第31話 王城お掃除許可証
私の「公開クリーニング」が終わった後、祝賀会の空気は一変していた。
先程まで私を侮蔑と好奇の目で見ていた貴族たちが今は尊敬と、そして少しの欲望を浮かべた瞳で、我先にと私たちの元へ押し寄せてきたのだ。
「おお、聖女殿!なんという素晴らしいお力!ぜひ、我が家に伝わる『開かずの宝箱』の呪いも浄化していただきたい!」
「わたくしの首飾りも、最近輝きが鈍くて…。一度、見てはいただけませんこと?」
「聖女様、報酬はいくらでもお支払いいたします!」
鳴りやまない賞賛と、次から次へと舞い込んでくる陳情の嵐。
(まぁ、なんてことでしょう!王都の皆様、そろいもそろって、お掃除にお困りだったのね!)
私が人々の熱意に感動していると、カイ様がそっと私の前に立ち、殺到する貴族たちをその威圧感で制した。
「皆の者、落ち着かれよ。彼女は私の婚約者だ。そう安売りはできん」
その言葉は、私を守るためだと分かっているけれど、私の耳には「アリシアのお掃除は、プレミアム価格ですよ」と聞こえて、なんだか誇らしい気持ちになった。
やがて、騒ぎが一段落すると、私たちは国王陛下と王妃様の御前へと招かれた。
「見事であった、アリシア嬢」
玉座に座る国王陛下は、威厳に満ちた、しかし賢明そうな瞳で、私に穏やかに語りかけた。
「君のその類まれなる力、そして辺境にもたらした恩恵、確かに見届けた。カイ辺境伯との婚約も、国王として、正式に承認しよう」
「ありがたき幸せにございます」
私とカイ様が深く頭を下げると、隣に座る王妃様が扇の陰から探るような視線を私に向けた。
イザベラ公爵夫人の敗北は、彼女にとって面白くない結果だったのだろう。
謁見が終わると、息子のエドワード王子が私たちの元へやってきた。その表情は、とても晴れやかだ。
「見事だったよ、アリシア嬢。君の『技』は、ティアラだけでなく、この王宮の淀んだ空気さえも浄化してしまったようだ。父上も、君の力を認めてくださった。もう、表立って君を害そうとする者は現れまい」
「まぁ、本当ですか!?」
私はぱっと顔を輝かせた。
「では、これからは心置きなく、王城のお掃除に集中できますわね!」
「……君は、本当にぶれないな」
私の変わらない返事に、エドワード王子は嬉しそうに、そして少しだけ呆れたように笑った。
そして、国王陛下から約束された「褒美」をいただく時が来た。
カイ様が「何か望むものはあるか?」と優しく尋ねてくれる。金銀財宝、ドレス、宝石、あるいは高い地位。望めば、何でも手に入っただろう。
けれど、私の望みは、たった一つ。
私は国王陛下の前に進み出ると、スカートの裾をつまみ、深々とカーテシーをした。
「陛下。もし、わたくしに褒美をくださるのでしたら、望みは、ただ一つだけでございます」
ホール中の誰もが固唾をのんで私の言葉を待っている。
「どうか、この王城を、わたくしの好きなように隅から隅まで、心ゆくまで、お掃除させていただく許可をくださいませ!」
私の願いに、ホールは三度、水を打ったように静まり返った。
国王陛下は、最初こそ鳩が豆鉄砲を食ったような顔をしていたが、やがて声を上げて笑い出した。
「ククク…ハッハッハ!面白い!実に面白い娘だ!よかろう、許可する!アリシア嬢に、王城内の『完全清掃許可証』を与えよう!」
こうして私は金銀財宝よりも価値のある最高の褒美を手に入れた。
カイ様がやれやれといった顔で、でも最高に愛おしそうな目で、私を見守っている。
私の次なる目標は、この巨大な王城の完全浄化!
わたくしの、お掃除侍女としての、いえ、聖女としてのお掃除は、まだ始まったばかりなのだ。




