第36話 ロリ女神の忠告。
レイピアの魔法でも龍紋は解呪できなかった。
リリスが1人で抱え込もうとしたので、俺たちは龍皇に会いに行く事にした。
4年間も一緒にいたのだ。
泣いている仲間を放っておける訳がない。
「龍皇は倒すしかないのか?」
俺の質問に、リリスは答えた。
「当代の龍皇の赦しでも呪いは消えます。でも、難しいですよね」
リリスはそう言うと俯いてしまった。お腹のあたりで、両手をギュッと握り合わせている。
時折、前髪の隙間から顔が見えると、涙袋がキラキラしていた。
——選択肢が増えるだけでも十分だ。
方針が決まると、俺たちはすぐに旅の準備に取り掛かった。明日にはここを発つ予定だ。
龍皇がいるのは、ここナインエッジの遥か北、ハイルランドだ。
荷物を仕分けながら、アイシャに聞いた。
「ドラゴンってそんなに強いのか?」
「ドラゴンは、この世界の食物連鎖の頂点にいる生物です。5メートルほどの普通のドラゴンでさえ、討伐には十人以上が必要です」
「龍皇はそのボスなんだろ?」
「聞いた話ですが、龍皇は、普通のドラゴンが震えて動けなくなる程の強さらしいです。それにしてもイオさま」
「どうした?」
「そんなことも知らずに引き受けちゃうとか。相変わらずですね」
「はは。ほんと身の程知らずだよな」
「……かっこいい」
アイシャは小声になった。
「え? なに?」
「なんでもないです」
そう言ったアイシャの耳はぴょこぴょこ動いていた。
荷物を人ごとに分ける。
食材も日持ちの良い干し肉や瓶詰めを中心に詰める。
考え事をするには、ちょうど良い作業だ。
——ドラゴンについてもUTSSOと同じか。
つまり、特級の魔物。
そんな化け物に、俺たちは数名で挑むことになる。
戦っても勝ち目はない。
なんとか話し合いで解決したい。
どちらにせよ、龍皇の前まで辿り着けないと話にならない。
リリスの話では、イーファは騎士の谷で修行しているらしい。
アイシャは前衛だがアタッカーだ。
龍皇に会うにしても、ナインエッジ皇帝やサイファ教と戦うにしても、剣士職のイーファの力は必須だろう。
「まずはどこを目指すのですか?」
アイシャが聞いてきた。
「騎士の谷かな。妹と合流する」
「騎士の谷ですか。シャインスター領のずっと北。遠いですね」
「だな。でも、そろそろ妹に忘れられてそうだし」
「もしかして、妹さんと恋仲とか……ないですよね?」
アイシャは口を尖らせた。
「ないない。実妹だし」
前世から一緒に来たことは、黙っておくことにした。
「んで、イーファはどんな感じなの?」
アイシャは首を横に振った。
「わたしも詳しくは……、ただ、何度も脱走しようとして、捕まると泣きながら本のようなものを書いていたらしいです。きっと、書いていたのは、剣術についてですよね」
「そうだといいんだけどねー」
何を書いていたか、むしろ知りたくない。
はぁ。
俺は特大のため息をついた。
ちゃんと騎士になってくれているといいのだけれど……。前のままだったら、俺らはたぶん全滅だ。
龍皇のいるハイルランドまでは、シャルロット領から約1ヶ月の旅だ。途中までは馬車で行けるが、騎士の谷から先は歩かねばならない。
その途中、補給も兼ねてシャインスター村を経由する予定だ。トロールに殺されかけて、アーク兄が殺されて以来だ。
昔馴染みの場所だが……。
同時にトラウマでもある。
鼻の奥に血の匂いが戻る。
「イオ。大丈夫?」
その声に振り向くと、リリスだった。
当事者なので当然だが、今回はリリスも同行する。黒と紫のローブに、長い杖を持っている。
中心の水晶球から、ゆらゆらと電気のようなものが流れている。高そうな杖だ。
「リリスさま。その杖、高そうでプラズマボールみたいですね」
「プラズマボール? 杖よりも褒めることはないのですか?」
プラズマボールは知らないらしい。
「えと、その服、似合ってます」
出発は明日なのに、なんでもう着替えてるのだろう。
リリスは頬を膨らませた。
半拍遅れで半眼になると、言葉を続けた。
「足手まといって思ってるでしょう? これでもわたし、雷性の上級魔術師なんですよ?」
「頼りにしてます。リリスさまは、雷以外もできるんですか?」
「ぐっ。雷だけですけど。威力ならエスリルお婆さんにも負けません!」
エスリルは元素の魔女だ。
……頼もしい。
一番の役立たずは俺に決定だな。
俺もヒロイン達を守ったり、魔王を倒したり。勇者みたいに活躍してみたい。
アイシャは戦闘用の黒いメイド服で行くらしい。
もちろん、今回は前衛としてついてきてくれるのだが、大きな革のカバンを持って行くらしい。
「その大きなカバンの中身は?」
「メイド道具とかお茶のセットとかです」
道中でも、きっちりメイド業務はこなすのか。
……さすがメイド長。
そして、俺はというと。
何故か黒い神官服を着て行くことになった。
アルマとアイシャで仕立ててくれたものだから不満は言えないが、正直、神官が漆黒なのはどうかと思う。
「アイシャ、俺、神官なのに黒はちょっと……」
俺のクレームにアイシャは即答した。
「白なんて目立つじゃないですか。それに、わたしの夢にもレイピア様がでてきて『あやつは黒のマントでの小難しいセリフを叫ぶのが好きだから、黒にしてやれ』って言ったんです」
嘘つけ!
