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外れ女神レイピアと最強未満の最弱ヒーラー。〜〜アラサー転生者、冒険、青春、ほんのりチート。妹、イケメン化、時々ハーレム  作者: 白井 緒望


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第18話 コーラル村。

 

 その日の夕方。 


 コーラルという村についた。

 ここはナインエッジ帝国の西端にあるらしい。


 俺たちは馬車から降ろされ、男性と女性に分けられた。


 きっと、男と女の奴隷では流通ルートが違うのだろう。


 俺は、村の端にある教会のようなところに連れて行かれた。建物の入り口には、聖印のような紋章がついている。


 見たことがある。

 あれはサイファの聖印だ。


 ここはサイファ教の施設らしい。


 建物に入ると、地下に続く階段があって、左右に牢屋が見えた。


 ムワッと湿った空気。


 「うっ」

 直後に吐き気が込み上げた。


 汚物の悪臭。

 床に放置されたままの排泄物には、小さな虫が群がっている。


 「お前はここだ」

 看守はそう言うと、俺を1番奥の牢屋に放り込んだ。


 石の床。

 体温がもっていかれる。


 「うううっ」

 そして、油断すると吐き気がする。


 牢屋には1人だった。


 他にも何人か囚人がいるようだったが、誰かと話している様子はない。


 時々、頭を打ちつけるような音や奇声が聞こえる。


 ああ、そうか。

 追い詰めるために、ここは孤独なのだ。


 

 「食事だ」

 看守の声がして、扉の小さな穴からパンが放り投げられた。


 コンッと硬質な音がして、床に転がる。

 裏返ったパンには、ところどころカビが生えていた。


 ここでの食事は1日に1回。

 パンと水のみだ。



 ガシャン。


 パンをかじっていると、扉からかんぬきを抜くような音がして、牢の外から「3番、出ろ」という声が聞こえた。


 どうやら俺は3番らしい。


 俺はパンを口に放り込んで牢から出た。

 すると、粗末なローブを着た男がいた。 


 「3番、審問官様がお呼びだ」


 俺の番か。

 1番、2番はどうしたのだろう。


 階段を上がると、部屋があった。

 扉には「審問室」と書いてある。


 ドアが開くと、拷問器具が並んでいた。


 俺は唾を飲み込んだ。

 これから行われる残酷ショーが想像つき過ぎる。


 両肩を押さえられ、小さな丸椅子に座らされた。

 

 目の前には革張りの椅子があって、小太りな男が短い足を組んでいた。


 さっきの男とは違い立派なローブを着ている。

 おかっぱのような髪型でチョビ髭の男。


 コイツが審問官か。


 ドンッ。

 男は横のテーブルを叩くと、カン高い声を出した。

 「おい、3番。自分が異教徒だと認める気になったか?」


 サイファ教は一つの神のみを認める一神教だ。

 つまり、サイファこそ唯一神。


 なんでさっさと奴隷として売らないのか気になるが、とりあえずは、レイピアの名は出さない方が無難そうだ。


 「いや、違います」   

 俺は嘘をつくことにした。


 審問官は露骨に面倒そうな顔をした。 

 

 どうやら俺が認めないと、審問官には都合が悪いらしい。


 審問官はさっきの従者になにかを指示した。


 すると、従者は隣の部屋から真っ赤に焼けた鉄の塊を持ってきた。鉄の塊は何かの紋章のような形をしている。


 審問官は目を閉じると何かを空書した。

 「これはサイファ様の聖印だ。手に乗せれば、偽りを述べる忌まわしき邪神の呪いを打ち消すことができる」


 咳払いをすると、審問官は続けた。

 「つまり、サイファ様の聖印が手に刻まれれば、それは魔が祓われたということ。……異教徒の証だ」


 無茶苦茶な論理だ。


 鉄を握らされたら、普通は火傷するでしょ。

 しなかったら、そっちの方が問題だろう。 


 つまり、火傷したら異教徒。

 熱さで自白しても異教徒。


 この審問には逃げ道がない。


 唯一神の聖印を焼くことの方が、よっぽど不敬だと思うが。コイツの信仰心も怪しいものだ。


 これから行われるのは、自白させるための茶番だ。


 絶対に自白したらダメだ。

 俺は歯を食いしばった。

 

 「両手を前に出して、手のひらを上に向けろ」


 従者はそう言うと、真っ赤に焼けた聖印を、俺の手の平の上に置いた。


 ジュウウ。


 肉が焼ける音がして、脂が焼ける匂いがした。

 自分の肉が焼ける匂いとは、こんなにも不快なものらしい。


 「ぐぅぁぁぁ……」

 勝手に声が出る。


 食いしばった歯からガチガチと音がする。

 口の中が血の味になり、激痛に意識が持っていかれそうになる。


 すると、審問官はバンバンと机を叩き、耳障りな声をさらに高くした。


 「落とすな。サイファ様の聖印だ。落とせば、それだけで死刑になる大罪だ。ヒヒッ。やせ我慢すれば、皮ごと肉が剥がれ落ちるがな」


 理不尽すぎる。


 審問官は立ち上がって俺の手元に視線を落とすと、ごくりと唾を飲み込んだ。 


 ゴトン。


 俺は何度も飛びそうになる意識を押さえつけ、聖印をテーブルに置いた。


 「がぁぁ、ひ、はぁはぁ……」


 テーブルに置く瞬間、皮がごっそり剥がれたのがわかった。痛みを通り越して、ただただ手が熱い。

 

