっ……」と小さく声を上げた。
「俺先に食べるね。いただきまーす」
左腕と足で息吹を離すまじとしている来斗は、美味しそうにカレーを頬張る。来斗が半分ほど食べ終わる頃には、息吹も落ち着いてきたようだ。
「来斗、そろそろ離して。僕も、食べるから」
「だめっ!このまま食べて」
「……」
クマいっぱいの目で見上げるも、来斗は折れない。
仕方なく腕いっぱい伸ばして皿を引き寄せた息吹は、猫背でカレーを食べ始めた。
小さい口でもそもそと食べる息吹を、来斗はまばたきもせずに凝視した。
「……なに?」
「カレー美味しそう」
「……同じカレーです」
「あ」
来斗は息吹に口を開いた。食べさせろと言っている。
放っておいたらそのうち諦めるだろうとカレーを食べ続けていたが、一向に来斗はやめない。ずっと期待しているキラキラした目で息吹を見つめている。
「……はい」
ごきゅっとカレーを飲み込んだ息吹は、来斗の圧に負けてその口にカレーを運んだ。
バクリと食べた来斗は、「ん~!」と本当に美味しそうな顔をしている。
「息吹君は本当に料理上手だね。いいお旦那さんになるよ、俺の♡」
ご満悦な来斗の言葉が聞こえているのかいないのか、息吹はもそもそと無表情でカレーを食べ続けた。
アイドルをしているときはメンバーを引っ張るFlowerBaseの中心で、ワイルドで売っている来斗であるが、その実は超のつくほどの甘えん坊であった。家に帰るといつもこの通り。息吹に甘えて、かまってちゃんになる。そしてどんなときでも息吹に自分を見てもらいたいという思いがあり、アイドルを続けている。
息吹もそんな甘えたな来斗に慣れてはいるものの、たまに駄々をこねる来斗をそのまま放っておけばおさまるんじゃないかと思ったら、2倍返しに合うこともざら。
二人はもともと家が近所だった。よく子どもたちが遊びに来る公園で、いつも息吹は他の子から隠れるように木陰で本を読んだり、三角座りをしてぼーっとあたりを見ているような子だった。
来斗と言えば元気に他の子たちと鬼ごっこをしたり、時にはおもちゃを取り合ったりしていた。人の畑に入り込んでトマトを勝手に食べては怒られることもしばしばあったが、昔からみんなに好かれる存在だった。
出会いは、来斗が遊んでいたボールがたまたま息吹が隠れていた木陰に入り込んでだった。他の子たちは自分に集まってくるが、息吹は自分が誘って連れ出さないとついてきてくれない。気づけばいつも息吹を探して、息吹を遊びに誘うようになった。
そうして時は過ぎ来斗が中学2年・息吹が高校2年になった頃から、息吹が外に出なくなっていった。会いたければ息吹の部屋に来斗が会いに行けばよかった。そのうち出てくるかと思っていたが、息吹は通っていた高校を中退し、通信制高校に編入した。その頃にはもう全く家から出なくなった。息吹に毎日何をしているのかと聞くと、課題をしたり、ゲームしたり、動画を見ているという。
次第に来斗とも息吹が距離を置き始め、なかなか部屋に上げてくれなくなった。
息吹と会えなくなったらどうしようか。そんな悩みを持っていたとき、街を歩いているとオーディションを受けないかとスカウトされた。
これに出れば息吹が俺を見てくれるかもしれないと、来斗はオーディション番組への出演を決めた。そして息吹に「見ていてくれ」「もし合格したら俺と付き合って」と言いに行った。
何事にも悲観的になっていた息吹は、どうせ受からないだろうと思っていた。
息吹は来斗以外を知らなかったから、オーディションに出た瞬間に来斗が『至宝級イケメン』と言われる容姿と、人を惹きつける明るさを持ち合わせていると知らなかった。
あれよあれよと来斗はデビューが決まり、番組放送中から老若男女問わず人気を集めた。来斗が頑張っている様子を、息吹もずっと見ていた。
だからデビューが決まった後、来斗から「約束通り付き合って」と言われた時、無理だと断った。
しかし約束と違うと部屋の床で暴れまわる来斗に手を付けられず、最終的に「わかった」と返事をした。
今では息吹はかわいい弟のように思っていた来斗がトップアイドルに登っていく様子をまじかで見つつ、「息吹と同棲できないならアイドルやめる」と事務所に宣言した来斗を支える存在でもある(事務所にも泣いて懇願された、そして実家から出ることになった)。
ただ、一番の悩みは目下解決できていない。
流し台で皿を洗いつつ、ふぅっと息吹はため息をついた。
「なぁ~、今日のコンサートも爆踊りで体疲れたぁ」
ゆるふわな前髪をゴムで止めてる姿など、ファンには見せられない。
「お疲れ。お風呂沸かしてあるから入って」
皿を洗っている息吹に後ろから抱きついたまま、その肩に来斗は額をぐりぐりとあてた。
「疲れたから一緒に入ってぇ~」
どうして来斗はこんなにも自分に執着してくるのか。謎である。
「……意味が分からない」
「えぇ?」
肩に頭を置いたまま、来斗は息吹を見上げた。
「一緒に入ったからといって、疲れはとれない」
「──背中流してもらいたいから、一緒に入って!あと湯船で肩もみ!」
来斗がそう言うと、息吹はなるほどと納得がいった顔をした。ぼんやり言っても息吹には通じないことを来斗は経験上把握している。
「わかった」
「ほんとに!?じゃあ俺タオルとか準備してくる!」
ウキウキと来斗は小躍りしながら風呂の準備をしに行き、息吹は(疲れたって言ってなかったっけ?)と思いつつ引き続きカレー鍋を洗い始めた。
(こういうことじゃ、ない!)
