第7話 魔法少女志望の黒騎士。
「すっごーいっ!!」
魔術を目の当たりにしたイーファが飛び跳ねた。
コイツはアホだ。
でも、俺もアホになってしまったらしい。
気づけば、俺も一緒に飛び跳ねていた。
「……ふぅ」
魔術が終わると、イシュタルは大きく息を吐いた。どうやら、魔術というものは疲れるらしい。
ゲームのMPのように、精神力が消耗するのだろうか。
「相変わらず派手ねぇ」
イリアは軽くあきれた様子だ。
アレを見ても大して驚いていない。
これくらいのことは、この世界では普通なのだろうか。
っていうか、庭の木……。
「お母さま。あの木、お父さまが毎日、水をあげてたやつです」
「ふっ、天罰です」
イリアはニヤリとすると、パンッと手を叩いた。
「木のことはもう忘れましょう。それよりも、イシュはマナの使いすぎで疲れたんじゃない? 1人だと危ないし今日は泊まっていきなさいね。それと、例の事も大丈夫そう……?」
例の事?
まだ何かあるのだろうか。
血脈により魔術の才能がない身としては……、既に十分に満足しているのだが。
夕食までの間。
魔術のドキドキが止まらなくて、俺とイーファはイシュタルに纏わりついていた。
「イシュタル叔母さん。魔法と魔術は何が違うんですか?」
「んっ。わたしのことはイシュって呼んでね。説明が難しいのだけれど、いい?」
俺は頷いた。
「魔法は魔術を含む概念なの。人間は魔法を扱う能力が低い。だから、どうやったら使えるのかを学問として研究したものが魔術。簡単に言えば、心の中の現象を外の世界に発現させるための手続きが呪文や魔法陣というもので……」
イーファがイシュに抱きついた。
「イシュー。難しいお話、わかんないっ!」
こいつ、いきなり呼び捨てかよ。すごい適応力だな。
イシュはイーファの髪を撫でた。
「そうね。人間はマナが少ないの。そんな人間が魔法を使うための裏技。それが魔術かな。続きはまた今度ね」
「みんなー、夕食だぞー!!」
アレンの声で階段を駆け降りた。
イシュタルがいるからだろうか。
今夜の夕食は、雰囲気が少し違う。
いつもアレンとイリアは隣の席だ。
でも、今日はアレンを挟んだ反対にはイシュタルがいる。
そして、その正面に俺とイーファ。
この世界流の上座下座なのだろうか。
席についてしばらくすると、使用人のセールが焼けた肉の塊を持ってきた。
ドンッとテーブルの木板に置かれたコレが何の動物かは知らないが、アレンがイシュタルのために獲ってきたものらしい。
普段は肉なんて滅多にお目にかかれないのに。たまにのご馳走でも、いつも塩漬けだし。
今日は俺らのバースデーでもお目にかかれないフレッシュミート……。
俺はアレンの顔をみた。
どんだけ喜んでるんだよ、この人。
ザクッ。
イリアが肉の塊にナイフを突き立てた。
「あなた、ナイフ、……使うでしょう?」
イリアの顔が怖い。
「お、おうっ」
アレンよ。
頼むからこれ以上、余計なことをするなよ。
元同年代の男としては分かる。
イリアは金髪だから、雰囲気が違うイシュタルに、ほんの少しだけ興味が湧いた……のだよな?
アレンは立ち上がり、肉に突き刺さったナイフで、肉を切り分けた。
肉からは湯気が立ち上っていて、豚肉を燻したような、香ばしい匂いがしている。
ギュルルル。
久しぶりの肉に、俺の腹の虫がなった。
切り分けた肉をセールが配ってくれる。
まずはイシュタル、そしてアレン。
年齢の順に肉が配られていく。
だが、なぜか俺よりもイーファに先に配られた。
「僕の方が年上なんだけど」
すると、イーファがニヤニヤした。
「生まれたの同じ日だし、肉くらいでガタガタ言わない。ほんと、これだからガキは」
肉でニヤニヤしているガキは、どこのどいつだよ。
年長者から順に肉を平パンの上に受け取り、皆で、お行儀よく手掴みで食べた。
この世界……、少なくともシャインスター村では、フォークはあまり使わない。衛生的だとは思えないが、食事の前には良く手を洗うので、特に問題はないらしい。
前にイリアに聞いたら「手には神様が宿ってるの」とのことだった。
神様関係の話はデリケートだ。
俺には「そうなんですか」と言うしかなかった。
まぁ、俺も向こうでは、コンビニのオニギリを手づかみで食べてたし、気の持ちようなのかもしれない。
早々に肉を食べ終えてしまい平パンにしゃぶりついていると、イーファと目が合った。
「ばーか。野蛮人」
そう言うと、イーファは舌を出した。
お前だってさっきまで手づかみしてたくせに。
我が妹ながら、本当にムカつくぜ。
アレンが何か耳打ちすると、セールはワインを持ってきた。
この世界にもワインがあったのか。
