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外れ女神レイピアと最強未満の最弱ヒーラー。〜〜アラサー転生者、冒険、青春、ほんのりチート。妹、イケメン化、時々ハーレム  作者: 白井 緒望


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第13話 勇者アーク。

 イーファは、また俺の腕に抱きついた。


 「おにい……、トロールって?」


 基本的な魔物の知識は、イシュタルから教えられている。


 「緑で巨人型の魔物だよ。恐ろしく頑丈で、怪力なんだ」

 

 すると、イーファが腕に力を入れた。


 トロールは、たった数人でどうにかできる代物ではない。近隣で暴れているなら、この家も安全とは言えない。


 逃げなければ。


 とはいえ、トロールがいる正面からは出られない。じゃあ、裏口は?


 俺は裏口に行き、窓から覗いてみた。

 すると、大きな狼のような生物がうなりながらうろついていた。


 俺の後ろでアークが言った。


 「あの狼はトロールよりもヤバい。やはり、逃げるには正面突破しかないようだな」


 アークは、武器庫からアレンの剣を持ち出すと、腰に差した。シャインスター家に伝わる由緒ある剣だ。



 正面突破は、危険すぎる。


 「……明日まで待てば、アイツらいなくなるんじゃない?」


 俺がそう言うと、アークは首を横に振った。


 「結界が突破されてるんだ。……群れにはもっと強い魔物がいるかも知れない」


 「でも、魔物でしょ? たまたま迷い込んだだけかも」


 俺の言葉に、アークは答えた。


 「いや、魔物のあの動き……まるで俺たちの逃げ道を塞いでいるみたいだ。ナーズ領主が絡んでいる可能性は高い」


 「父さんに助けてもらうのは?」


 「あいつらの狙いは、きっとこの家だ。そんな時間はない」


 たしかに、アレンが異変に気づくのはきっと数日後だ。それまでこの家が無事とは思えない。


 でも、もし、3人とも全滅したら?

 シャインスターの家は途絶えてしまう。


 『何の神様だって、お前は俺たちの息子だ』

 アレンの言葉が脳裏をよぎった。


 そうだよ。

 長兄だけでも生き残れば……。


 足手まといがいなければ、アーク1人なら逃げ切れるはずだ。


 「兄さんだけでも逃げてよ。長兄なんだし次期当主になるんだろ?」


 俺はそう言いながら思った。

 

 アークの答えが分かってしまう。

 俺は涙を拭った。


 ずっと他人だった兄。そして、妹。

 ここでの家族。


 いつの間に他人じゃなくなったのだろう。


 アークは肩に剣を置いておどけた。


 「バカいうなっ。俺は当主なんてお前に押し付けて、世界を救う勇者になる予定なんだからよ。つか、騎士になった途端に弟と妹を見捨てて逃げるとか、普通にカッコ悪すぎるだろ」


 ああ、やっぱり。

 そういう答えだ。


 「あはは。たしかに……」


 アークは笑顔で答えると体を翻した。


 剣を身体の正面で構え、そして、ゆっくりと口ずさむ。


 「我が勇気は弱者のため、我が礼節は真実のため、我が命は神のため。……この剣は王のために。ルジルランドン•ミリティス……」



 アークの身体が淡く光った。


 これは騎士の誓い(ちかい)だ。

 ……初めて見た。


 アークはドヤ顔でニヤッとした。


 「どうだ? にーちゃん、カッコいいだろ?」


 ——俺はこの言葉を幼い時にも聞いたことがあった。あれはたしか……。


 俺が近所の悪ガキにイジメられた時だ。俺がうずくまっていると、兄さんが悪ガキを追い払ってくれた。


 俺は悔しくて情けなくて、顔を上げられなかった。


 すると、アークが手を差し出してくれて「にーちゃん、カッコいいだろ?」って。今と同じ事を言った。


 俺は日本では、ひとりっ子で、誰にも頼れなくて。イジメられても、ただただうずくまって嵐が去るのを待つしか無かった。


 だから、アークの存在は、頼もしくて誇らしくて、すごく嬉しかった。


 あぁ、そうか。

 アークと俺はこうやって。


 時間をかけて、家族になったのか。


 

 ゴンッ。

 鞘を投げ捨てる金属音で視線を戻した。


 俺の目の前では、大人になったアークが剣を構えていた。


 「あのデカブツを倒して突破するぞ。2人は俺についてこい」


 言葉の終わりと同時に、アークはトロールに突っ込んで行った。


 キンッ。

 アークが剣を振り上げる音。


 ドンッ。

 トロールが先に棍棒を振り下ろした。


 雷のような地響き。

 地面の煉瓦が飛び散った。


 俺はトロールを見上げた。

 思った以上の巨大。5メートルはある。


 アークは剣を両手で握る。


 体が淡く光る。

 アークの残像が残った。


 空気を切る音がした。


 トロールの左脇腹に剣が当たった。


 ガキンッ。


 鉄が岩に当たるような音。

 剣はトロールの皮膚で止まった。



 「いまだ!」

 アークの叫び声。

 

