第38話 はじめてのもんすたーごろし。
俺達は長の家に案内された。
途中、畑の中を通ると、土が乾燥してひび割れていた。作物の葉には無数の虫食い穴が開いている。
貧しい集落なのだろう。
長の家につくと、戦後のバラックのようで簡素な造りだった。今にも抜けそうな板張りの階段を上ると、ドアがある。
……ガチャ。
明るい。
中に一歩入ると、空気感が変わった。廊下はランプで照らされていて、壁にも漆喰が塗られている。
客間に入ると、棚には舶来と思われる壺や皿が並んでいた。
……この集落には不釣り合いな高級品だらけだ。
長椅子に座ると、長の爺さんは話し始めた。
「実はな、昨日までとあるお嬢さんが村に泊まっていてな。だが、お連れの人達と、何者かに一緒に攫われてしまったのじゃよ」
お連れの人達?
その女性は貴族か何かか?
それにしてもこのジジイ。さっきまで悪態をついていたのに、手のひら返しが過ぎるだろう。
「犯人の目星はついているんですか?」
「現場を目撃した者の話ではな。ここだけの話なんじゃが、犯人はサイファ様の神官服を着ていたとか……」
またサイファの仕業か。
実働部隊なら異端審問官かもしれない。
爺さんは話しながら、リリスとアイシャを何度もチラ見した。2人に興味があるみたいだ。
(……この色ボケジジイめ)
俺が咳払いをすると、爺さんは話を続けた。
「ごほん。本当は、ワシらで解決したかったんじゃがな。サイファの神官様に目をつけられたら、こんな集落など簡単に壊されてしまう。だから、ワシらには何もできん。口惜しいのぅ。アジトの場所は分かっておるのに……」
なるほど。
たしかに、この国でサイファの神官に逆らうのは自殺行為だ。
「分かりました。その女性は、俺らが助けましょう」
俺には、このジジイの願いを聞く義務はない。
だが、俺は異端審問に残忍さを知っている。できることなら、さらわれた人たちを助け出したい。
レイピアの助言がこのジジイのことなのも明らかだ。
それに、俺は少しだけ冒険してみたかった。
俺はリリスとアイシャの方を見た。
2人は頷いてくれた。
「女性を見捨てたとあっては、シャルロット家の名折れです」
リリスの言葉に、アイシャが続いた。
「まぁ、腕試しにちょうどいいかも知れません」
正直、長がいうほど簡単な依頼だとは思えない。だが、俺は引き受けることにした。
俺らは簡単に準備を整えると、すぐに集落を出た。松明を頼りに30分程歩くと、長が教えてくれたアジトが見えてきた。
ほら穴だ。
入り口は狭く、松明が焚かれているが人影はない。
本当に審問官のアジトがこんな山奥にあるのか?
俺は違和感をおぼえた。
……しかも、ほら穴って。
あれでは、アジトではなく、巣だ。
それにジジイの家の贅沢な調度品……。
もしかすると、俺らはジジイに売られたのかも知れない。
であれば、先手必勝か?
それとも、逃げ戻るか?
いや、それでは人質が……。
女性が攫われたという話が本当だったら、放置はできない。
(念のため、杖は偽装しておくか)
俺は杖の盗品偽装ボタンを押した。
杖からブーンという音がして、聖印がレイピアのものに変わった。
そういえば、この杖って、周りの人にはどう見えているのだろう。
俺には聖印が変わっただけに見えるのだが、相手がサイファの司祭だったら、それだけでは誤魔化せないだろうし。
すると、アイシャが口元で人差し指を立てるジェスチャーをした。長い耳がピョコピョコと動いている。
「シッ……。あれは審問官じゃないです。モンスター……ですね」
(やはり、ジジイにハメられたみたいだ)
「キキキキッ!!」
何か話しながら歩いてくる小さな影。
緑の皮膚に、小柄な身体。
頭に毛髪はなく、黄色い目がギロリと光っている。
あれは、ゴブリンだ。
MMORPGで定番の最弱モンスター。
ふっ。
ヒーラーでも撲殺できるカモ中のカモだ。
(俺の最強を以て、最弱のゴブを打ち倒すっっ!!)
