第41話 トニトゥルス•インフェルノス
「……もちろん、助けるし」
どうしよう。
ついカッコつけてしまった。
あの気の強そうな少女を放置して、マジで逃げ出したい。……今更取り消せないかな?
目が合うと、リリスは笑顔になった。
「イオが困ってる人を見捨てる訳はないと思いました」
「仕方のない人ですね」
アイシャもそう言うと、微笑んだ。
……もう前言撤回は不可みたいだ。
でも、レイピアの助言。
——それにブルードラゴンの言葉。
俺は首にかけた青いネックレスを見た。
『燃えるような赤毛の少女を知らぬか。瞳は海の底のように澄んだ瞳をしている』
燃えるような赤毛の少女。
今、俺のすぐ近くにいる。
——だから。
あの少女を見捨てるわけにはいかない。
きっと彼女を助けることには、命を張るだけの意味がある。
俺は息を大きく吸った。
さて、どうしたものか。
俺は周囲を見渡した。
背後では、赤毛の少女がゴブリンに引っ張られている。豪華なドレスは破れて泥だらけだ。
少女はリリスの背後。
少女の周りのゴブリンは2体。
シャーマンは祭壇の部屋。それ以外のゴブリンは、全てシャーマンとリリスの間に集まっている。
シャーマンは儀式台の部屋にいるから、少し距離がある。今ならまだ赤毛の少女からゴブリンを引き離せる。
だが、ゴブリンの群れに一斉に囲まれるのはマズイ。
「アイシャはシャーマン、リリスは雑魚ゴブリン達をお願い!!」
2人に指示を出すと、俺は錫杖を持つ手に力を入れた。
アイシャはリリスと視線を交差させると、地を蹴って走り出した。その軌道は低く低く、シャーマンとの最短ルートだ。
その手に握られた2本の刃は、いつもの片刃の短刀ではなく両刃の短剣だ。
アイシャは息を吐くと、右手の短剣を逆手に持ち替えた。走り抜けるのと同時に右の短剣を振り切る。
襲いかかる最初のゴブリンの首から、血飛沫が上がった。
リリスは杖を地面に突き刺すと、両足を肩幅ほどに開いた。マナが躍動し、艶のある金髪がフワリと舞い上がる。
数匹ずつ倒すのではなく、一気にゴブリンを制圧するつもりらしい。リリスが選んだのは、全文詠唱だ。
リリスの杖が揺れ動く度に、光の筋が霞みながらたなびく。リリスは、いつもより低い声で詠唱を始めた。
「轟け雷声。降り注げ雷霆。我が敵を打ち払い蹂躙せよ……」
アイシャはすぐに利き足に体重をシフトして、左の短剣で2匹目のゴブリンの両目を切り裂いた。
すると、詠唱に気づいたシャーマンがリリスを指差した。
ゴブリンどもが同時にリリスの方を見る。
「キキッ!!」
ゴブリンどもが奇声を上げた。リリスまでの距離は5メートルと少し。まもなく、リリスはゴブリンに囲まれるだろう。
「……差し出す贄は、我が命脈、我が未来、我が一族が血脈。雷の悪魔王ゼリウスよ……」
淡々とリリスの詠唱が続く。
アイシャとリリスは8メートルほど離れている。ゴブリンの方がリリスに近い。
アイシャはクルンと方向を変えながら叫んだ。
「精霊加速《スピリット•アクセラレーション》!」
ドンッ。
紫電がアイシャの背中を押し出す。
アイシャは一気に加速し、ゴブリンの前に割り込んだ。
アイシャは左右の短剣で、リリスに駆け寄るゴブリンどもを斬り裂く。
しかし、その中の数匹は致命傷を免れた。
「……眠れ、愚か者。サキュバス•スリープ!!」
アイシャの誘眠魔法だ。
死にかけのゴブリン達は、アイシャの魔法によって、立ち上がると同時にバタバタと眠らされていく。
リリスは集中を絶やさないようにギュッと目を閉じた。混戦での範囲攻撃は、味方を正確に避けなければならない。
一歩間違えば、鉄格子に落雷してしまう可能性もある。そのため、かなり高度なマナ制御が要求される。
アイシャを絶対的に信頼しているのだろう。リリスは、死の恐怖に晒されながらも、淡々と詠唱を続けた。
赤毛の少女を引っ張っていたゴブリンたちも異変に気づいたらしい。奇声を上げながら、リリスの背後から飛びかかった。
アイシャは、リリスの向こう側にいる。アイシャの位置からでは、新手のゴブリンには間に合わない。
(やばい)
俺は走りながら錫杖を振りかぶると、バットのスイングの要領で、思いっきり振り抜いた。
ばきっ
運良くゴブリンの頭に直撃したらしい。鈍い音がして、ゴブリンの1匹が数メートル先に吹き飛んだ。
俺は懐に手を入れ、短刀の柄に手をかけた。
アイシャはチラッとこちらを見るとウィンクした。もう1匹の方は、リリスからほんの数メートルのところまで迫っている。
ゴブリンは手に持った棍棒を振り上げた。アイシャからは遠い。ゴブリンがリリスの頭上で棍棒を振り下ろす。
……間に合わない。
しかし、次の瞬間。
ゴブリンの左目に短剣が突き刺さった。
ゴブリンがうずくまる。
アイシャはそれを見届けると、口角を上げた。
短剣はアイシャが投げたらしい。
「雲上を煌めき、天雷で撃て。|トニトゥルス•インフェルノス《雷 滅 地 獄》!!」
直後、リリスの詠唱が完成した。
ドーム状の天井に、大気を電離したプラズマが迸る。
電気の束は分離して、全てのゴブリンを同時に撃ち抜いた。
赤毛の少女を引っ張っていたもう1匹のゴブリンも丸焦になった。
……すさまじい魔力制御だ。
アイシャがリリスは天才と言っていたが、どうやら本当らしい。
シャーマンは障壁を張っていたらしい。リリスの雷撃の直撃を受けたのに、即死を免れた。
「キキッ……(裏切り者めっ。ゴブリン英雄の怒りを知れっ)」
シャーマンは何か叫ぶと、祭壇の方に走った。




