第9話 イシュタルは家庭教師。
次の日の朝。
まだ周囲は薄暗く、空の下端が少しだけ赤紫色になっている。
玄関に立ったイシュタルは、ツバの大きなとんがり帽子をギュッと被った。
「またね。今度来る時にはお土産持ってくるからね」
彼女は何度も振り返ると、背を向けた。
「イシュちゃーん。またね!」
俺はそう叫んで手を振った。
ここでは誰もが明日はどうなるか分からない。
この世界は、一期一会だ。
********
前日の晩。
ランプの火が揺れている。
イシュタルは本を広げて、図を指差した。
「これ。魔法には、初級、中級、上級。それと元素級、4つの段階があるの。ほとんどの魔術師は中級までのレベルで一生を終える。上級者は1割未満で元素級に至っては、伝説の英雄とか、ほんの一握りね」
魔法の階梯は4段階か。
UTSSOと同じだ。
ま、よくある設定だし、偶然か。
「イシュちゃんは?」
「わたしは上級魔術師。水と氷、2つの悪魔と契約しているわ」
「2つ?」
「契約悪魔の相性によっては、多重契約が可能なの。生まれながらの水に、後から氷を追加したかたちね」
「ふぅん。あっ、魔法使いと魔術師って、違うの?」
「ほとんど同じ意味ね。人間のポテンシャルでは、魔術的プロセスがないと大きな魔法は使えない。だから、人間の魔法使いは、みんな魔術師って言えるわ」
「ふうん。使い分ける意味なさそう」
「ふふっ。そうね。でも、魔族の中には、魔術式を一切使わずに魔法を行使できる者もいるの。それは本当の意味での魔法使い」
イシュタルが話している間、俺はずっとワクワクしていた。もっと色々知りたかったが、とても一晩では全部を聞くことはできなかった。
俺が両親にもっと勉強したいと言うと、アレンとイリアの口添えで、今後も時々、イシュタルが家庭教師をしてくれることになった。
夜も色々聞きたかったのだけれど、イシュタルをイーファに独占されてしまった。
俺だって、イシュタルにもっと甘えたい。
でも、少しだけ恥ずかしくて、胸に飛び込めなかった。
そんなわけで、俺は早朝に早起きして、イシュタルを見送った。
イシュタルが見えなくなると、俺はすぐに貸してもらった魔術書を開いた。
うーむ。
全く読めない。
と、これは俺が勉強をサボっていた訳ではない。この世界の識字率は低い。都市部はどうか知らないが、辺境の村では、一握りの者しか文字を読むことができない。
まずは、どうにかして文字を覚えないと。
窓の外を覗くと、イーファもコスプレイヤー達に混ざってチャンバラをしていた。まだ子供なのによくやるよ。
もしかすると、契約で体力面も影響を受けるのかな。もう喧嘩したら負けそうだ。
イーファは顔だけは良い。
大人になったら、美人女騎士になるだろう。妹が女騎士とか、ちょっと良いかも知れない。イーファが大人になったら、是非とも「くっ、ころ」と言ってもらおう。
まぁ、今の感じだと、俺の方が、あの凶暴妹にぶっとばされてクッコロになりそうだが。
すると、ちょうどアレンが訓練を終えて戻ってきた。
仕方ない。背に腹は変えられない。
このやり方は避けたかったが。
俺はまだ、アレンとイリアを親と思えない。8年間一緒に過ごした他人……よく言っても親戚の叔父叔母と言ったところだ。
なんでだろうな。
俺に親が居なかったから、かな。
俺は最初、アレンを『父さん』と呼ぼうとした。でも、日本で亡くなった父に申し訳ない気がして、言えなかった。
それでも、『お父さま』『お母さま』と呼ぶたびに、自分が嘘つきになっていく気がする。
転生前の両親は、俺が8歳の時に亡くした。もし、生きていたら、もう優に50代は超えている。
だから、きっと俺は、自分の親よりずっと年下のこの2人を、親と思えないのだ。でも、それはいつか逆転する。俺がもっと成長すれば、アレンとイリアも歳をとっていく。いずれ、うちの親よりも。
——スキル判定の時、アレンは言った。
『何の神様だって、お前は俺たちの息子だ』
俺はこんなだけれど、向こうは子供だと思ってくれている。
そろそろ頃合いかも知れない。
良い機会ではないか。
だから……。
できるかは分からないけれど。
俺は大きく息を吸った。
「お父さん、お母さん。ボクに字を教えてっ!!」
そろそろ、2人の胸に飛び込んでみてもいいんじゃないかと思う。
※※※※イーファからご挨拶※※※※
みんな、読んでくれてありがと!
魔法って難しそう。ウチは違くてよかった。
ウチ、これからも訓練頑張るから。
ブクマとか★で応援もらえると嬉しいなっ。