バスチェアに腰かけた来斗の後ろで、息吹が来斗の背中を洗っている──服を着たままで。
「かゆいとこない?」
「ありません」
丁寧に洗ってもらえるのはありがたいが、期待していたのと違う。けれどそうじゃないんだとまっすぐに息吹に告げてもNoと言われるのはわかりきったこと。
しばらく腕組みをして考えていた来斗は、ひらめきのままシャワーのハンドルを回した。
「わっ……」
想定通り、シャワーは自分にもかかったが、息吹を大いに濡らした。もう前髪なんて額に張り付いている。
「へへー」
いたずらっ子の顔をした来斗が息吹を振り向くと、息吹は腕で顔にかかった湯を拭こうとしていた。
「来斗……」
なにしてくれてんだと言わんばかりの眉をひそめた息吹の前に、ウキウキと来斗が立ち上がった。
「濡れちゃったねー。これはもう一緒に入るしかないね」
「……え?」
来斗はすばやく息吹の上着の裾に手をかけた。
「いいお湯だったねー」
ほかほかで風呂から上がった来斗は、背負っていた息吹をベットに寝ころばせた。
冷蔵庫から水を取って戻って来た来斗は、息吹を自分にもたれかけさせつつ水を飲ませた。
「息吹君、大丈夫?のぼせた?」
「……だいじょうぶ」
顔を赤らめて、少しぼーっとした様子の息吹はやっと落ち着いたのか大きく息を吐いた。
「息吹君、かわいすぎるー」
そう言いながらゆるゆると息吹を抱き枕にした来斗が息吹の首元に顔を寄せた。
「声が響くからいやだ」と震える息吹を尊重して、風呂場ではこれでも我慢したのだ。息吹の肩をもんで、あとちょっと触るだけにした。それでも息吹は泣いてしまって、今も目元が潤んでいる。
甘えるように来斗が身を寄せて息吹の首元に噛みついていると、「ちょっと……」と息吹からストップがかかった。
「なに?」
「……仕事、まだ残ってて」
「えー、そんなのあとでいいじゃん」
俺を構うのが一番だと息吹の胸に顔を押しつける来斗に、息吹も断固譲らない。
息吹はFlowerBaseがファンクラブに投稿する番組の映像編集を行なっている。
「ねー、もう寝ようよー」
「先寝てて。もうちょっとしてくるから」
「誰のしてるの?」
「愁君」
それを聞いて来斗は勢いよく起き上がった。
毎回、愁の編集に息吹は時間がかかる。それは来斗が30分から1時間番組を月に1回は公開しているのに対し、愁の番組『愁とショート』は15分単位の番組を毎週公開している。だいたい4本の放送で1つの特集が終わる形になるのだが、その時間に納めるのが難しい。しかも基本的に愁は頷くのみ。先日公開の陶芸の回は全4回終始無言という快挙を迎えた(ファンは「これぞ愁!」と逆に喜んでいた)。無言で頷く愁をお届けする──せめていろんな角度からお送りしようと息吹は何度も自分で編集した番組を見返しながら作る。だからとても時間がかかる!
ちなみに来斗は『来斗とナイト☆』という毎回夜22時に更新する番組をしている。来斗とナイトの響きが似てるからという理由だけで始まったこの番組であるが、ファンの間では『night』と『knight』がかかっており、こんな寝る前に番組更新された日にゃ麗しの騎士様降臨で眠れるわけがないと、うれしいはた迷惑番組である。
夏樹は『夏樹の納豆』という番組をしている。粘り強さが必要な番組で、最近はゆで卵をどのタイミングで湯からあげ、どうすれば最高のたまごサンドが作れるかの検証を行っている。
来斗と夏樹はカメラ目線もファンサも撮れ高も高いから、比較的すぐに終わる。比べて愁はそつなく番組が進むものの、どの角度をとっても同じ表情なことが多く、その中でも煌めくシーンを集めていくのに時間がかかる。
「ダメだよ、明日にしよう!今日はもう遅いし、今からしたら朝になるよ」
「でも──」
「締め切りは週末でしょ?まだ時間あるから」
来斗は自分のスケジュールはマネージャー任せだが、息吹の仕事のスケジュールは完璧に把握している。
(おのれ愁…、お前の撮れ高のせいで息吹君と過ごす時間が奪われてなるものか…!)