俺は心の中でつっこんだ。
でも、本当にレイピアなら、本当にそう言いそう。
もしかして、レイピアのやつ。
俺の黒歴史(厨二病時代)を知っているのか?
確かに俺だけ白だったら、悪目立ちしそうだけれど。
……どう見ても邪教の司祭ですよ。コレ。
今回はカリンは留守番だ。
リリスの不在時に、審問官から報復される可能性があるので、カリンには守りを固めてもらう。
その日の晩。
トントン。
自分の部屋にいると、ドアがノックされた。
ドアをあけるとカリンだった。
何も言わないで、ただ俯いている。
ほんと、妹みたいだ。
俺はカリンの頭に手を置き、わしゃわしゃーとカリンの髪の毛を乱した。
すると、カリンは「ひどいですぅ」と言って笑顔になった。
「お土産、買ってきてください! 絶対ですよ? 手渡しでお願いします!」
そう言いながら、カリンは戻っていった。
『絶対に死ぬな』ってことか。
やれやれだぜ。
——翌朝。
メイド達に見送られ、俺達はシャルロット家の屋敷を後にした。リリスは馬車の中からその様子を眺めて、寂しそうな顔している。
「カリンのこと、本当に残して良かったんですか?」
俺の質問にリリスは答えた。
「いいのです。イーファさんを入れて4人。龍皇に会うのなら、あまり人数が多いのは好ましくないですし」
「多人数だとマズイのですか?」
「先代龍皇のドラゴラル31世がナインエッジ——エスリルによって討伐された時は、1匹対9人だったでしょう?」
「たしかに。ドラゴン側からすれば、それって集団リンチですよね」
「エスリルの秘術で龍皇以外を無力化した上での戦いでした。ドラゴンの中には、それを卑怯と感じる者が少なくないのです」
「でもそれって、戦略としては正しいですよね」
リリスは頷いた。
「そうです。でも、ドラゴンは誇り高き種族。さすがに、わたし1人というわけにはいきませんが、警戒させないための配慮は必要です」
リリスはエスリルの孫だ。
大人数で押しかけたら、相手のトラウマを抉るかもしれない。
怒らせたら交渉の線がなくなる。確かに、コンパクトなパーティーで行くべきだ。
馬車に揺られていると、景観が穏やかに変わっていく。ナインエッジ帝国に来た時は虜囚だったので、こうしてゆっくりと風景を見るのは、新鮮だ。
馬車の中に視線を戻すと、リリスとアイシャもウトウトしていた。
起こすのも申し訳ない。
俺は自分のスキルについて確認することにした。
今の俺にできるのは、ヒール、ディスペル(解毒)、レジストディオス(神聖抵抗)だ。
キャストタイムは、それぞれ60秒。
3つしかないのが、かなり心許ないが、この組み合わせで、何とかこの旅を乗り切るしかない。
しかも、レジストディオス(神聖抵抗)は使い所が少ない。
それにしても、レジストディオス(神聖抵抗)って……レイピアは一応は神様なのに。さすが変人扱いされているだけのことはある。
さて、っと。
俺は杖を掲げた。太陽系を模したリングがクルクルと回っている。
サイファ教からの盗品と思われるこの杖、名を太陽の錫杖という。
今のところ、正規品偽装ボタンしか機能は分からないが、他にも何かすごい機能があったりするのだろうか。
今度、レイピアと話せる機会があったら聞いてみよう。
********
またあの神殿だ。
……これは夢?
馬車で居眠りしちゃったか。
「やぁ、また会ったね」
目の前にいたのはレイピアだった。
なぜかレイピアも黒いドレスになっている。
「レイピアさま。頻繁過ぎると、神様なのに、ありがたみがなくなりますよ?」
俺の言葉に、レイピアは頰を膨らませた。
「ぶーっだ。お主はボクに会いたくないのか?」
ロリ女神にウルウルした瞳で見つめられても困るのだけれど。
今にも泣き出しそうだ。
「いや、まぁ。会いたくない訳ではないですけど。あ、そういえば、俺に黒い神官服を着せろって言ったんですか?」
すると、レイピアは視線をそらした。
どうやら、アイシャの話は本当っぽい。
「だって、イオは黒いの好きでしょ?」
「そんなの中学生の時の話です。なんで知ってるんですか?」
——かつて聞いた声が、脳裏によぎる。
『……の名の下に命ずる。死神よ、その大鎌をとめよ……』
そうだ。死ぬ直前、確かにそう聞こえた。
俺は質問を続けた。
「もしかして、転生する時に聞こえた声って」
すると、レイピアが人差し指をたて、唇の前に当てた。
あたりが一瞬にして圧倒的なマナに包まれた。レイピアの髪が淡く光り、目がどんどん青紫になっていく。タンザナイトみたいに神秘的な色。
瞳孔が猫のように細くなった。
俺の肩が震える。怖いわけじゃない。
これはきっと、全知の一端に触れた感動だ。
レイピアの声が頭の中に響く。
「……ボクは、ずっと君を知ってる。今、言えるのはそれだけ」
慈愛に満ちた表情は、女神そのものだった。
俺には神の深い考えなんてわからない。
でも、俺は思った。
俺の主神がレイピアなのは、きっと決まっていた。




