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お掃除侍女ですが、婚約破棄されたので辺境で「浄化」スキルを極めたら、氷の騎士様が「綺麗すぎて目が離せない」と溺愛してきます  作者: 咲月ねむと


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第23話 生涯契約プレゼンテーション

「…年間契約、ですって?料金体系は、どうなさいますか?」


 私のキラキラした瞳での問いかけに、カイ様は、まるで時が止まったかのように、ぴしりと固まった。その表情は、絶望とも、諦念とも、あるいは一周回って悟りの境地に至ったかのようにも見えた。


 やがて彼は天を仰ぎ、長いため息をつくと、意を決したように、私の両肩をがっしりと掴んだ。


「アリシア。違う。そうじゃない」


 その声は、子供に言い聞かせるように、どこまでも真剣だった。


「君に依頼したいのは、年間契約ではない。『生涯契約』だ」

「生涯…契約?」

「そうだ。そして、清掃対象は、この辺境伯邸だけではない」


 カイ様は一度言葉を切ると、私の瞳をまっすぐに射抜いて、こう続けた。


「清掃対象は――私自身だ」

「……へ?カイ様、ご自身のお掃除、でございますか?」


 思わず素っ頓狂な声が出た。

 カイ様は毎日湯浴みをなさっているし、いつも清潔でいらっしゃるのに。


 カイ様は、そんな私の疑問を肯定するように力強く頷いた。


「私の心を、私の魂を、生涯をかけて、君に磨き続けてほしい」

「カイ様の…心を…磨く…?」

「ああ。私の隣で、この領地を、そして私という人間を、世界で一番輝く場所に変えてほしいんだ」


 その言葉は、まるで熱い奔流のように、私の心へと流れ込んでくる。訳が分からない。でも、カイ様の真剣な気持ちだけは、痛いほどに伝わってきた。


「その対価は、料金などではない。私の持つ全て――この身も、心も、辺境伯としての地位も、財産も、全て君に捧げる。これが、私の提案する『生涯契約』の内容だ。アリシア、君を……」


 カイ様は、ごくりと喉を鳴らすと、決意を込めて最後の言葉を紡いだ。


「君を、私の妻として迎えたい」


――つま。

――ツマ?

――妻……?

――お、およめさん……!?


 その単語が、私の頭の中でようやく像を結んだ瞬間。私の思考回路は、ショートしたかのようにプツリと音を立てた。


 今まで、お掃除のことしか考えていなかった私の頭に全く未知の甘くて、熱くて、そして少しだけくすぐったい感情が怒涛のように流れ込んでくる。


 顔が、熱い。心臓がうるさい。


 カイ様の顔が、まともに見られない。


 私が何も言えずに俯いていると、カイ様が不安そうな声を出した。


「……ダメ、か?」

「い、いえ、そうではなくて……!」


 私は慌てて顔を上げた。そこには、氷の騎士の仮面をかなぐり捨てた、ただ一人の男の不安げな顔があった。


「そ、そのような、重大なご契約……わたくしのような者に、務まりますでしょうか…?」


 やっとのことで絞り出した声は震えていた。


「カイ様という、最高に磨きがいのある素材を、生涯かけて、わたくしが、ピカピカにし続けるなんて……そんな大役……」


 まだ、お掃除の言葉でしか表現できない自分がもどかしい。けれど、私の瞳からは、いつの間にか涙がぽろぽろと零れ落ちていた。

 嬉しい、と思った。この人の隣で、ずっとお掃除をしていたい。この人を、この人の大切な場所を、私の手で、世界で一番輝かせたい。


 私は、涙でぐしゃぐしゃの顔のまま、それでも精一杯の笑顔を作った。


「…謹んで、お受けいたします」

「カイ様の専属として、生涯、あなた様のお傍で、お仕えさせてください」


 私の返事を聞いたカイ様は、一瞬、信じられないといったように目を見開いた後、その腕で、私の体を強く、強く、抱きしめたのだった。


 こうして、私たちの、少しだけズレていて、だけれども、どこまでも真剣な「生涯契約」は、無事に締結されたのである。

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