第39話 ポポポ教司祭
何故こんな状況になったかというと……。
俺の杖をみたら、ゴブリンが急に優しくなったのだ。
「キキッ」
テーブルを挟んで向いに座っているゴブリンは、貫頭衣のようなローブを着て、頭には羽根を付けている。
この個体は群れのリーダーらしい。
俺はUTSSOでも、似たモンスターを見たことがある。コイツはゴブリンの中の呪術師。ゴブリンシャーマンだ。
「キキッ」
ゴブリンシャーマンが酒を注いでくれる。口を近づけると、豊かで瑞々《みずみず》しいブドウの香りがした。
良い酒だ。
この巣穴には不釣り合いだな。
「キキキキ(さ、ポポポ教司祭殿、もう一献」
どうやら、この杖の偽装ボタンを押すと、相手が信仰している神の神具に見えるらしい。さらには、相手の言葉が理解できるようになる。
そういえば、レイピアが布教がどうのとか言ってたっけ。これは布教のためのオマケ機能なのだろうか。
言葉が通じないと布教活動できないしな。
(地味だが、かなり便利だ)
この黒い神官服も相まって、ゴブリンどもは、勝手に俺をゴブリンに縁のある邪教の司祭と思い込んでくれたらしい。
それにしても、どういうことなのだろう。
誘拐が審問官の仕業だと言ったのは集落のジジイだ。
集落のジジイは、俺らをゴブリンに売ったのか? でも、ゴブリンと人間の協力関係なんて聞いた事がない。
この際だ。
当事者に事情を聞いてみるか。
俺はゴブリンシャーマンに酒を注いだ。
「シャーマン殿、それで攫った女はどうなりました?」
「キキキ(あの赤髪、女、サイファ神官、殺すな、言った。ちゃんと牢屋、入れてある)」
サイファの神官は本当に絡んでいるらしい。
「集落の長には?」
「キキ(ジジイに、遺品、渡す約束した。赤髪女、異国から来た。異国の皿、渡してやった。ジジイ、喜んだ)」
やはりジジイとゴブリンはグルか。
さしずめ、獲物として旅人を差し出す代わりに、所持品を受け取る約束でもしていたのだろう。
リリスとアイシャが心配だ。
「わたしの連れは?」
「キキ(ポポポ神官殿の奴隷、無傷。念の為、サイファの神官、に、解放していいか確認。少し待て)」
まぁ、リリスはゴブリンを派手にぶち殺したからな。即時処刑されていなくて良かった。
リリスとアイシャは、とりあえずは無事らしい。俺の連れということで、乱暴もされていないようだ。
「シャーマン殿の一存では解放できないのですか?」
「キキ……(捕虜、サイファ神官、選別。我ら、不要、女、もらう。我ら、贄、必要)」
贄? 何かの儀式か?
「贄とは?」
「キキ(英雄、復活、贄、要る)」
どうやら、ゴブリンどもは何かを復活させるつもりらしい。
いちいち許可が必要ということは、ゴブリンシャーマンよりもサイファ神官の方が立場が上なのだろう。
やはり黒幕はサイファ神官か。
俺の時と同じだ。
利用価値のある奴隷だけを集めているのか?
そして、価値のない囚人はゴブリンに玩具や贄として与え、所持品はジジイに与える……と。
やはり、サイファの神官とゴブリンとジジイが協力関係にあるのは間違いないみたいだ。
きっと、ずっと同じようなことを繰り返してきたのだろう。放置すれば、これからもどんどん犠牲者が増えることになる。
レイピアが頼みを聞けって言ったのは、この悪だくみを潰せという意味か?
だが、この状況からどうやって?