 俺はイーファの手を握り、トロールの脇を全力疾走で通り抜ける。


 俺は振り返った。 


 トロールは同じように立っていた。

 血すら流していない。


 アークが剣の柄を握り、トロールの膝を何度も蹴っていた。


 付き刺さった剣を抜こうとしていた。

 しかし、剣は抜けなかった。


 トロールは自分の左脇腹をみて雄叫びをあげた。見えない肌の腕の動き。


 次の瞬間、アークは地面に倒れていた。

 まるで、水面に投げられた飛び石みたいだった。


 アークは動かない。


 トロールは、アークの方に走った。

 巨大な体躯に不似合いな俊敏な動き。


 すぐさまアークに追いつき、左腕を踏みつけた。


 ゴリッ。


 アークの腕から鈍い音がして、うめき声を上げた。


 トロールの巨体。

 何トンあるのだろう。


 「イオ、イーファを連れて逃げろ。俺もすぐに追いつくから……」 


 アークは必死に頭だけを上げて、そう言った。


 左腕を踏みつけられて頭しか上げられないのに、追いつける訳がないではないか。


 「おにい。アーク兄がしんじゃう!!」

 イーファは泣き叫んだ。


 俺は歯ぎしりした。

 今はうずくまって泣いている時ではない。


 俺にできる事。

 何かないか?


 何か……。


 考えるまでもない。

 俺はヒーラー。

 俺にできることは、元より一つしかないではないか。


 俺は聖印を切ると、両手を前に出して詠唱を始めた。目を閉じて集中する。


 「……汝の身体は神の為に戦い、汝の心はいまだ一度の敗戦も知らず……」


 バキッバキッ。

 トロールが何かを食いちぎるような音が聞こえる。


 「……彼は人の世の真理にて、人知らぬ世の不浄の摂理なり……」


 「おにぃ。はやくっ!! アーク兄が死んじゃうぅぅ」


 イーファの声だ。

 錯乱している。


 だが、今は詠唱を続けるしかない。

 集中が途絶えたら、魔法が失敗してしまう。


 「……医神レイピアの名の下に。汝……」


 俺は詠唱を続けた。


 (俺は、なんで並行詠唱を身につけなかったんだ。イシュタルにあんなに覚えろと言われたのに……)


 「……不敗の決意に再び立つ力を与えん」


 「ウッ」という小さな呻き声が聞こえたのを最後に、アークの声は途絶えた。


 あと少し。

 あと一節。


 間に合えっっっ!!


 「……ディオス(神の)ヒール(癒し)!!」


 詠唱は完成した。

 同時に聖印が光り、あたりに魔法が展開される。



 しかし、俺が目を開けた時。

 そこにあったのは、かつて兄だった何かだった。


 動かないし、話さない。さっきまで笑っていた人間と同じだとは、とても思えない。 


 血の気が引いて、指先が震える。


 回復魔法で治癒ができても、蘇生はできない。

 今更、俺の魔法ではどうにもできない。


 「アーク兄。アーク兄ぃぃぃー!!」


 イーファの叫びで、トロールはギロリとこちらを見た。


 心臓がドクンと動く。


 俺は、泣き叫んで駆け寄ろうとするイーファを抱えた。


 ただ俺はその場から逃げ出した。

 アークのことを考えている余裕はなかった。


 走って走って走って走って……。


 背後からの騒音が聞こえなくなった頃、小さな倉庫を見つけた。入り口は開いていて、農具が見える。


 中に入ると、子供2人が隠れられるくらいのスペースがあった。


 「イーファ。とりあえず、ここに隠れよう。明日になれば、きっと助けがくるから」


 何の根拠もない。

 だが子供の俺たちには、とにかく心の拠り所が必要だった。


 俺とイーファは、真っ暗な小屋の中で、背中合わせに座った。今は月明かりもない。外は真っ暗だ。


 時々聞こえる獣の声に身体が震える。

 俺とイーファは、狭い小屋の中で、ただ時間が過ぎるのを待った。


 「アーク兄……うぅ…」


 イーファが泣くと、俺は感触を頼りに妹の頭を撫でる。ずっとそれを繰り返した。


 リーンリーン、


 やがて、虫の声が聞こえてきて静かになった。


 すると、いまさら、アークが死んでしまったと実感した。


 俺が並行詠唱できれば。

 逃げながらヒールできれば、きっと。


 アークが死んだのは、俺のせいだ。



 「おにい?」


 俺の様子が変だと思ったのだろう。

 イーファが心配そうな声を出して、俺に身体をくっつけた。


 「だってそうじゃないか。あんなに時間がかかる詠唱じゃ、誰も助けられるわけない」


 「……イオ?」


 イーファが手を握ってきた。

 でも、俺は言葉を止められなかった。


 「……ヒールなんて、ほんと外れ神の外れスキルじゃん。カス職って、ほんとそのまんまじゃねーかよっ!!」


 俺は無力すぎる。

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