なんとしてでも来斗は息吹を離したくない。
「でも、愁君のは時間かけて作りたいんだ」
おずおずと頬を染め上目目線で見上げてくる息吹がかわいすぎて、その衝撃のあまり来斗は膝をついてしまった。
静かに動かなくなった来斗を不思議(不審)に思い、どうしたんだろうかと息吹もしゃがんで来斗の顔を覗き込んだ。
すると、来斗は歯を食いしばって号泣していた。
「ど、どうしたの?」
息吹は驚きすぎておどおどした。
「だって、だっていぶきくん……、俺じゃなくて愁推しでしょっ!?」
うぅっと泣き続ける来斗は、悔し涙のようだ。しかしそれでも息吹を離そうとせず、息吹の腰に腕をまわした。
「うっ……うぅっ……」
「……」
よしよしと来斗の頭を撫でる正直者の息吹は、返事ができない。
来斗のことは好きだ。けれど、愁の育ちが良く爽やかな風がいつも吹いているようなのに、実は不器用で頑張り屋さんなのがとても推せると思っている。
「ごめんね」
トンカチで頭を打たれたかのように、来斗は息吹の謝罪で大きなショックを受けた。
「……俺もう、アイドル辞める!息吹君が推してくれないならやってても意味ないー!」
ついに来斗は「うわぁぁぁー」と床にしゃがみこみ、天井を見上げながら大泣きし始めた。
こうなると来斗は手が付けられない。泣き止むまで泣かせ続けるか、あやすか、言うとおりにするかしかない。
久々のぐずりに息吹も呆然としたが、ハッと我に返った。
明日は大事なドーム公演2日目。来斗がいないと大打撃。事務所に雇われている身としては、なんとしてでも行かせねば。
「来斗、そんなこと言わないで」
「……っ、うぅっ、いぶきくん……」
来斗の頬に手を当て、親指で涙をぬぐった。
「明日も、ファンのみんな待ってるよ」
「でもっ……、いぶきくんにみてもらえないんだったら、っおれ」
来斗の嗚咽は止まらない。
「明日、僕も、来斗がいないステージを見るの?」
ふっと涙の止まった来斗が息吹を見上げた。
「久々のステージ上の来斗、楽しみにしてたのに」
「いぶきくん……っ!」
そう、明日は35日ぶりに息吹は外出する。FlowerBaseのコンサートも、2年ぶりに生で見に行くのだ。
久々に息吹が見に来るということもあり、来斗の今回のコンサートでの力の入れようはすさまじかった。
「ごめ、ごめんねっ…。おれっ、あしたがんばるから……、だからちゃんとコンサートきてぇ~」
目から鼻からも汁を垂れ流しながらも、来斗は懇願した。
「うん、わかってるよ。いつも来斗ががんばっているの。明日楽しみにしてるからね」
「う”ん、う”ん~っ」
「じゃあ目が腫れるから、ちゃんと冷やしてから寝ようね」
「わがった~」
泣き止みつつある来斗の手を引いて、息吹はキッチンに向かった。すぐに冷やしたから、来斗の目は腫れずに済みそうだ。
泣き止んだ来斗がわがまま言ってゴメンねと謝ると、息吹もいいよと言った。
そうしてその夜はひとつのベットで静かに眠った(息吹は本当は仕事したかったが、これ以上来斗に泣かれては困るので折れた)。
そうして迎えたドーム2日目──
「Lily、まだまだ行けるよなー!?」
来斗の声に、観客は大きな声を上げた。
始めから爆上がりで観客さえも置いてきぼりにされそうな熱量の歌とダンスに、生中継もしていたことから新たなファン層が増えることとなった。
後にFlowerBaseの新たなページの幕開けと言われるコンサートとなる。
「ただいま~。今日はほんとにつかれたよー」
ステージ上のエッジの効いた姿とはとても同一人物とは思えない、のほほんとした姿で来斗は帰宅した。
「おかえり。おつかれさま」
ダイニングに入ると倒れこんだ来斗のそばに、先に帰っていた息吹がしゃがみこんだ。
「ね、ちゃんと見てた?俺、指ハートしたし投げキスもした」
ちゃんと息吹の席の位置を把握し、その視力(驚異の3.0)で息吹を捉えた来斗は、隙あれば息吹にラブコールしていた。
「うん。ちゃんと見てたよ」
公私混同ではないか、と息吹が思っていると息吹の足に来斗が乗っかって来た。
「俺、どうだった?かっこよかった?」
甘えるように見つめてくる来斗に、思わず息吹は笑ってしまった。
