第8話 投獄神レイピア
ふと窓の外を見た。
アークが剣の稽古をしていた。食後の運動だろう。この家では、戦士は魔法職よりも良い適性だと思う。
だから、イーファが黒騎士で安心した。
さて、次は俺の番だ。
俺もイーファと同じようにイシュタルに抱きしめられた。すると、ムニュっとしたものが背中に当たった。
ほほぅ。これは……。
極楽極楽。
……っと、せっかくの機会だ。
集中せねば。
俺もイシュタルに続いて輪唱を始める。すると、魔法陣に光が巡り始めた。心なしか、さっきよりも光の点滅が速い気がする。
イシュタルが頷いた。
「おおっ。これは……」
イリアは不思議そうに首を傾げた。
「イシュ、何か異変が?」
イシュタルはまた本を開いた。
「光の循環速度が異常に速い。正直、規格外。循環速度は、マナ量や魔術の発動速度に比例するのよ。だからこれは……」
これはチート覚醒きたか!?
期待にドキドキが止まらない。
しばらくすると、魔法陣に光が集まって何かの形になった。俺には違いが分からないが、イシュタルなら分かるのだろう。
俺が見上げると、イシュタルは言った。
「この聖印は、医神レイピアね……」
医神?
お医者さんの神様?
もしかして、非戦闘系か?
「ボク、魔法を使えるってこと?」
俺の質問にイシュタルは小さく頷いた。
両親とも戦士の家系なのだ。
魔法クラスだっただけでも、上出来なのではないか?
きっとみんな喜んでくれる。
「ねえ、お母さま」
俺の声に、イリアは目を伏せた。
俺の予想に反して、誰も喜んでくれない。
むしろ、残念そうに見える。
どういうことだろう。
「……医神って?」
俺の質問にイシュタルが答えてくれた。
「回復魔法を与えてくれる神様ね」
「それって、ヒーラー?」
転生前、俺のプライベートキャラはヒーラーだった。やり方次第では、思いっきり前線に出れるクラスではないか。
イシュタルは俺の頭を撫でると続けた。
「イオも私がインフェルノス•アクアティクスを使うの見てたでしょ? 構えて詠唱して発動……実戦であんな余裕あるのかな。見せ物としては良いけれど、ちょっと時間がかかり過ぎると思わない?」
なるほど。そういうことか。
俺はイシュタルが言わんとしている事を理解した。
「うん。1分くらいかかったよね」
「そうなの。回復魔法も同じなのよ」
「でも、それまで前衛さんに守ってもらったらいいじゃん」
イシュタルは首を横に振った。
「回復魔法は、前衛を助けるためのものでしょ?」
「あっ」
俺はようやく気づいた。
例えば、仲間がモンスターに潰されて瀕死だとする。俺は回復魔法を使う。そこから1分もかかっていたら?
「魔法が遅くて役立たずとか?」
俺がそう言うとイシュタルは頷いた。
慎重に、言葉を選んでくれているようだ。
「うん。回復職は人気がないの。医神レイピアが出ても、農民とか商人になる人がほとんどかな」
それって……。
回復職は一般の村人以下ということか?
っていうか、「レイピアが出ても」って、明らかに外れクジ扱いだ。
「じゃあ、レイピアってどんな神様なの? きっとすごいエピソードとか」
そうだ。黒騎士の例もある。
魂を揺さぶるエピソードさえあれば、俺は頑張れる。
イシュは、また本をめくり始めた。
すぐには見つからなかったらしく、全ページを数往復してから、首を傾げて栞紐を挟んだ。
「医神レイピアは、大神オルディスを怒らせて、投獄されていたみたい。なんでもオルディスのお尻を刺したとか」
「……」
もしかして、それがレイピアの由来?
「わぁぁぁ!」
家の外からは、アークの叫び声が聞こえてくる。
ま、仕方ないか。
マナ量の話はどうなったんだろう?
「あの、イシュちゃん。さっきのマナ量って?」
イシュタルは俺を抱きしめた。
胸がますます強く押し付けられる。
「魔力の循環速度はマナの量に比例するの。だから、イオのマナ量は極端に多いと思う。正直、人族の限界に近い値。それと魔法の発動速度もね」
だが、さっきの話だと、魔法が発動するのは詠唱の後だ。そもそも詠唱時間がネックなのだから、発動が速くても意味がないのでは?
「わかった、イシュちゃん。要は、回復職はカスってこと?」
イシュタルは、眉のあたりをポリポリと掻いた。
「うーん。あまり直接的な表現は……ね?」
それって要するに。
全肯定だ。
そういえばウチの会社のゲーム、Under The Shining Stars Online(略名:UTSSO)でも回復職は微妙だった。HP吸収防具が低レベルから手に入ったり、ポーションが高性能すぎたりして、回復職は存在価値皆無のカス扱いだった。
……でも、まぁ。
カス職でも、魔法クラスには変わらないし。
俺は左腕を撫でた。
大切な人が、燃え尽きる感覚。
自分が無力で無価値だと突きつけられる。
ああいうのはもうイヤだ。
だから、悪くない。
いっそのこと、村から出ずに開業したっていい。
前向きに考えようじゃないか。
——このときの俺はまだ知らなかった。
医神レイピアが“投獄された本当の理由”を。




