第13話 聖銀の輝き
「うわぁ……」
鉱山に一歩足を踏み入れた鉱夫さんたちから、絶望のため息が漏れた。
内部は、外から見た以上に悲惨な状態だった。壁は黒い粘液のようなもので覆われ、足元には淀んだ水たまりが広がっている。ツンと鼻をつく異臭と肌にまとわりつくような濃い瘴気。
ここがかつて豊かな銀を産出していた場所だとは、にわかには信じがたい。
「もうダメだ……この山は死んでる……」
そんな諦めの声が聞こえる中、私の心は真逆の感情で満たされていた。
(すごい!なんてガンコで複合的な汚れなの!壁の粘液、床のヘドロ、そして空間全体の瘴気!まとめて綺麗にしてあげるわ!)
「では、始めます!」
私は帽子のライトを最大にすると、カイ様が用意してくれた高圧洗浄機のような魔道具を構えた。魔力を込めると、ノズルの先から浄化の力を宿した水が勢いよく噴射される。
ザシャァァァァッ!
壁にこびりついた黒い粘液が、気持ちいいほど綺麗に洗い流されていく。粘液の下から現れたのは、本来のゴツゴツとした岩肌だ。
私の「浄化」の水流を浴びた岩は瘴気の穢れを完全に落とされ、清浄な気配を放ち始めていた。
「おお……!」
「壁が……綺麗になっていくぞ!」
最初は遠巻きに見ていた鉱夫さんたちが驚きの声を上げる。
「皆さん、ぼーっとしてないで!綺麗になった壁から、鉱石が掘れるか試してみてくださいな!」
私の檄が飛ぶと、鉱夫さんたちは半信半疑でツルハシを手に取った。
そして、綺麗になった岩肌を掘り進めると……。
カキンッ!
「ひ、光った!銀だ!穢れていない、綺麗な銀が掘れたぞ!」
その一言をきっかけに鉱山の空気は一変した。
諦めは希望に変わり、鉱夫さんたちは我先にと、私が浄化した後の壁を掘り進め始めたのだ。活気を取り戻した鉱山に、私は満足げに頷く。
「アリシア、休憩しろ。水を」
夢中で洗浄作業を続けていると、いつの間にか隣に来ていたカイ様が水筒を差し出してくれた。
「ありがとうございます、カイ様!監督としての的確なご指示、助かります!」
「…監督…」
カイ様が何か呟いた気がしたけれど、私は気にせず水を飲む。
ああ、労働の後の水はなんて美味しいんだろう。
「顔に汚れがついているぞ」
カイ様がそう言うと、彼の指がすっと伸びてきて、私の頬を優しく拭った。その予期せぬ行動に、私の心臓がドキリと跳ねる。
「わっ、申し訳ありません!監督のお手を汚してしまいました!」
「……いや。これは、汚れではないな」
カイ様は私の頬を拭った指先をじっと見つめると、ふっと、困ったように微笑んだ。その一瞬の表情に、私はなぜか顔が熱くなるのを感じた。
そんなやり取りをしながらも、私たちの浄化作業は鉱山の奥へ奥へと進んでいった。そしてついに最奥部、最も瘴気が濃い空間へとたどり着く。
「ここが最後の大ボスね…!」
私は気合を入れ直し、最後の仕上げとばかりに、正面の巨大な岩壁に浄化の水を噴射した。すると、黒い岩肌がまるでかさぶたのようにボロボロと剥がれ落ち、その内側から目も眩むほどの眩い光が溢れ出してきたのだ。
それは、雪のように白く、月の光のように清らかな輝き。ただの銀ではない。
その神々しいまでの輝きに誰もが息をのんだ。
「ま、まさか…!こ、これは…!」
ベテランの鉱夫の一人が震える声で叫んだ。
「伝説の…『聖銀』の鉱脈だぁぁっ!」
その絶叫が響き渡る中、私はと言えば、ただうっとりとその輝きに見惚れていた。
(まぁ…!なんて美しい壁なんでしょう!まるで鏡みたい!これは磨きがいがありますわ!)
伝説の鉱脈を発見したという歴史的瞬間に、私の思考は、いつも通り、最高のお掃除対象の発見に向けられていたのだった。