考えろ。
ゴブリンは俺に警戒していない。
ゴブリンのリーダーはこのシャーマンだ。
幸い、今は審問官は居ない。
ゴブリンにリリスとアイシャの所まで案内させて、シャーマンを抑えてしまえば、あとは並ゴブリンだけだ。
時間差で処理すれば、何とかなるかも知れない。
あとは、話を切り出すタイミングか……。
「あー、疲れた疲れた」
背後から不意に男の声がした。
マナの流れを一切感じなかった。
コイツ、普通じゃない。
振り返ると小太りな男だった。
男は40代後半くらいで、髪型はオカッパだが、頭頂部はカッパの皿のようにハゲていて、立派なもみあげを生やしている。
「いやぁ、頑固な囚人が居てな。審問に夢中になってしまったわい……」
男の服はローブではなく、五分袖の動きやすいデザインになっている。サイファの聖印が刺繍されたこの服装に、俺は見覚えがあった。
(……やばい、審問官だ!!)
俺は懐のナイフに手をかけた。
しかし、男は間の抜けた声で話し続けた。
「シャーマン殿。例の女は?」
審問官が尋ねると、シャーマンは答えた。
「キキキキ……」
シャーマンの声が緊張している。
この男、相当の手練れだ。
シャーマンは手招きすると、男を穴の奥に案内した。
男は、もみあげの先を摘んだ。
「して、そちらの神官殿はどなたかな?」
「キキ……」
どうやら、シャーマンと男は言葉が通じていないらしい。こんな調子で、この2人は、どうやってここまでやってきたのだろう。
(よかった。とりあえず、敵とは思われていないみたいだ)
俺は頭を下げた。
「初めてお目にかかります。わたくし、ポポポ教の司祭をしている者でありまして」
男は、またもみあげをいじった。
「ふむ。邪教の司祭か。わたしは上級審問官のヤルバスである。これから女の様子を見に行くのだが、そなたも見学にくるか?」
審問官にはトラウマしかない。正直、全てを放置して1人で逃げ出したいくらいだが、そうもいかない。
仕方ない。
俺は頷いた。
ただの人攫いかと思って引き受けたのに。
こいつら、犯罪シンジケートじゃないか……。
こんなの国が対処するレベルの案件だ。
ヤルバスは上級審問官だ。
ということは、アイシャと2人がかりでギリギリで倒した、あのチョビ髭と同格の相手だぞ。
魔法も速いし普通に肉弾戦もできる。
俺1人でどうにかするとか。
無理すぎでしょ。
俺は龍皇に会いに行かねばならないのだ。
こんなところで死ぬつもりはない。
とりあえず、リリスとアイシャを助けて脱出することを最優先しよう。赤毛の女の子のことも、助けたい。
でも、現状では難しいかもしれない。
せめて、審問官だけでもどうにかできれば……。
シャーマンに続いてどんどん進むと、いくつかの分かれ道を通過した。この洞穴は、かなりの長さがあるみたいだ。
「キキ……」
途中でシャーマンが足を止めた。
すると、部屋のような穴の出入り口に木の格子が備え付けられていて、中に人影があった。
審問官は立ち止まると、目を細めて、中の人影を観察した。
牢屋の中にいたのは、リリスとアイシャだった。
「ふぅむ。1人はハイエルフか。エルフは精霊信仰の邪教徒ばかりだから……有罪決定だな。これは……、ダークエルフの方もなかなかの上玉」
ヤルバスは、鞄から水晶玉のようなものを取り出すと、アイシャを水晶玉越しに覗いた。
そして、そのまま牢屋の方を向いて話しかけた。
「ほほぅ。サキュバスの魔力を感じる。おぬし、サキュバスとダークエルフの混血か? これはこれは……淫魔の邪悪さも確かめんとなぁ。今夜、わたしの寝室で審問せねばな。ヒャハッ」
審問官はそう言うと、笑いながら舌舐めずりした。
2人は口を塞がれ手足を縛られてはいたが、身ぐるみは剥がされてはいなかった。
おそらく、ゴブリンの脳みそでは、ポポポ教の関係者かも知れない2人をどう扱って良いか判断できなかったのだろう。
俺が目配せすると、アイシャは通路の奥の方に目を向けた。
(奥に何かあるのか?)