 審問官は、俺の叫びを聞くと口の端をピクピクと震わせた。震えが落ち着くと、髭を撫でながら質問した。


 「どうだ? 正直に言う気になったか?」


 冷や汗で服が背中に貼り付く。

 

 現代日本では考えられない非人道的な拷問。

 それを嬉々として実行する目の前の男に、俺は強い殺意をおぼえた。


 だが、短気を起こしてもイーファは救えない。

 なんとか耐えて、その間に打開策を考えるしかない。


 今は時間稼ぎが必要だ。

 

 俺は頭を低くした。

 そして、媚びるような口調で答えた。


 「正直も何も。う、嘘なんてついてません」


 審問官は舌打ちした。

 「まだ浄化が足りないようだな。戻ってよし」 


 舌打ち?

 やはり審問官には、何か目的があるみたいだ。


 

 牢屋に戻され、自分の手の平を見た。


 所々が赤黒い斑点になっていて骨が見えている。残っている部分も、皮が剥がれゴムのように硬い。


 冷や汗が止まらない。

 

 「うげぇ」

 肉のただれる匂いに、唾液を吐き出した。


 しんどすぎる。


 俺は自分の手に最低限のヒールをかけた。


 サイファは軍神で、その加護は鼓舞だ。

 癒しではない。


 治しすぎれば、俺のスキルがバレる。

 揚げ足をとられて異教徒と決め付けられることだけは避けたい。


 俺はヒールがあるからまだ良いが、他の牢屋のヤツらは大丈夫なのだろうか。


 何もしてやれない。

 俺は歯軋りした。




 そして、また数日後に呼び出される。


 そのうち周りの牢屋が静かになった。

 奴隷としてどこかに売られたか、拷問に耐えかねて死んだか。どちらかは分からない。


 そのうち俺の番号は呼ばれなくなった。

 どうやら、俺は最後の1人になったらしい。


 「牢から出ろ」

 

 俺はまた審問室に連行される。

 1人になった頃から、呼び出しのペースが上がった。


 その度に俺は、ヒールで命を繋ぐ。


 頭がクラクラする。

 飢えとヒールでマナが枯渇しかけている。


 これ以上は耐えられない。

 マナが尽きたら死ぬ。


 もう考えてる余裕はない。

 見込みがなくても、口が動くうちにアクションを起こすべきだ。


 審問官の口から事情を聞き出せれば、何かのキッカケになるかも知れない。俺は、疑問を審問官にぶつけることにした。


 「審問官さまは、なんでこんな事をするんですか? 時間もかかるし、早く奴隷として売った方が手っ取り早いのではないですか?」


 審問官はチョビ髭を撫でた。


 「奴隷……コホン。お前達は異教の地から救済された者達だ。まずは、サイファ様の御前にふさわしいか確かめる必要がある」 


 「救済? 拷問がですか?」


 審問官は顔を持ち上げ、俺を見下ろした。


 「お前達は、異端の地で長い間、悪魔の障気を吸ってきた。聖印に触れさせ、汚れた魂を浄化することも救済だ」


 審問官的には、拷問込みの『救済』ということか。


 「自白したらどうなるんですか?」


 「異端だ」

 審問官は即答した。


 「自白しなかったら?」


 「もっと聖印に触れさせて、悪魔の支配から解放する」


 答えになっていない。


 言葉遊びに付き合っている余裕はない。

 不興を覚悟で切り込むか。


 「でも、サイファ教では、『人が人を売ること』を禁止しているのですよね?」


 「当然だ。人が人を物のように扱うことなど、サイファ様の教えに背く行為だ」 


 (じゃあ、今からやろうとしてる奴隷売買は何なんだよ)


 表情には出さずに尋ねる。

 「じゃあ、ここで審問された俺たちは?」


 審問官は、待ってましたとばかりに口角を吊り上げた。


 「だからこその“洗浄”だ」


 「……洗浄?」


 「そうだ。異端を自ら白状し、サイファ様の印を受け入れた者は、もはや“人”ではない。魔に堕ちたものだ。サイファ様の民ではないものを、どのように扱おうと、それは“人を売る”ことではない」


 つまり──。

 異端に認定されれば「人間」の枠から外れる。

 だから、売っても教義違反じゃない。


 

 ロジックは分かった。


 この審問は、潔白と有罪を選別するためじゃない。


 「サイファの民=人」と、「異端=人じゃない物」を分けるための儀式。


 そして、「人じゃない」と判定された瞬間──。


 「洗浄された奴隷」は、教義上は、売っても問題がないモノに変わる。


 (汚い金をぐるぐる回して“きれいな金”に見せかけるマネロンと同じだな……)


