第40話 英雄の贄と、最低な選択肢
……どうする?
俺1人ではどうしようもない。
なんとかして、リリス達と合流しないと。
何かヒントはないか?
洞穴の奥の方に何かの台が見えた。大きな石の台に何かが彫ってあり、周囲には動物の頭蓋骨が飾ってある。
あれは、祭壇か?
そういえば、シャーマンが贄がどうのとか言っていた。
審問官のヤルバスの方を見ると、まだ鉄格子を掴んで怒鳴り散らしていた。こちらのことは全く気にしていない。
今のうちだ。
俺はゴブリンシャーマンに質問した。
「あの祭壇は?」
シャーマンは祭壇を指差した。
祭壇の方からは、酷い悪臭が漂ってきている。周りには無数の人骨らしき物が落ちていた。
頭蓋骨も複数見える。
(コイツら、何人を犠牲にしたんだよ)
「キキ(アレ、英雄復活、儀式。贄、沢山、イル。私の魔力、贄、足りない)」
そういえば、酒を飲んでいる時にも、そんなことを言っていた。
ところで、英雄とは何者だろう。
人間の英雄……ってことはなさそうだ。
だとしたら、ゴブリンの英雄か。
シャーマンでこの程度だ。
英雄でも、頭は悪そうだが……。
とにかく、シャーマンは困っている。
これはチャンスだ。
俺は申し出た。
「それでしたら、ポポポ教の秘術でお手伝いできると思います。みたところ、既にかなりの数の生贄を捧げたご様子。わたしの力があれば、後はあの赤毛の娘がいれば十分かと。シャーマン殿がご希望でしたら、今すぐ、儀式にとりかかれると思いますが……」
ゴブリンシャーマンは黄色い歯をのぞかせて、ニターッと笑った。
「キキ(それ、本当か?)」
「はい。ポポポ神様に誓って、嘘は申しません。シャーマン殿は、サイファの神官などに本当に従いたいのですか?」
シャーマンの神が何なのか知らないが、ヤルバスに邪教と言われ、快く思っているはずがない。
シャーマンは眉間に皺を寄せた。
「キキ…(人間、従う、屈辱。儀式、可能なら、サイファ…の神官、殺す)」
って、俺も人間なんだが。
「ほほう。サイファ神官を敵に回しても問題ないと?」
「キキ(英雄、いれば、問題、ナイ)」
ゴブリンの英雄というのは、そこまでなのか?
まぁ、赤毛少女で生贄が完成するのは咄嗟についた大嘘だ。英雄のことを考える必要もないか。
俺は両手を上げた。
「では、さっそく取りかかりましょう。ですが、英雄復活はサイファにとっては邪神の儀式。妨害されるかも知れません。まずは、あの邪魔な神官をどうにかしませんと」
「キキ(理解。あの神官、殺す)」
ふふっ。
所詮はゴブリン。チョロいぜ。
すると、ヤルバスは異変に気づいたらしく、俺を睨みつけた。
「おい、お前ら。何をしているっ!!」
そう叫ぶと、ヤルバスは腰に差していたウォーハンマーを手にとって身構えた。
しかし、ゴブリンシャーマンはそんなことを気にする様子もなく、手を上げて口笛を吹いた。
ダダダッ。
無数の足音。
すぐに、どこからか20匹以上のゴブリンが押し寄せてきた。またたくまにヤルバスは囲まれた。
シャーマンは、予めゴブリンどもを隣室に待機させていたらしい。
準備が良すぎる。
この展開を予想していたとしたら、ゴブリンは俺が思っているほどバカではないのかも知れない。
ヤルバスはハンマーでゴブリン数匹を叩き潰した。必死の形相で聖印を切り、魔法を唱えようとする。
しかし、先頭のゴブリンはナイフでヤルバスの脇腹を刺し、次のゴブリンは、手に持っていた布切れをヤルバスの口に強引に詰めた。
ヤルバスは声が出せない。魔法が唱えられないと分かると、鈍器をもったゴブリン達が一斉に飛びかかった。
意趣返しだろうか。
餅つきのように執拗に殴られている。
