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外れ女神レイピアと最強未満の最弱ヒーラー。〜〜アラサー転生者、冒険、青春、ほんのりチート。妹、イケメン化、時々ハーレム  作者: 白井 緒望


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第11話 村ヒーラーでいれた最後の夜。

 俺はイーファの肩を抱き寄せた。


 「お前のことは、俺が必ず守るから」



 ********


 ——その数日前。

 俺とイーファは10歳になっていた。


 

 「兄さん、いってらっしゃい」


 ある早朝。上の兄のアークが騎士に叙任されるので、俺とイーファで見送った。


 アークは数日の間、大領主様のところに行く。両親と使用人のセールも同行しているので、今、この家には俺とイーファの2人だけだ。


 そんなある日。

 俺は迷っていた。


 この世界には幼名の慣習があり、14歳で成人すると名前を変えることができる。もちろん、しなくてもいい。


 ……伊織いおりに戻そうかな。


 あっちの親との思い出は少ないけれど、名前は親が遺してくれた数少ない物のひとつだ。


 俺は野菜を洗いながら、イーファに聞いてみた。


 「イーファは14歳になったら、名前を変えるの?」


 イーファは、木製の長椅子にゴロゴロしている。


 「んー。迷い中。っていうか、変えるとしてもバカには教えないし」


 ちなみに、バカとは俺のことだ。


 つか、愚妹よ。

 お前も少しは料理を手伝えよ。


 「イーファも料理を覚えた方がいいぜ?」


 「イオと違って訓練で忙しいだけ。本気出せばできるし」


 って、お前。

 昨日、その練習すらサボって、アークに怒られてただろ。


 「はぁ」

 心の中のツッコミが止まらない。


 そんなわけで、親が居ない時の食事は、いつも俺が作る。


 昔は、頼めば簡単な手伝いはしてくれたのに、今や頼んでも何もしてくれない。


 「なぁ、少しくらいは手伝ってくれよ」

 

 イーファは、こちらを見すらしない。

 「名前に様をつけて、ウチの靴を舐めるなら手伝ってあげてもいいけど?」


 いやぁ、ほんとムカつく。

 

 あっち(日本)の友達が「妹とか滅びろ。マジうざい」と言っていた。


 俺は一人っ子だから、酷いこと言うなぁ、と思ったけれど、今は、友達の気持ちがよく分かる。


 むしろ「滅びろ」でも生ぬるい。



 時々、鍋をかき回しながら、丸椅子に座って本を読む。一章を読み終えたところで、香草の良い匂いがしてきた。


 「良い感じだ。あとは、盛り付けるだけか」


 今日のメニューは、野菜と干し肉を牛乳で煮たシチューだ。


 鍋をテーブルの中央におき、神様にお祈りをしてから、木の小皿にパンを浸して食べる。


 すると、イーファは口に頬張りながら言った。


 「アンタの料理、微妙だけど。これだけは美味しいよね。他のももっと練習しなよ」


 「大きなお世話だ。つか、明日から各自で自炊よろしく」 


 イーファの手からパンが落ちた。


 「そんなこと言わないでよ。明日からはウチも心をいれかえて、イオが土下座すれば、手伝いもするし……。それに、ウチ、好きだよ? このシチュー」


 こいつ。

 ホントにブレないな。



 「……ごちそうさまでした」


 俺が片付けを終えてテーブルに戻ると、イーファは長椅子にゴロゴロしていた。片手で自作の本を持って、尻のあたりをポリポリとかいている。


 「もっとフワフワの椅子ほしくない? ゴロゴロしてるとお尻とか痛いんだけど。イオ、道具屋に行って何か買ってきてよ」


 そんなに欲しいなら、自分で行けよ!