「えっ!?かっこよくなかった?」
「ううん、すごくかっこよかったよ」
「……へへー」
そういうだけで、来斗はすごくうれしそうだ。
(どうして、そんな視線を僕に向けるんだろう──)
思わず、息吹は口をついた。
「来斗は、なんでそんなに僕が好きなの?」
「へ?」
なぜこのタイミング。思わず来斗は変な声が出た。
「だって僕、コミュ障だし、暗いし、外見がいいわけでもないし、根暗だし……。来斗がそんなに僕がいいっていうわけがわからない」
息吹はずっと疑問で、こわくもあった。自分が好きだという来斗の好きは、本当は恋愛とはちがう意味での好きと勘違いしてるんじゃないか、と。
「えー、なんで?息吹君は俺にないところいっぱいあるし」
「……たとえば?」
息吹には思い当たらなかった。
「俺はすぐ諦めるしへこたれるし甘えちゃうとこあるけど、息吹君は自分でやり抜くし、意志が強い。ぶれないでかっこいい。弱ってるときは頼って欲しいと思うけど、なんだかんだ自分で解決してることも多いし。自分の好きな映像の仕事にもちゃんとついてるし」
「それは、来斗のおかげで、おこぼれでさせてもらってて」
「本当にそう思ってるの?」
来斗の鋭い視線に、息吹は狼狽した。
「うちの会社も、中途半端な人にはお願いしないよ。まだまだ俺達若手の部類だけど、売れてるから会社としても力を上げて押してくれてる。そんな俺らの仕事を、適当な人にはお願いしないよ」
起き上がった来斗は、普段家では見ないような優しくて強い笑みを浮かべた。
「だから、息吹君自信もって。息吹君はすごいんだよ」
「……うん」
息吹は珍しく、自分から来斗の胸に抱きついた。そんな息吹を愛おしく、来斗は優しく抱きしめた。
「息吹君、大好きだよ」
「……僕も、好き」
見つめ合った二人は、温かく触れあうようなキスをした。
顔を離すと、ニカッと音がするような笑みの来斗と目が合った。
「じゃ、俺荷物片づけてお風呂入る」
「うん、用意しとくからね」
「ありがと」
そうして自室に行こうと来斗がダイニングを抜けていると
「あーっ!!」
「えっなに?」
急な大声にびっくりした息吹は、おどおどと来斗に近づいた。
「息吹君っこれなに!?」
来斗が手にしていたのは、今日息吹が購入したうちわだった──来斗ではなく、愁の。
「なんで愁のなの!?俺のは!?」
「あ、えと、愁君のしか、買ってなくて」
「なんで!?どうして!?どうして俺を推してくれないの!?」
「だって……、来斗は推しじゃなくって、……恋人だから」
上着の裾を手でぎゅっと掴んで顔を赤らめる息吹に、来斗は真ん丸な目を向けた。
「それって、つまり……」
(俺が特別ってことでいいよね!?)
息吹の恥じらう様子に天にも昇りそうなほど喜んでいた来斗であったが、急に表情がスンッとした。
「いや、でも、アイドルの俺も一番に推してほしい」
「え、だって、来斗は……」
「なに?」
息吹の顔の前に来斗が『至宝級イケメンランキング殿堂入り』の顔を持っていくと
「来斗は、かっこいいっていうより、甘えん坊でかわいいから」
照れながらそう言う息吹が愛しすぎる。でも全然納得いかない。
「うわっ!?」
来斗は持っていた荷物を床に置き、息吹をお姫様抱っこした。そのままどこに向かうのかと言うと──
「ちょっ……、来斗」
寝室のベットの上におろされた息吹は身を縮ませた。
なんせ普段かわいい来斗が、家の中でも野性的にシャツのボタンを外していくから。
「息吹君、もう俺しか推せないくらいに夢中にさせるから、覚悟して?」
「え、あ、いや、あの、来斗──」
「今夜は寝かせないから」
「待って、あの、来斗、ちがっ」
自分はリアコ枠ではなく、恋人の好きと推しへの好きは別なんだ。
そう説明したかったけど、そんなことさせてくれることなく息吹は来斗と甘い夜を送ることとなった。
【その他キャラ設定、出せずじまい】
夏樹・・・元ヤン。ビール大好き。たまにバッティングセンターや麻雀に行く。普段は柄が悪い。
愁・・・腐男子。オタク活動の資金のためアイドルを始める。本当はよくしゃべる。
Lily・・・FlowerBaseのファンネーム




