第15話 元婚約者の絶句
「皆様、聞いてください!我がアイスバーグ領に、王都よりお客様がお見えになります!しかも、第二王子エドワード様ご本人ですわ!」
視察団の来訪まであと数日と迫った日。
私は屋敷のメイドや使用人たちを食堂に集め、高らかに宣言した。
「つきましては、本日これより『プロジェクト・クリーンキャッスル』を発動します!目標はただ一つ!このお屋敷を、王城のどの部屋よりもピカピカに磨き上げること!さぁ、皆さん、始めましょう!」
私の檄に使用人たちは、
「「「おおーっ!」」」
と拳を突き上げて応える。
聖女様である私の一声は、今や絶対だ。
屋敷の者たちは、私の的確な指示のもと一糸乱れぬ動きで大掃除を開始した。
「そこのあなた!床板の木目の隙間に、0.01ミリの埃が見えますわ!やり直し!」
「窓ガラスは、そこに存在しないかのように透明に!鳥がぶつかってしまうくらい磨き上げなさい!」
そんなスパルタな指示を飛ばす私を、カイ様は少し離れた場所から、なんとも言えない表情で眺めていた。
「アリシア」
「はい、カイ様!何かお気づきの汚れでも?」
「…いや。その…エドワード王子には、無理に会わなくてもいい。お前は辛い思いをしただろう」
カイ様が、私の心を気遣ってくれている。その優しさは嬉しいけれど、私の思考は別の方向を向いていた。
「とんでもございません!お客様をお迎えする侍女として、最高の状態でお会いするのが礼儀というもの。それに…」
私はきゅっと拳を握りしめる。
「追放されたあの日から、どれほど私のお掃除スキルが向上したか、王子様にご覧いただく絶好の機会ですわ!」
私のあまりにも前向きな決意表明に、カイ様は額に手を当てて天を仰いだ。
そして、運命の視察団来訪日。
辺境領の領都に到着したエドワード王子と、その隣で腕を組むリリア嬢の一行は、目の前の光景に言葉を失っていた。
彼らの知る、寂れて瘴気に満ちた辺境の姿はどこにもない。街は活気に溢れ、人々は明るい表情で働き、空気は王都よりも澄み切っている。
そして、一行を迎えた辺境伯の屋敷は、彼らの度肝を抜いた。
太陽の光を反射して輝く壁、鏡のように磨き上げられた床、一点の曇りもない窓ガラス。それはもはや「綺麗」という言葉を超えて、「神聖」な領域に達していた。
「……なんなのだ、これは」
エドワード王子が呆然と呟く。
そんな彼らの前に、カイ様と、その隣に控える私、アリシアが進み出た。
「ようこそお越しくださいました、エドワード王子殿下」
カイ様の氷のように冷たい声。しかし、王子の目は、カイ様ではなく、その隣に立つ私に釘付けになっていた。
自分が追放した時の、みすぼらしい侍女の姿はどこにもない。背筋をすっと伸ばし、穏やかな自信に満ちた笑みを浮かべるアリシア。その胸元では、カイ様から贈られた青い宝石のブローチが、王子の目を射るかのように、キラリと輝いていた。
「あ、アリシア…!?な、なぜ貴様のような者が、ここに…!」
嫉妬と後悔と、そして理解不能な感情に染まった声で王子が叫ぶ。
それに対し、私は少しも動じることなく、満面の 笑みを浮かべると、白鳥のように優雅なカーテシーをしてみせた。
「ようこそお越しくださいました、エドワード様」
そして顔を上げ、きらきらと輝く瞳で、こう言ったのだ。
「このお屋敷の床はいかがですか?わたくしが心を込めて磨きましたの。チリ一つございませんでしょう?」
最悪の再会は、最高に空気を読まない私の挨拶によって幕を開けたのだった。