 金の代わりに人間を使って。

 宗教の教義を“洗浄機”として。


 スレイブロンダリング。

 俺は心の中で、そう名前をつけた。


 こいつらは、異端審問官。

 信徒に教えを授ける通常の神官とは違う。


 人に教えて気分が良いのだろう。

 審問官は饒舌だ。俺は質問を続けた。


 「拷問しすぎて死んでしまってもいいのですか?」


 審問官は引き出しから干し肉を出してかじった。


 「サイファ様の聖印で浄化出来ないほどの邪悪。悪魔祓いは、神官の重要な使命だ。何の問題もない」


 俺が死んでしまっても、こいつの成績になるだけらしい。だからこいつは、嬉々として俺に拷問をしているわけか……。


 いっそのこと自白した方が楽か?


 だが、UTSSOではヒーラーは僧侶……神官扱いだった。つまり、俺はサイファ教の敵そのものだ。


 自白したら、このチョビ髭審問官のモチベがいきなり爆上がりして、一発エンドの死刑という可能性もある。


 かと言って、改宗したりしたら、主神レイピアとの契約……誓い《バイパス》にどんな影響があるか分からない。


 レイピアに解雇されたら、イーファを治癒できない。イーファも俺と同じような拷問を受けていたら、救出時にきっとヒールが必要になる。


 だから、スキルを失うことはできない。


 ……やはり自白はできない。

 ダンマリで乗り切るしかない。


 だが。いつまで?

 審問官に聞いてみることにした。


 「この審問は、自白するまで永遠に続くのですか?」


 すると、審問官は鼻で笑った。


 「1ヶ月だ。サイファ様は慈悲深い。炎に焼かれながらも、一度たりとも罪を告白しなかった者は、“潔白”として解き放つ。どうだ? 慈悲深いだろう?」


 慈悲深い?

 嬉々として焼いた鉄を手の上に乗せるようなカルト教団が慈悲深いわけがない。


 何が1ヶ月だ。 

 その1ヶ月でほぼ全員壊れるようにしてるのは、お前らだろう。


 誰も耐えられるわけがない。


 審問官は続けた。

 「わたしも辛いのだ。お前が1ヶ月耐え抜くことを願っている。あぁ、サイファ様、愚かなるこの者に、炎の救いを……」


 審問官の瞳は、小刻みに震えていた。


 この狂信者め。


 “逃げ道がある”というルールは、大量虐殺者が自分たちの信仰と制度を正しいと信じ続けるための装置に過ぎない。



 選択肢はなくなった。

 やはり、自白も改宗もダメだ。


 なんとか1ヶ月、耐えきるしかない。



 拷問が終わり部屋を出ようとすると、審問官に声をかけられた。


 「お前は、私から情報を引き出したと内心で笑っているだろう。引き出したんじゃない。地獄への手土産に教えてやったのだ。これも慈悲の心。牢屋の中で、せいぜい感謝することだ」

  

 


 俺はそれから連日のように審問室に呼び出され、拷問を受け続けた。


 飢えと怪我で、どんどん体力が奪われていく。


 1ヶ月まであと数日になったある日の夕方。

 いつものように牢屋の片隅で火傷を治そうとすると、ヒールが使えなくなっていた。


 ついに、マナが枯渇したらしい。


 「はぁはぁ……。ここまでか。ワンチャン、明日の審問で改宗してみるか……。はぁはぁ」


 唇が乾燥でへばりつき、声がうまく出せない。審問で火傷しても汗すら出ないし、もう指を動かすのもつらい。


 マナ不足で傷は治りきらずに、傷口にはウジが這いずり回っている。


 口がうまく開かなくて、食事もとれない。


 この牢屋に入れられてから思考実験を繰り返し、俺なりにレイピアのスキルで、どうやってこの世界で生き残るかの算段がつきかけていたが。


 全部が無駄になりそうだ。


 ごめん、イーファ。

 俺はここまでみたいだ。



 「これは、明日までもちそうにないな」


 顔を地面につけると、ひんやりして気持ちいい。あんなに不潔で嫌だった床なのに、俺はもう悪臭すら感じない。


 瞼が重くなって……意識が遠のく。



 「イオ……イオ……」   


 誰かに呼ばれた気がした。


 だれ?

 アーク? イーファ?


 こんなところにいるはずがないか……。

 アークは死んじゃったし。


 これは……お迎えか?

 そうか、天使はこんな声なのか。



 「イオさん!! イオさん!!」


 いや、確かに声が聞こえる。


 力を振り絞って顔を上げると、スラリと長い脚が見えた。


 褐色の肌に、尖った耳。

 銀色の瞳に銀色の髪。


 ダークエルフだ。 

 すると、そのダークエルフが言った。

 

 「よかった。まだ生きていた」

  

 ……誰?

 俺はそのまま意識を失った。

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