初めて見た。
アレンは普段は村で買えるビールのようなものを飲んでいる。客人が来ると見栄をはるのは、どの世界でも一緒らしい。
アレンはご機嫌だ。
「イシュタルの卒業と、この生涯で最後かもしれない再会を祝して。かんぱいっ!」
コツンコツン。
アレンはそう言うと、ぶどうジュースが入った俺とイーファのカップにも、乾杯してくれた。
この世界では死が身近だ。
だから俺は、少し物騒なこの乾杯が好きだった。
きっとみんな別れを覚悟して。
ご馳走を囲んで、今の時間を楽しむ。
コツン。
イーファが俺のグラスにグラスをぶつけた。
「お前、何してんの?」
俺の言葉にイーファは顔を背けた。
「べ、別にっ。なんとなく、してみたかっただけ」
食事が終わると、アレンとセールが、テーブルが部屋の端に片付けた。
「そろそろ始めましょうか」
イシュタルはそう言うと、部屋の真ん中に座った。巾着袋から瓶を取り出した。
「お母さま、あれは何?」
イリアは俺の頭を撫でた。
「隣の国からもってきた魔法の砂よ」
イシュタルは瓶を傾けると、キラキラした砂で床に文字を書いていく。
俺が見ていても、イシュタルは気づく様子はない。よほど集中しているらしい。
「イオ。あれは何をしているの?」
イーファは俺の手をギュッと握った。
すると、イリアは微笑んで答えてくれた。
「契約の審査よ。人はね。生まれながらにして、何かしらの悪魔や神、精霊との契約みたいなものを持ってるのよ」
ってことは、その契約が血脈……遺伝子レベルで引き継がれるということなのか?
イシュタルは床に魔法陣を描き終えると、俺たちの方を見た。
「その契約……繋がりの種類によって、魔法が使えたり使えなかったりするの。でも、それは優劣ではなくて、たまたま繋がりのある神や悪魔がどんな性質だったのか、というだけの話。この魔法陣は、それを判断できる……」
イシュタルはイーファを呼び寄せると、優しく抱きしめた。
「イーファ。わたしに続いてね」
「巡れ巡れ世界を巡れ……、契りの紐は、進んで戻って、絡まり切れる。運命の神よ、我の進むべき道を示せ」
すると床の魔法陣が淡く光り、その光が瞬きながら陣の上を循環した。何重にも走る線は、やがて陣の真ん中に集まり、紋章のような光の塊が浮かび上がる。
きっと、あの形で契約とやらを判断するのだろう。
「んー……」
イシュタルは少し悩むと、「あっ」っと言って手を叩いた。何かひらめいたらしい。
イシュタルはカバンから本を取り出し、パラパラとめくった。
「ねぇ、イシュ。わたしの運勢は?」
イーファはイシュタルを見上げた。
オミクジじゃないんだから。
運勢とかないでしょ。
イシュタルは本を閉じた。
「これは、極東の英雄クレナイの紋章ね。愛する者を守るために、自分の魂を刃に変えて戦った伝説の騎士。あなたには……その”黒騎士”の資質があるわ」
えっ、ここで出てくるのは神とか悪魔とか精霊なんじゃないの?
英雄って人間なんですが。
しかも、極東なのに黒騎士って……。
イーファは半べそになった。
「黒騎士? えーっ。わたし魔法使えないのぉ? 魔法少女になりたかったなぁ」
「クレナイはね。結局、愛する人を守れなかったの。だから、一緒に地獄に落ちて、その人を守り抜いたの。わたしは大好きな英雄よ」
「そっかあ。エヘヘ。ウチも守れるかなぁ」
イーファは前髪を顔にペタペタしてニヤけた。
ふっ。
ガキにはそんな相手いないだろ。
俺はイリアに聞いた。
「黒騎士って、すごい?」
「ここグレイック王国では、ほとんど見かけないクラス。でも、魂を力に変えることから、別名ソウルブレードなんて呼ばれてるわね」
ソウルブレード? ププッ。
まるでモンスターの名前ではないか。
イリアは続けた。
「でもね、戦闘クラスなんて幸運よ。ほとんどの人の契約は非戦闘系なんだから。アレンもわたしも戦士クラスだから、イーファは才能を引き継いじゃったかな?」
イリアはニマニマした。
よほど嬉しいことらしい。
えと、魔法適性は100人に1人。
戦闘適性もレア。それ以外は一般人。
俺がどの枠かなんて、言われなくてもだいたい想像がつく。
すると、アレンがポンポンと俺の背中を叩いた。
「ま、気にするな。非戦闘系だって、人の役にたつ立派なクラスだからな。何の神様だって、お前は俺たちの息子だ」
一期一会。
別れと出会の乾杯。
親も子も出会い。
俺の中で何かが繋がった。
「お父さ……」
俺の言葉が終わる前に、アレンは走りだした。
「イーファちゃーん。黒騎士だって? パパ、嬉しいっ!」
前言撤回。
イーファの憎らしさは、父親譲りなのかもしれない。




