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お掃除侍女ですが、婚約破棄されたので辺境で「浄化」スキルを極めたら、氷の騎士様が「綺麗すぎて目が離せない」と溺愛してきます  作者: 咲月ねむと


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第2話 氷の騎士様は、お顔の曇りも気になるようです

 王都を追放されてから数日。

 ガタゴトと揺れる質素な馬車に揺られ、私は北の辺境を目指していた。普通なら悲嘆に暮れるような状況なのだろうけれど、私の心は遠足前の子供のようにウキウキと弾んでいた。


「ふふふん」


 鼻歌交じりに、私は愛用の羽根ハタキ『ピヨちゃん』の穂先を優しく撫でる。

 今回の旅のために、侍女長のマーサさんがこっそり持たせてくれた、私の大切な相棒だ。


「これからよろしくね、ピヨちゃん。私たちの新しいお城は、きっとお掃除のしがいがあるわよ」


 まるで私の言葉に応えるように、ピヨちゃんの羽根がふわふわと揺れた気がした。


 道中、一泊することになった宿は、正直言ってかなり年季が入っていた。壁にはシミ、床はざらつき、窓は薄汚れて外の景色がよく見えない。


 宿の主人は「こんな汚い部屋ですまないねぇ」と申し訳なさそうに肩を落としている。


「お任せください!」


 私は腕まくりをして宣言した。そして一晩かけて、部屋の隅から隅までピカピカに磨き上げたのだ。

 もちろん私のユニークスキル「浄化」の力で。



 翌朝、部屋を見た主人は腰を抜かさんばかりに驚いていた。


「まるで新築だ!」

「女神様か!?」


 と涙ながらに感謝され、たくさんの焼き菓子まで持たせてもらってしまった。人に喜んでもらえるお掃除って、なんて素晴らしいんだろう。

 そんな心温まる出来事を経て、馬車はついに目的地の辺境領、アイスバーグ領の領都に到着した。


「……すごい」


 馬車の窓から外を見て、私は思わず息をのんだ。聞いてはいたけれど、これは想像以上だ。


 街全体が、まるで灰色がかった薄いベールを被っているかのように、どんよりと澱んでいる。建物の壁は黒ずみ、道行く人々の表情もどこか晴れない。これが瘴気の影響なのだろうか。


 私の浄化スキルが、このどんよりした空気を綺麗にできるかもしれない。そう思うと、胸の奥からフツフツと情熱が湧き上がってくる。


 腕が鳴るわ!


 領主様のお屋敷というよりは、質実剛健な砦といった趣の建物に通されると、私は謁見の間らしき部屋で待つように言われた。



 そこで待つこと数分。

 重々しい扉が開き、一人の男性が入ってくる。


「君が、王都から送られてきたというアリシア嬢か」


 低く、よく通る声。

 その声の主を一目見て、私は息をのんだ。

 銀にも白にも見える、月の光を思わせる髪。凍てついた湖面のように静かで、全てを見透かすような蒼い瞳。彫刻家が精魂込めて作り上げた芸術品のような、冷たいまでに整った顔立ち。


 彼こそが、この地を治める辺境伯、カイ・フォン・アイスバーグ様。「氷の騎士」という異名を持つ、北の守りの要だ。

 その異名の通り、彼の周りだけ気温が数度低いような凛とした空気が漂っている。無表情で感情の読めない瞳が私をじっと射抜く。


 普通なら、その威圧感に竦み上がってしまうところだろう。

 でも、私は別のものに釘付けになっていた。


(あ……)


 カイ様の胸元で輝く、美しい銀細工のブローチ。アイスバーグ領の紋章だろうか。とても精緻で素晴らしいデザインなのに、ほんの少しだけ、表面が曇っている。


 ああ、なんてこと。磨きたい。

 今すぐ、私の秘蔵の磨き布でキュッキュッと磨き上げて、本来の輝きを取り戻してさしあげたい。


「……何か、私の顔に付いているか?」


 私が食い入るように胸元を見つめていることに気づいたのか、カイ様が怪訝そうに眉をひそめた。


「い、いえ!滅相もございません!ただ、その…あまりにもお美しくて…」


 つい、心の声が漏れそうになって慌てて取り繕う。嘘ではない。カイ様は本当に美しい。美しいからこそ一点の曇りもあってはならないのだ。


「お世辞はいい。君の処遇だが――」


 カイ様が冷ややかに本題を切り出そうとした、その時だった。

 私の口は、思考よりも先に動いていた。


「あの、カイ様!大変恐縮なのですが、お話しの前に、まず、そちらの窓を磨かせていただいてもよろしいでしょうか!?」

「…………は?」


 時が止まった。

 カイ様の、あの氷のように完璧な無表情に、ピシリと小さな亀裂が入ったのを、私は見逃さなかった。彼の蒼い瞳が、信じられないものを見るかのように大きく見開かれている。


 しまった、と思ったけれど、もう遅い。


 私の視線は、謁見の間のどんよりと曇った窓ガラスに完全にロックオンされていたのだ。


 ああ、あの窓を磨けば、きっとこの部屋はもっと明るくなる。カイ様の美しいお顔も、もっと輝いて見えるに違いない。

 そう思うと、もう居ても立ってもいられなかった。


「さあ、ピヨちゃん、出番よ!」


 私はスカートのポケットから愛用のハタキを取り出し、固まっているカイ様を尻目に意気揚々と窓辺へ向かう。


 こうして氷の騎士様との初対面は、私が一方的にお掃除の許可を求めるという、前代未聞の謁見となったのだった。

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