第4話 最高級のお掃除道具は、騎士の剣より美しい
「こちらが、アリシア様のお部屋でございます」
謁見の間で私を驚かせた、あの老執事さんに案内されてやってきたのは、屋敷の東棟にある一室だった。
執事さんはバルトロと名乗り、その物腰は非常に丁寧でありながら、どこか私を値踏みするような鋭さも感じられた。
扉を開けて、私は思わず「わぁ……」と歓声を上げた。
そこは、天井が高く広々とした、元は客室だったであろう素敵なお部屋だった。けれど、長い間使われていなかったのだろう。
家具にはうっすらと白い布がかけられ、床の隅には愛らしい埃の塊がたまっている。窓から差し込む光が、空気中に舞う無数のチリをキラキラと照らし出していた。
「申し訳ございません、急なことで、掃除も行き届いておらず…」
「とんでもないです!」
恐縮するバルトロさんの言葉を、私は食い気味に遮った。
「素晴らしいです!とっても、やりがいのあるお部屋ですわ!」
目を輝かせる私を見て、バルトロさんは一瞬きょとんとした後、ふっと目元を和らげた。
「…カイ様がお選びになった方だけのことは、ございますな」
その言葉の意味はよく分からなかったけれど、私は早速腕まくりをすると、荷物の中からピヨちゃんを取り出した。
「では、早速ですが、お掃除始めます!」
まずは換気。
次に天井の埃落とし。壁を拭き、家具を磨き、床を掃いて、最後に水拭き。前世で叩き込まれた清掃の手順に従い、私は無心で部屋を磨き上げていく。私の手から放たれる「浄化」の力が、部屋の隅々に溜まった淀んだ空気を、澄み切ったものへと変えていく。
全ての作業を終えるのに、一時間もかからなかった。
「……おお」
作業の一部始終を静かに見守っていたバルトロさんが感嘆の声を漏らす。
布が取り払われた家具は艶を取り戻し、磨かれた床は鏡のように私を映している。
窓から差し込む光はもはやチリを映し出すことなく、部屋の隅々までを明るく照らしていた。空気はまるで高原の朝のように清々しく美味しい。
「素晴らしい…。この屋敷に来てから、これほど清浄な空間は初めてでございます」
バルトロさんはそう言うと、ハンカチでそっと目頭を押さえた。
「カイ様は、生まれつき瘴気に敏感でいらっしゃいます。それが、様にあらゆる『汚れ』を嫌う潔癖さとして表れておりました。ですが、この屋敷の者で、カイ様を満足させられる清掃ができた者は一人もおりませんでした。……アリシア様は、我々にとっての救世主でございます」
そうだったんだ……。
カイ様のあの氷のような雰囲気は、ただの潔癖症ではなく、瘴気から身を守るための鎧のようなものだったのかもしれない。そう思うと、なんだかカイ様のために、もっともっとこのお屋敷を綺麗にしてさしあげたい、という気持ちが強くなった。
そんな決意を新たにしていると、部屋の扉がノックされた。入ってきたのは、他ならぬカイ様ご本人だった。
「バルトロから報告を受けた。……見事だな」
カイ様は部屋全体を見渡し、満足そうに一つ頷くと、私の方へ向き直った。その手には、美しいビロードが敷かれた大きな木箱が抱えられている。
「これを君に」
箱が開かれると、私の目は釘付けになった。
そこにあったのは、大きさも形も様々な磨き布、動物の毛の種類まで違うハタキやブラシ、そして美しいガラス瓶に入った色とりどりの液体。
どれもこれも、私が今まで見たこともないような最高級品ばかりだった。
「これは…?」
「君の武器だ。騎士が剣を選ぶように、君も最高の道具を使うべきだろう」
騎士の剣と、お掃除道具を同列に語るカイ様。
その真剣な眼差しに、私は胸が熱くなるのを感じた。私の「好き」を、こんなにもまっすぐに認めてくれる人に出会えたのは、初めてだった。
「ありがとうございます、カイ様!大切に使わせていただきます!」
私が満面の笑みでお礼を言うと、カイ様の氷のような表情が、ほんの少しだけ、本当に少しだけ和らいだように見えた。
「うむ。では、最初の任務を与える」
カイ様はそう言うと、静かに私に告げた。
「私の執務室を、お前の好きに『浄化』しろ」
それは、この屋敷で最もカイ様が長く過ごし、そして最も彼の瘴気への苛立ちが募る場所のはず。私への最大限の信頼の証だった。
「はい!喜んで!」
私は最高級のお掃除道具一式を胸に抱き、カイ様の執務室へと向かう。重厚な扉の前に立ち、私は静かに闘志を燃やしたのだ。
いざ、尋常に勝負!
私の辺境お掃除ライフ、いよいよ本番スタートだ!