「キキッ(もっと、奥、こい)」
シャーマンに先に行くように促された。
(どうやら、1人でここに放置はしてくれないらしい)
さらに穴の奥へ進むと、鉄格子の部屋があった。
中には、赤毛の少女が入れられていた。
少女はヤルバスの姿に気づくと、睨みつけた。
燃えるような赤毛の少女。だが、青く透き通った瞳は、彼女の意思の強さを物語るように、つり上がっている。
豪華なドレスを着ていて、それに見合う美貌だが、目つきが鋭い。とても貴族社会のぬるま湯で育ったお嬢様には見えない。
とてつもなくプライドが高そうだ。
たぶん、合コン(行った事ないけど)で会ったら、「綺麗だけどあの子無理ッ」ってなるタイプだと思う。要は苦手なタイプ。
だけれど、こうして囚われている本人を見ると、やっぱり放置はできない。
歳も俺と変わらなそうだし、気は強そうだけど、ゴブリン達に乱暴されるのは、さすがに可哀想だ。
でも、どうやったら……。
俺が審問官に殴りかかったって、絶対に無理だ。
もう少し考える時間が欲しい。
(ここは、ダラダラと世間話でもして、油断させつつ、考えを纏めるか)
俺は、審問官を褒めちぎることにした。
「ヤルバス殿。よく見るとイケメンですね!! そのもみあげが特に……」
「ひょほほ。さすが司祭殿。この良さが分かるとは。ここだけの話しですが、帝都に戻ると信者の美女達が夜も寝かせてくれんのですよ。ふぉひょ、いつか腹上死してしまうかも知れませんなぁ」
「ほほぅ。さては、何人くらい?」
ヤルバスは気分よさそうに話している。
話を引き延ばせ。
「ひょほっ。最高は一晩で10人ほど……」
ヤルバスは得意げな顔になると、夢中で話し始めた。自慢話はまだまだ続きそうだ。
(よし、良い感じだ)
これで数分は話してくれそうだ。しかも相手の胸に手が届く至近距離で、警戒もされていない。
アレを実行する条件は揃っている。
ギャンブルだが、試す価値はある。
レイピアの夢の後に、いつの間にやら聖典に追加されていた新魔法……。
俺は手で口元を隠して笑うフリをして、声を潜めて詠唱を始めた。
「……死神よ、大鎌を止めよ。不意に訪れし、偶然。命運尽きし、必然。死の先は闇であって、無限に続く、汝の決意のみが……」
だが。
ヤルバスのご機嫌な自慢話に、赤毛の少女が割って入った。
「痴れ者が。わらわにこんな事をして、タダで済むと思わぬことだ」
ちょっと! あなた!
ハゲが気分良く話してくれてるのに、邪魔するなっての!!
すると、ヤルバスはニヤニヤした。
右手を胸の前で直角に曲げ、うやうやしく頭を下げる。
「これはこれは。こんな事と言われましても、鉄格子の特別室でおもてなしをしているではありませんか。わたしとしては、ゴブリンに犯させなかっただけで、異例の好待遇だと思うのですが?」
……よかった。
ヤルバスのご機嫌を損ねなかったみたいだ。
詠唱完了まで後少し……。
少女よ、頼むから、これ以上余計な事をしてくれるなよ?
「ぺっ」
しかし、俺の期待は即座に裏切られた。
少女の吐いた唾が、ヤルバスの頬にかかった。
少女は叫ぶ。
滑舌の良い、聞き取りやすい声だ。
「この邪教の司祭がっ!! クソ神の司祭は、主神に負けず劣らずのクソだな!! サイファもお前も死んでしまえっ!!」
ヤルバスの顔色が変わった。
「……このクソアマがっ。サイファ様のご慈悲で優しくしてれば、つけ上がりやがって。ころす!!ころす!!……絶対にころすっ!!」
ヤルバスは地団駄を踏むと、鉄格子に近づき、ガンガンと何度も叩いた。
ダメだ。
俺の魔法は、相手の胸に触っていないと発動できない。今の状態では、気づかれずにヤルバスに触れるのは無理だ。
つまり、完成間近の詠唱が全部、あの赤毛のせいで無駄になったということだ。
勘弁してくれよ。
せっかくヤルバスが有頂天になってたのに、全部台無しじゃないか。
あー、もう。
だからこういうタイプの子は、苦手なんだよっ。
人の第一印象は、大概は当たるというけれど。
やっぱり、今回もそうだ。




