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お掃除侍女ですが、婚約破棄されたので辺境で「浄化」スキルを極めたら、氷の騎士様が「綺麗すぎて目が離せない」と溺愛してきます  作者: 咲月ねむと


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第6話 呪われた森の恵み

 カイ様付きの専属侍女としての日々が始まってから、一週間が経った。

 

 私の仕事は、もっぱら屋敷中のありとあらゆる場所をピカピカに磨き上げること。それは私にとって天職であり、毎日が楽しくて仕方がなかった。


 今日は厨房の徹底清掃に挑戦することにした。辺境伯様のお食事を作る大切な場所。衛生管理には特に気を使わなければならない。


「うーん、これは手強そうね……!」


 厨房に足を踏み入れた私は、思わず腕まくりをした。長年使い込まれたかまどや調理台には、油やすすがこびりつき、頑固な汚れとなって蓄積している。

 床は滑りやすく、空気もどこか油っぽい。料理長をはじめとする厨房の料理人たちは、皆一様に「申し訳ない…」と肩を落としている。


「お任せください!この厨房、新築同然にしてみせますわ!」


 私は高らかに宣言すると、お掃除道具セットの中から油汚れに特に効果を発揮するアルカリ性の洗浄液と金属製のタワシを取り出した。


ゴシゴシ、キュッキュッ。


 無心でかまどを磨き、調理台をこする。

 私の「浄化」スキルが、こびりついた汚れだけでなく、厨房に染み付いた瘴気の淀みまでをも分解していく。ゴキブリやネズミといった、不衛生な場所に集まりがちな害虫たちも、浄化された清浄な空気に耐えきれず、蜘蛛の子を散らすように逃げていった。



 半日後、厨房は生まれ変わった。

 壁も床も調理器具も、全てが陽の光を反射してキラキラと輝いている。油っぽかった空気は爽やかで、深呼吸したくなるほどだ。


「す、すごい……!俺たちの厨房が輝いている!」

「床が滑らない!それに、なんだか力がみなぎってくるようだ!」


 料理人たちは、生まれ変わった厨房を見て子供のようにはしゃいでいる。その喜ぶ顔を見て、私の心も温かくなった。

 やっぱりお掃除は最高だわ。



 その日の夕食後、私はカイ様に呼び出された。場所は、いつもの執務室。

 私がピカピカに磨き上げたあの部屋だ。


「アリシア、今日の夕食、どうだった?」


 カイ様は、どこか緊張した面持ちで私に尋ねた。今日の夕食は、厨房が綺麗になった記念にと、料理長が腕によりをかけて作ってくれた特製シチューだった。


 とても美味しかったけれど、なぜそれを私に?


「はい、とても美味しかったですわ。お肉は柔らかく、野菜の甘みが引き立っていて……」

「そうか」


 私の答えに、カイ様は心底ほっとしたような表情を見せた。


「実は、今日のシチューに使われていた野菜は、全て『嘆きの森』で採れたものなのだ」

「えっ!?」


 私は驚いて目を見開いた。

『嘆きの森』といえば、瘴気に汚染され、呪われていると噂の、あの森だ。


「君が屋敷の浄化を始めてから、森の瘴気が薄れ始めた。試しに騎士たちに調査させたところ、森の奥で自生している野菜や果物を見つけたのだ。鑑定してもらったが、毒性はなく、むしろ滋養に満ちていると……」


 信じられない話だった。

 私がお掃除をしていただけで、呪われた森まで浄化され始めていたなんて。


「これも全て、君のおかげだ。ありがとう」


 カイ様は静かにそう言うと、立ち上がって私に近づいてきた。そして、そっと私の手を取った。氷の騎士という異名からは想像もつかないほど、彼の手は温かかった。


「君は、この領地の希望だ。君がいるだけで、私の心も、この大地も、浄化されていくようだ」


 その熱のこもった瞳に、私はドキリとした。カイ様の整った顔がゆっくりと近づいてくる。


(こ、これはもしや…!)


 小説で読んだ、ロマンチックなシーンが脳裏をよぎる。けれど、次の瞬間、カイ様は私の手を恭しく持ち上げると、その手の甲に、まるで誓いを立てる騎士のように、そっと口づけを落とした。


「…これからも、君の『浄化』を、この地のために振るってほしい」


 そう言って顔を上げたカイ様の顔は、少しだけ赤らんでいるように見えた。


 私はというと、予想外の展開に頭が真っ白になっていた。


(き、汚れた手を…!厨房の掃除で、爪の間にまだ汚れが残っていたかもしれないのに…!)


 私のドキドキは、ロマンスとは全く別の方向へ全力疾走していたのだった。この騎士様は、どうやら私の手の汚れよりも、胃袋が満たされたことへの感謝の方が大きいらしい。


 ……まぁ、いいか。

 美味しいものを食べて幸せになってもらえるなら、お掃除侍女として本望だもの!

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