俺が飛び出そうとすると、アイシャに止められた。
「イオさま。余裕とか思ってませんか? ゴブリンは単体は弱いけれど、集団になると脅威なんです。特にパーティーに女性がいる場合は要注意。まずは、何匹いるかを確認……」
たしかに。
ゲームでも、ゴブリンは女は攫って犯し、男は弄んで殺すと相場が決まっている。
ここは慎重にいくか……。
すると。
「……雲上を煌めき、天雷で撃て。|トニトゥルス•インフェルノス《雷 滅 地 獄》!!」
ドーンッッ!!
リリスの声と同時に、凄まじい轟音が響き渡り、歩いていたゴブリンがバラバラになって派手に吹き飛んだ。
(おいおい。オーバーキル過ぎるだろ……)
リリスは肩で息をしている。
マナが乱れている。
マズい。
「リリス。そんな状態じゃ、しばらく魔術は使えないぞ。集中を切らすな」
しかし、俺の言葉はリリスの耳に届かなかった。
「はぁはぁ。や、やった。初めてモンスターに撃ちました!! やったぁ」
リリスの声は浮かれている。
……初めて?
もしかして、リリスって、庭でしか魔法を撃ったことがない箱入り娘か? 上級魔術が使えるだけの初心者?
……このパーティーでまともなのは、アイシャだけかよ。
辺りが騒然とする。
アイシャは身構えた。
「キキキキーッ!!!!」
気づけば、俺達はゴブリンに囲まれていた。
リリスの爆音で集まってきたのだろう。
その数、見えるだけでも50匹以上。
次の瞬間、アイシャの手足が無数のゴブリンに掴まれた。アイシャは数匹を斬り殺したが、数が多すぎる。とても捌ききれない。
アイシャは魔法を使おうとしたが、口に布を突っ込まれた。
すると、まるで弱った蝉に群がる蟻のように……無数のゴブリンが一斉にアイシャに群がる。ゴブリンの群れに覆われ、アイシャはすぐに見えなくなった。
「ち、ちょっとやめてよっ!!」
振り向くと、リリスもゴブリンに群がられていた。杖を振り回しゴブリンを遠ざけようとするが、ローブやスカートに無数のゴブリンが纏わりつき、リリスは引き倒された。
(2人を助けないと)
しかし、その直後、俺は後頭部に強い衝撃を感じ、意識がなくなった。
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「……やあ♡」
目を開けると、目の前にレイピアが居た。
また夢か。
俺は確か殴られて……。
「やあ、じゃないですよ!! あんたの言う事聞いたら、とんでもないことになったんですけれど!!」
レイピアはペロッと舌を出した。
「そんなに怒らないでよぉ。ちょっと悪いと思って、こうして夢に出てきたんだし」
「どういう事ですか?」
すると、レイピアはニコニコした。
「その杖。リリスなる女に太陽の錫杖と呼ばれたでしょ? でもな。その杖の真名は摂理の錫杖。他の邪教徒には、また違った杖に見える。つまり……」
「つまり?」
レイピアは、顎に右人差し指を添えてクイッと上げると、俺を見下ろした。ちょっと、いや、かなり偉そうだ。
「聡明なそなたには、言わなくても分かるであろう? 布教頑張るんだよ? あと、早くイオも信者になれ。じゃあ、そういうことで♡」
いや、最後まで言ってくれないと、本気で1ミリも分からないのだが。
貴女の使徒がそんな賢い訳ないでしょ。
布教? なんのことだ?
つか、コイツ、何しに出てきたんだよ!!
…………。
(レイピアめ。いつも訳がわからない)
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目を開けると、目の前にゴブリンがいた。
——そして、1時間後。
「キキッ、キキキキッ」
分からないといえば、もう一つ。
俺は今、なぜか、ゴブリンのシャーマンから酒を振舞われているのだが。




