第6話 本気魔術で父の庭木が消えた日。
その様子を見ていたイーファが俺を指差した。
「ママっ。いま、イオが叔母さんのスカートを脱がせようとしてたよっ!!」
このチクリ魔め。
っていうか、普通に兄を呼び捨てにするなよ。
兄上と言え。
兄上と。
イリアは、俺を抱き上げた。
フワッと良い香りがする。
「イオ、ダメでしょ? そんなことしてたら、アレンお父さまみたいになっちゃいますよ?」
優しい口調が、なんだか怖い。
「お母さま、今のつるんっていうのが魔法なんですか?」
すると、イシュタルが答えた。
「今のは、魔法ではあるけれど、魔術には至らない単なるマナの波動」
魔法、魔術、マナ?
それぞれ違う概念なのか?
イリアは俺の頭を撫でた。
「ごめんね。イシュ……。この子、魔法を見るのをすごく楽しみにしてたの。悪いんだけど、ちょっとだけお願いできないかしら」
ナイスアシストだ、イリア。
この後、アレンとイリアが喧嘩したら、俺は母側の味方をすると誓おう。
イシュタルはクスクスと笑った。
「わかりました。この辺りじゃ魔術なんて見る機会ないだろうし。魔術書も手に入らないものね。イリア姉さんにも見て欲しいし」
イシュタルはキョロキョロすると首を傾げた。
「でもここじゃ迷惑ね。ちょっと外にでようか」
家の中じゃできないような魔術?
なんだかすごそうだ。
否が応にも期待してしまう。
玄関ドアを開けると、イシュタルは庭の木を指差した。
「あれでいいかな」
庭の木は大木と言ってもいいもので、ちょっと蹴飛ばしたくらいではビクともしない。
「はじめましょう」
イシュタルは杖を地面につくと、両足を肩幅ほどに広げた。そして、何かを唱え始める。
すると、風もないのにイシュタルの黒髪が舞い上がった。その瞳孔は青みを帯びている。
魔術のことは分からない。
だが、目に見えない何かが渦巻いていることだけは、わかる。
やがて、イシュタルの言葉が聞き取れるようになった。
「水を司る悪魔王ウォースよ。我が声に応じ、我が望みを聞き届けよ。差し出す贄は我が命……、我が友。我が未来……」
これは呪文?
それにしても、なにやら物騒なことを言っているぞ。俺なんかの好奇心のために、命まで差し出す必要はないのだが……。
「……そして、一族が血脈……」
一族って……俺も含まれるのでは?
まだアレもコレもしてないし、こんなところで死にたくないよ。勝手に俺を巻き込まないでくれぇぇ!!
しかし、イシュタルは言葉を続けた。
「敵の命運はここに尽きる。我に神に抗う力を与えよ……」
すると、イシュタルの前に、ビー玉サイズの水の塊が現れた。
なにあれ。
ショボすぎる。
神に抗ってアレかよ。
正直、期待外れだ。
しかし、イシュタルは言葉を続けた。
杖を強く握り、木を真剣な眼差しで見つめる。
「……|インフェルノス•アクアティクス《水滅地獄》!!」
すると、イシュタルの1メートル程先に、五重の魔法陣があらわれた。
辺りの空気が一気に集まる。
風もないのに、イシュタルの黒髪が激しくなびいた。
水玉は激しく回転する。
どこかから水を集めて凄まじい水流になった。
そして、定規で描いた一本線のように真っ直ぐ飛び出す。
ドンッ!
直後、大木の破片が舞い散った。
木は跡形もなくなり、後ろの柵も吹き飛んだ。そして、柵の向こうの地面は抉れていた。
轟音で耳がキンキンする。
これ、当たったら普通に人間死ぬよね?
初めて見た魔術。
それは、想像を遥かに越えていた。