ヤルバスは必死の形相で群れから這い出そうとした。しかし、底なし沼にでも飲まれるかのように、手を伸ばした姿勢のまま、ゴブリンの群れに飲み込まれていった。
群れの中からヤルバスの声が聞こえていたが、1分もせずに静かになった。
とりあえず、審問官の処理は終わった。
審問官を殺したのはゴブリンだ。ゴブに責任転嫁もできた。
「キキキッ」
シャーマンの声でゴブリン達が散り散りになった。後に残ったのは、ヤルバスは無惨な死体だった。
クズな審問官だ。
哀れな最後だが、自業自得か。
シャーマンは俺の方を見た。
「キキ(邪魔者、消えた。儀式、する)」
「儀式を行うために助手達を解放して欲しいのですが……」
俺は周囲を見渡した。
まだ相当数のゴブリンがいる。
今、尻尾を出すのはマズイ。
アイシャとリリスは、ゴブリン自身の手で解放させる必要がある。
シャーマンは俺を信じ切っているらしく、すぐにリリス達を連れてきてくれた。生贄台の方にいき、なにやらゴブリン達に指示している。
「無事で良かった」
俺がそう声をかけると、リリスが手首を摩りながら答えた。
「酷い目に遭いました。ゴブリン達……思いっきり縛るし、手首が痛いです。臭いし。ほんとうにアイツら最悪」
……そもそものキッカケは、貴女がいきなり魔法でゴブリンを吹っ飛ばしたからなのだが。
アイシャも手首を摩っている。
首を傾げると、質問してきた。
「イオさま。ありがとうございました。これからどうしますか?」
それは、もちろん。
逃げるに決まっている。
審問官がきて、ゴブ大集合のこんな騒ぎになるとは思ってなかったし。たとえ単体は弱くても、20匹以上のゴブリンに襲われたらひとたまりもない。
こっちには女性もいるのだ。アイツらに捕まったら、どんな展開になるか想像するまでもない。
シャーマンは、祭壇の前で棒を振っている。
儀式の準備に夢中なようだ。合間に身振り手振りで、ゴブリン達に指示を出している。ゴブリン達もせわしなく動き回っていて、誰も俺たちを気にしていない。
(今のうちなら、余裕で逃げられそうだ)
俺はアイシャに答えた。
「今のうちに逃……」
すると鉄格子の牢屋の辺りにゴブリン達が集まり、騒いでいる。
「わ、わらわに何をするっ。ひっ、胸に触るでない」
どうやら、生贄にするために、赤毛の少女を移動させるらしい。ゴブリンは少女の髪の毛を掴むと、引きずり倒した。
こんな巣穴で欲求不満なのだろうか。
ゴブリンは少女を押さえつけると、太ももを舐めまわした。
その様子を見ていたシャーマンが言った。
「キキ(贄、処女、条件。それ以外、好きに、しろ)」
すると、ゴブリン達から歓声が上がった。
金属同士が擦れるような不快な声が、洞穴の壁で反響する。
「キーッ!」
ゴブリンの中の1匹が少女に馬乗りになり、少女のスカートを剥ぎ取った。
「や、やめ……。そ、そこのお前っ。わらわを助けろっ、助けてぇぇ」
赤毛の少女は、明らかに俺のことを見ている。
気の強そうな青い目は、今は恐怖に怯えていて見る影もない。
いや、でも。
ここであの子を助けたら、ゴブリンの儀式を邪魔したことになる。全てのヘイトが俺たちに来るぞ?
あの数に襲われたら、ひとたまりもない。
こっちにも女子はいるのだ。見ず知らずの少女のために、2人を危険な目に合わせることはできない……。
シャーマンの機嫌を損なわなければ、無傷で出れる可能性すらある。
可哀想だけど、見捨てるしかない。
振り返ると、リリスとアイシャが無言で俺を見つめていた。……2人の視線が痛い。
期待と信頼の眼差し。
この視線……きっと、俺が少女を置き去りにしようとしてるなんて、夢にも思ってないやつだ。
どうしよう。
いくら苦手なタイプでも、ゴブリンに乱暴されるのは可哀想だ。




