裁縫道具常備の男
※本作は、『俺たちは、壊れた世界の余白を埋めている。』の非公式短編集です。
本編において非BLで描かれている、鷹宮ルカと芹原ナオの関係性を、“感情の供養”という形で綴っています。
恋愛描写はありませんが、衝突・依存・距離の歪みなど、人によっては特別な温度に感じられる場合があります。
ご理解のうえ、解釈は各自にお任せいたします。
「なあナオ、ちょっとだけ手貸してくんね?」
「またか」
「“また”って何だよ、初犯みたいな顔してるだろ俺」
「してない。反省の色がまったくない」
ルカは襟元を引っ張って見せる。
ボタンが一つ、ぷらんと糸から外れかけている。
「いや、今回はマジで自然に外れたんだって。椅子の背もたれに引っ掛けて――」
「三回目だ、それ。今年入って」
ナオはジャケットの内ポケットから、小さな針箱を無言で取り出した。
それを見たルカが、やや引き気味の顔で笑う。
「え、常備してんの?まさか俺のためだけに?」
「他に誰がいる」
「えっ……愛されてんなぁ俺!」
「わざと手元狂わせていいか?」
ナオはしゃがんで、ルカの襟元に指を添える。
針に糸を通しながら、手際よくボタンを縫い止めていく。
「……すげぇな、ダーリン。嫁力高ぇ」
「お前のせいでな」
「俺の育て方が良かったんだな」
「次外れたら、自力でやれ」
「えーなら外れたままでいいや」
縫い終えたボタンを指で弾いて、ナオが立ち上がる。
「…甘えんな」
「信頼してる、っていうんだよ」
「もう黙ってろ」
なんだかんだで、今日もルカは服を着て生きていける。