最終話 聖女のアトリエ、そして生涯契約書
「さぁ、カイ様!お掃除チェックを始めましょう!」
私がハタキを構えると、カイ様は「まぁ、待て」と、私の手からそっとそれを取り上げた。そして悪戯っぽく微笑むと、私の手を引き、屋敷の奥へと歩き出した。
「君に、見せたいものがあるんだ」
案内されたのは、今まで一度も入ったことのない東の棟の角部屋だった。扉を開けた瞬間、私の目に飛び込んできた光景に思わず息をのんだ。
そこは、天窓から柔らかな陽光が降り注ぐ、ガラス張りの明るい部屋だった。壁一面には、見たこともないような最高級のお掃除道具が、まるで武器庫の剣のように整然と並べられている。
部屋の中央には、様々なハーブや鉱石を調合するための実験台や、最新式の蒸留器まで置かれていた。
「ここは…?」
「君のアトリエだ。君が心ゆくまで洗剤を開発し、道具を研究し、そして、君の『好き』を追求できる場所だ」
カイ様が王都に行っている間に、私のために用意してくれたらしい。
私のためのお城。
私のための天国。
「…カイ、様…!」
嬉しさのあまり言葉にならない。
私は部屋に駆け込むと、壁にかけられた純白の羽根で作られたハタキをそっと手に取った。その完璧なフォルム、完璧なバランス。
「素晴らしい…!素晴らしいですわ!ありがとうございます、カイ様!」
振り返った私の瞳は、きっとどんな宝石よりもキラキラと輝いていたに違いない。
カイ様は、そんな私を最高の笑顔で見守ってくれていた。
私たちの結婚式の準備は、領地全体で進められていた。
領民たちは、自分たちの聖女様と領主様のためにと自主的に街の道を掃き清め、家々を花で飾り付けている。辺境領は、かつてないほどの一体感と祝福のムードに包まれていた。
私も、私にしかできない方法で式の準備を進めた。新設されたアトリエにこもり、礼拝堂の床を磨くための、花の香りがする特別なワックスを開発したり、参列者の心を清める効果のある浄化ハーブをブレンドしたポプリを作ったり。
それは私にとって最高に幸せな時間だった。
そして、結婚式を明日に控えた夜。
私は一枚の羊皮紙を手に、カイ様の執務室を訪れた。
「カイ様。結婚式の前に、どうしても済ませておきたい、最後の仕上げがございますの」
「何だ?」
不思議そうな顔をするカイ様に、私は少しだけ照れながら、その羊皮紙を差し出した。
「わたくしたち二人の『生涯契約』の契約書でございます!」
そこには私が心を込めて書き上げた、私たちのためのルールが記されていた。
【アリシアとカイの生涯契約書】
第一条: 妻アリシアは、夫カイの心身、及び、その周辺環境の全てを、生涯をかけて清浄に保つ義務を負う。
第二条: 夫カイは、妻アリシアの全ての清掃活動に対し、最大限の支援と、そして無限の愛情をもって報いるものとする。
第三条: どんなガンコな汚れ(困難)も、二人で協力し、決して諦めずに立ち向かうこと。
カイ様は、そのユニークすぎる契約書を一読すると、最初は驚いたように目を見開き、やがて、声を上げて笑い出した。
「…ははは、君は、本当に…!」
そして涙が滲むほど笑った後、ペンを取ると流れるような美しい文字で自分の名前を書き記した。
「アリシア。君と結ぶこの契約は、俺の生涯の宝だ」
カイ様は、サインを終えた私をその腕の中に優しく抱きしめた。
私も彼の隣に自分の名前を丁寧に書き記す。
こうして私たちの物語は、一枚の少し変わった契約書によって永遠の輝きを約束されたのだ。
追放されたお掃除侍女は、氷の騎士様の世界で一番大切な人になる。
私たちのピカピカでキラキラな毎日は、まだ始まったばかりだ。




