第16話 アクセプト
彩巴が居てくれてよかった。
確かめたいことがあったのだ。
「なぁ。イーファ。ナインエッジって言葉に聞き覚えないか?」
「ん。どこかであるような……」
うちらの年齢でも、隣国の名前くらい普通に知っていて欲しいのだが。残念なことに、愚妹は、BLに夢中で、政治には無関心らしい。
この異世界人、全然つかえない……。
パンッ。
イーファが手を叩いた。
「会社の設定資料にそんなのがあったような、なかったような?」
やはり!!
「やっぱ、そうだったよな!! 内容を覚えてるか?」
うちの会社では、Under The Shining Stars Online (略名:UTSSO)の運営スタッフ用の教材として、設定資料集を使っていた。
新人に世界観を感じてもらうための内部資料で、主にゲーム内の神話や各国の背景などが収められていた。直接に攻略につながるようなデータではないが、人物のエピソード等、未実装のアップデートにも関わってくる重要なものだ。
イーファは首をかしげた。
「たしか、9人の男達の愛の物語……」
はぁ……?
脳内で別物に改ざんされているし。
元の世界に戻れたら、こいつはサポートに降格だな。
「あのなぁ。ナインエッジ帝国の建国の物語だろ。多種族からなる9人の英雄。たしか、亡国の王族と、僧侶、魔法使い、エルフ、獣人……とかそんな感じのやつ。そいつらがドラゴンを倒して国を興したんだよ」
「あっ、その数人が恋人に? 禁断の異種族の愛……むぎゅ」
俺はイーファの口を塞いだ。
「勝手に改竄するな! ……その影響でナインエッジでは、今でもドラゴンを敵視し、サイファ神を信仰してる。英雄武器も、まだどこかに残ってるんじゃなかったっけ?」
イーファはまたパンッと手を叩いた。
「あー、そうそう。いま、ハッキリ思い出した!! ウチ、転生の影響で色々忘れてて……」
うそつけ。調子のいいヤツめ。
最初から知らなかったんだろうがっ!!
「んでさ。思ったんだけど、この世界、UTSSOに似てないか?」
イーファはまたパンッと手を叩いた。
「それそれ。それあるーっ」
どうも軽いな。
うちらが生き残るために、かなりの重要事項だと思うのだけれど。
「もしかして、うちらに関係のあるグレイック王国とかシャインスター村ってのは、まだ未実装なエリアなんじゃないか? 医神レイピアなんて、記憶の片隅にもないし」
「うんうん。ウチの黒英雄なんとかサンも、いなかった気がするぅ」
いや、その英雄の名前はこの前、イシュタルから聞いたばっかりだし。忘れちゃダメでしょ。
あなたのは『極東の英雄クレナイ』ね。
可哀想だから、ちゃんと覚えてあげようね?
「んでさ、確かあの日に予定されていた新規アップデートのタイトルは……」
イーファの目がハッとした。
ようやく本気で思い出してくれたらしい。
「サイファからの解放!!」
イーファも覚えていた。
サイファはナインエッジ帝国の国教で、少数ではあるが、グレイック王国にも教会がある。
これで確定だ。
この世界は、UTSSOに酷似している。
偶然か必然か。
ここはゲーム内なのか、たまたまUTSSOと似ている並行世界なのか。
現時点ではわからない。
だが、今はそんなことは重要ではない。
UTSSOに酷似しているという事実が重要なのだ。
俺には、もう一つ確かめたいことがあった。
一緒に来てくれたのが、イーファで本当に良かったと思うもう一つの理由。
それはビルダーコマンドだ。
ビルダーコマンドとは、ゲームマスターがワールド内の問題を解決するために行使するものだ。この世界の理に直接干渉する力をもつ。
ゲーム内では、それこそ、アイテムの召喚、地形の変更、ステータス変更なんかも可能だった。
この世界でも有効なら、かなりの助けになるだろう。
ビルダーコマンドは、あくまでシステム上の便宜のために存在するものだ。
だから、さすがにそこまでの酷似は、あり得ないとも思う。でも、そんなことを言ったら、今の状況だってあり得ない。
そして、ビルダーコマンドには、使用条件がある。不正を防ぐために、ワールド内に2人以上のビルダーキャラ……GMがセットでログインしている必要があるのだ。
だから、条件を満たすイーファが居てくれて、本当に良かった。試すことができる。
俺がイーファにそのことを説明すると、イーファは「ほほぅ」と頷いた。どうやらビルダーコマンドのことは覚えているらしい。
俺はイーファに手を重ねた。
……ドキドキする。
この結果次第で、きっと、この先の俺らの運命は大きく変わってくる。
コマンドを、どうやって確かめるのかって?
ビルダーコマンドモードに変更する際には、かならず前に置く言葉があるのだ。俺らは、声を揃えて発音した。
「アクセプト……」
すると、2人の手が触れ合ったところが、淡く光った。
「おにい、これって……」
「あぁ。この世界にもビルダーコマンドがあるっぽい」
「すごいじゃん。もうウチら無敵?!」
イーファは頬を紅潮させた。
「だな。でも、1つ問題が……」
「なに?」
UTSSOでは世界観を壊さないように、ビルダーコマンドですら、プログラムのようなコマンドの形式はとっていなかった。
「ビルダーコマンドも、趣向で魔法と同じような呪文だったじゃん?」
「うん」
「イーファ、暗唱できる?」
「……」
その趣向とやらのせいで、コマンドに代わるフレーズが無駄に長く、チーム内では辞書登録して入力を端折るのが当たり前だったのだ。
つまり。
「そだよな。俺も一つも覚えてない」
イーファも俯いた。
「使えるのに忘れてて使えないって、悲しいね……」
「だな……」
2人で笑った。
……今の話は嘘だ。
本当は一つだけ覚えている。
イベントの時に、GMがユーザーの目の前で手打ちで行うコマンド。
『プレッジ•オブ•マリッジ』
ユーザー同士を結婚状態にするコマンドだ。強力なバフ効果があるが、同じくらいに大きなペナルティーがある。
それは生死の共有だ。
この世界で使えるかは分からないが、試しに使ってみることはできない。なぜなら、俺は離婚状態にするコマンドを覚えていないからだ。
ま、ワンチャン断られているようじゃ、イーファに提案してみても、どのみち無理だろうけれど。2人とも成人したら、ダメもとで一度くらい聞いてみようかな。
今は。アクセプトが発動することが分かっただけでも大収穫だ。




