夜更けトースト
針の音も聞こえそうな深夜零時過ぎ、
リビングの灯りが一つだけぼんやりと灯っている。
「……まだ起きてたのかよ。」
自室から出てきたナオは、ソファで丸くなっているルカを見つけて眉をひそめた。
膝を抱えて、ただ天井をぼーっと見つめていたルカは、ようやく顔だけをこちらに向けた。
「……なあ、ナオ。夜中にさ、無性にトースト食いたくなる時ってない?」
「……は?」
唐突すぎる質問に、ナオは面食らう。
「耳のとこがカリッとしててさ、バター塗るとじゅわって……。
あれ、深夜に食うと、めっちゃうまいんだよ。知らねぇだろ、ナオは。」
「知らねぇな。聞いてて胃がもたれそうだ。」
「それがな……食パン、切れてんだよ。くそ。」
思わず笑ってしまいそうになるが、ナオは真顔を崩さず、冷蔵庫に目をやる。
「……冷凍してたのが一枚だけ残ってたはずだ。」
「……マジ?」
立ち上がったルカの顔が、露骨にぱぁっと明るくなる。
ナオは無言でトースターに食パンをセットしながら、心の中でため息をついた。
(……ほんと、こいつは……)
カリッという音と、香ばしい香り。
台所の明かりの下、ルカがトーストにバターをのせると、それがじわりと溶けて染み込んでいく。
「ナオも食う?」
「いや、要らねぇ。」
「だーよな……じゃ、俺だけで堪能する。」
そう言ってかじりついたルカの頬が、ほんの少しゆるんだ。
目尻の力が抜けるその表情を見て、ナオはふと、口元に笑みを浮かべた。
「……そういう顔してる時が一番マシだ、お前は。」
「ん? 褒められてる?」
「たぶんな。」
ルカは笑った。
さっきまでの空虚さが、トーストとナオの無言のやさしさで、少しだけ満たされていく。
時計の針が深夜1時を指すころ。
ふたりの間に流れる空気は、いつもと変わらず、ただ少しだけ、温かかった。