ぬるいコーヒー
朝の光が差し込む事務所の一角。
窓際のテーブルで、ナオが無言でカップを口に運ぶ。
ルカが淹れたコーヒーは、いつも微妙にぬるい。
「……相変わらず、温度管理が壊滅的だな。」
ナオがぼそりと呟くと、キッチンの方で派手にミルク缶を落とした音がした。
「え、今の俺に対する批判?」
「他に誰がいんだよ、この空間に。」
「……冷めても飲めるように、って、愛じゃん?」
「いらねえよ、そんな温度の愛情。」
「え、……俺の愛情、温度だけで拒否すんの……?泣くよ?」
「そんなんでお前が泣くかよ。」
軽口の応酬に、静かな空気が流れる。
ルカがカップを両手で持って、ナオの向かいに座った。
「でもさ、俺はナオがこうやって黙って飲んでくれてるの、結構好きなんだよな」
「ぬるいのを?」
「文句言いながらでも、“ちゃんと受け取ってくれる”とこ。」
「……また、そうやって調子いいこと言う」
ナオはため息交じりに言いながらも、もう一口すする。
ぬるいけど、悪くはなかった。
「次はもうちょい熱くしとけ。」
その一言に、ルカの目が鋭く光る。
そして人差し指をナオの顎にそっとあて、
にやり、と笑った。
「……分かったよ、ハニー?可愛がってやんよ。」
「……コーヒーの話だ、バカ。」
「…つれねぇなぁー。」
ふたりの言葉が重なって、同じタイミングで笑いが漏れる。
何気ないやりとり。
けれどそれは、この世界で最も“安全な時間”だった。