第45話 不本意なキスの責任。
やばい、気づかれる。
ゴブリンヒーローの身体はグルッと回りかけたが、動きを途中で止めた。
「大切な話の途中です。わたしの方を見てください」
チュッ。
アイシャの声だった。
間一髪、ゴブリンヒーローの気を引いてくれたみたいだ。
(サンキュー。でも、「チュッ」って、もしかして……。なんかゴメン)
俺は巨体の横をすり抜け、祭壇のところまで辿り着いた。
ここまでは来れた。
だが、いつゴブリンヒーローに気づかれてもおかしくないし、並ゴブリンどもが押し寄せてくるのは時間の問題だ。
俺は、リリスの方に走りながら鍵をルナに投げた。
チャリンッ
コントロールが悪くて鍵は地面に落ちたが、ルナはスライディングのようにして拾い上げた。
「おい、おまえら。何をしているっ!!」
ゴブリンヒーローの声だ。
鍵の音で、異変に気づいたらしい。
「キキーッ!!」
並ゴブリンどもも、すぐそこまで迫っている。
……時間がない。
ルナは鍵と口を器用に使って鎖を外した。
封印がどうとか言ってたが、ルナが期待外れだったら詰みだ。
ルナは姿勢を低くすると叫んだ。
「ドラゴニック!!」
彼女の赤毛が逆立ち、手足に赤い鱗のようなものが浮き出た。瞳は鮮血のように赤くなり、爪は黒く鋭く伸びている。
瞬時に周囲の空気が熱された。
存在しているだけで、マナが溢れ出ている。
「キキキッ」
並ゴブリンは立ち止まり、何匹か逃げ出した。
「女、どういうつもりだ!!」
ゴブリンヒーローの叫び声だ。
アイシャは後ろに身体を捻り、回転する。
反動をつけゴブリンヒーローの頬のあたりを下から切りつけた。
刃筋は横一文字。
切創に遅れて両目から緑の血液が吹き出す。
「があああ!」
ゴブリンヒーローは両目を押さえて呻いた。
ナイスだアイシャ。
これでゴブリンヒーローの視界が悪くなる。
隙が生まれるかも知れない。
ゴブリンヒーローは叫んだ。
「許さぬぞ。サキュバスの娘。お前如きが、我に傷をつけるなど、あり得んっ! お前の一族郎党を探し出して、女は全員、我らの孕み袋にしてくれるわぁぁ」
その声は低く、地面を揺らした。
アイシャはこちらに駆けてくると、俺の左腕に抱きつき、右手で下瞼を下げて舌を出した。
「それこそ、あり得ません。わたしは、この人の子供を産むと決めているのです」
……初耳だ。
アイシャは、今度は俺にウィンクをした。
「おいおい。デカブツめっちゃ怒ってるけど。挑発しない方がいいのでは」
すると、アイシャは俺にもアッカンベーをした。
「不本意なキスをさせたんだから、責任とってください」
「え、あの音ってやっぱり……。なんかゴメン」
すると、アイシャは、口に手を当てて、動揺した。
「あ、ちがう。唇にはしてない。ここで、死んじゃうかもしれないから、……伝えます。わたし、貴方のことを『気になってる』みたい」
こんな時に何を……。
アイシャと目が合う。
その顔は真剣だった。
俺は頭を掻いた。
「分かった。生きて帰れたら、ちゃんと考えるよ」
ゴブリンヒーローの咆哮が耳をつんざく。
アイシャは耳を押さえた。
「まずは、みんなで生きて帰らないと。それとわたし、たぶん一途ですよ?」
「え? たぶん?」
「いや、だって。男の人と付き合った事がないから経験なくて実績がないですし」
こんな美人で色っぽいお姉様なのに、恋愛経験ゼロなのか。日本じゃあり得ない。
アイシャは言葉を続けた。
「でも、貴方のことを考えると、切なくて……。だから、逃げちゃダメだよ?」
マジか。
俺にも、とうとう大人の階段を駆け上がる時が来たのかも知れない。あやうく、あっちの世界でも魔法使いになりかけたからな。
転生万歳!!
女神様、ありがとう。
……これは絶対に生きて帰らないと!!




