第26話 いざ王都へ!お掃除道具は忘れずに
私たちの王都への旅立ちは、それはもう、盛大なものだった。
領民たちが総出で道端に集まり、
「聖女様、カイ様、いってらっしゃいませ!」「王都の者たちに、我らが奥方様の素晴らしさを見せてやってください!」
と、熱狂的な声援を送ってくれる。
「皆さん、留守の間のお掃除、頼みましたわよー!」
私が笑顔で手を振ると領民たちは「お任せください!」と力強く応えてくれた。私の浄化の影響か、この領地の人々は、すっかり綺麗好きになってくれたようだ。領主の婚約者として、これほど嬉しいことはない。
そんな領民たちの信頼を背に、隣で馬を並べるカイ様は、いつも以上に引き締まった、領主としての厳しい顔つきをしていた。
数日間に及ぶ道中は、私にとって新鮮な驚きと新たなる汚れとの出会いの連続だった。
宿泊した宿の窓ガラスに付着した、雨染みと埃の複合的な汚れ。
野営の夜、カイ様が「冷えるだろう」と、そっと肩にかけてくれた上着。
(まぁ、夜露で服が汚れないようにとのご配慮!なんて細やかなお心遣いなんでしょう、カイ様!)
カイ様との距離は、婚約者として以前よりずっと近くなったはずなのに、私の思考回路は相変わらず通常運転だった。
そして、ついに馬車の窓の向こうに、巨大な城壁が見えてきた。王都だ。
辺境とは比べ物にならないほど高くそびえる建物、行き交う人々の数、そして活気。その華やかさには、目を見張るものがあった。
しかし、私の目は、どうしても別の場所に吸い寄せられてしまう。
「すごい人通りですわ…。これは、路地の隅には相当な汚れが蓄積しているに違いありません…」
「なんて高い尖塔!あの窓を拭くには、命綱が必須ですわね…!」
「ああ、あの噴水の水垢…!クエン酸があれば、一発ですのに…!」
私の職業病ともいえる呟きに、カイ様は呆れたように、それでいて心底楽しそうに笑った。
「君は、本当に変わらないな。……それがいい」
王都の城門をくぐると、そこには意外な人物が待ち構えていた。
「待っていたぞ、カイ辺境伯。……そして、アリシア嬢」
そこに立っていたのは、改心した元婚約者、エドワード王子その人だった。以前の傲慢さは消え、穏やかで理知的な表情を浮かべている。
しかし、その隣に立つ初老の貴婦人は、明らかに私たちを歓迎していなかった。蛇のように冷たい目で、私を頭のてっぺんから爪先まで、値踏みするように眺めている。おそらく王妃様か、それに連なる大物貴族だろう。
ピリリ、とした緊張感が、その場を支配する。
辺境の聖女とやらが、一体どれほどのものか、見定めてやろうというわけだ。
そんな張り詰めた空気の中、私は馬車から降り立つと、エドワード王子に向かって、ぱあっと顔を輝かせた。そして、これ以上ないほど満面の笑みを浮かべて、こう言ったのだ。
「王子様!お約束通り、王城のお掃除に馳せ参じました!」
「さて、まずはどこから取り掛かりましょうか?頑固な水垢が溜まっていそうな水回り?それとも、煤と埃が積もっていそうな、天井裏から参りましょうかっ!?」
私の元気いっぱいの問いかけに、エドワード王子は遠い目をして固まり、隣の貴婦人は扇で口元を隠して絶句した。