 我が妹ながらに怠惰すぎる。


 俺の知る限り、古代の人も中世の人も。

 懸命に生きていたはずなんだけど。


 実際は違ったのかもしれない。

 だってコイツ、ダメ人間そのものだし。


 「……エヘヘ。イヒヒヒ。そんなのダメだよぉ」


 きしょっ。


 コイツ、自分で書いた本を読みながら1人で笑い始めたぞ。最近、イーファは恋愛小説の執筆にハマっているらしいのだが、最新作は男性同士の恋の物語だとかなんとか。


 日本で言うところのBLだ。 

 イーファは見た目が良いだけに、残念度が増す。


 イーファは本を読む手を止め、こっちを見た。

 青くて透け感のある瞳がキラキラしている。


 「ちょっと、イオ。ジャガイモを薄く切って揚げて塩振って持ってきて」


 「……は?」


 ……普通にポテチじゃん。


 ダメ人間は、どの世界にいてもジャンクフードに行き着くものらしい。


 ポテチを生み出すその想像力。

 ある意味、すげーわ。


 「揚げは危ないから、炒めになるぞ」


 俺は、イーファにポテチを与え、自分の部屋に戻った。


 さて。

 俺も本でも読むか。


 すごく静かだ。

 暖炉の音と虫の音しか聞こえてこない。


 俺は、こんな1人の時間が好きだ。


 カップから立ち上る紅茶の湯気を嗅いでから、地理書に目を落とした。


 シャインスター領があるグレイック王国のページは……ここか。どれどれ。


 「グレイックの東にはナインエッジ帝国がある。グレイック王国とナインエッジ帝国は敵対関係にあるが、奴隷売買を始め民間レベルでの交流は行われている」


 ……奴隷か。


 日本にいた俺には実感がない。だが、あっちの世界にもまだ強制労働や強制結婚はあった。


 「ふぅ……。こっちも向こうの歴史と似たり寄ったりだ。世界史の授業をもっとちゃんと聞いておけば良かったよ」


 本棚を見ると、銀縁の分厚い本が目に入った。

 イシュタルに借りた光の女神ルークスの聖典だ。


 イシュタルは、少し前から論文を書くために大学に戻っている。年明けにはまた来てくれるらしいけれど。


 1月は雪もたくさん降るし。

 次に会えるのは、しばらく先だろう。


 イシュタルは元気にしてるかな……。


 授業のノートを開いた。

 パラパラとめくると、『並行詠唱』の単語で目が止まった。


 並行詠唱は、イシュタルが覚えた方が良いって教えてくれたけれど、結局、身につけられなかった。


 ——訓練では随分と走らされた。


 「はぁはぁ。イシュちゃん、走りながら瞑想するとか、無理だよぉ」


 「頑張って。これができれば、逃げながら魔術が使えるようになるし」


 「無理無理。威力も落ちるし、俺は村で治療院でもやるつもりだし、そんな技術はいらないし〜」


 俺は訓練を投げ出してしまった。


 並行詠唱の訓練に時間を使うくらいなら、他の魔術の練習をした方が、よっぽどタイパが良いと思ったのだ。


 いや、それは言い訳か。


 俺は次男だ。


 長男のアークは優秀で、俺の出る幕なんてない。だから、それを言い訳にして逃げ出してしまったのだと思う。


 この世界に来て、人生をやり直しているのに……。性根は昔のままだ。



 「ほーほー」


 ホロフクロウの鳴き声だ。

 もう21時過ぎか。 


 暖炉の火が小さくなってきた。

 蝋燭の炎も、揺らめきを大きくしている。


 BL好きな愚妹は放っておいて、そろそろ寝るか。


 俺は蝋燭に手を伸ばした。



 すると。


 ドンドン!!

 ドアがノックされた。


 「い、い、いお、イオ。で、でたのぉっ!!」


 イーファか。緊迫した声だ。

 何かあったのか?


 この世界は、意外に平和だ。


 動物は人間との棲み分けをわきまえているから、無意味に民家にダイブしてきたりはしない。



 ということは、……魔物? 



 俺は部屋から飛び出した。


 「どうした? イーファ」


 「で、でたのっ!! お、お、おばけ……」


 イーファの顔は真っ青だった。

 いつもの不遜ふそんな態度が嘘のように弱々しい。


 俺の腕に抱きついてきた。

 手は冷たくて、プルプルと震えている。


 (こいつ、お化けが苦手なのか)


 この家の周囲にはイシュタルが魔除けの結界を張ってくれている。魔物が出るとは考えにくい。


 だから……。


 出たのは結界を突破できる強さの魔物ということになる。この時間帯ならゴースト系か? 


 イシュタルの言葉が脳裏をよぎった。


 「シャインスター村があるシリタット地方には、稀に強力なアンデットが出ることがあるの」 

 

 「でも、イシュちゃんが結界をしてくれてるでしょ?」


 イシュタルは首を横に振った。


 「例えば、レイスやリッチみたいな上位モンスターは防げない。つまり……」


 「つまり?」


 「この家に魔物が出たら、逃げること! 間違っても戦っちゃダメ」


 

 「……イオ?」

 視線を戻すと、イーファが心配そうに見上げていた。左腕にギュッと抱きついている。


 レイス? リッチ?

 そんな化け物に、俺らが勝てる訳がない。 


 俺はイーファの頭をポンポンとした。


 「どこに出た?」


 「1階の、ま、窓の外」


 俺はイーファの肩を抱き寄せた。


 「お前のことは、俺が必ず守るから」


 俺は机にあったナイフを手に取った。

 ふと、さっきの聖典が目に入った。


 ……念の為、これも持っていくか。

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