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序章-3

オーダーはニャッ!?と鳴き声をあげてバタバタと暴れ始めた。

「な、何をしている!離せ人間風情が!!!」

「まだ俺を操ろうとしたことへの謝罪を聞いていないぞ?」

マチコは興奮して足元を行ったり来たりしている。


「誰が謝罪などするものか!早く離せ!おい女装男、我を助けろ!!」


ニコニコ微笑ましそうに様子を見ていたアスラさんは『女装男』という言葉を聞いた瞬間、スッと真顔になった。


「もちろんですオーダー様。今の言葉を取り消していただけたらすぐにでも助けましょう」

あの温厚なアスラさんの真顔にオーダーも少し怯んだようだ。

「なっ、じ、事実ではないか!我は取り消さぬぞ!」

「そうですか。では、残念ですが僕はお力になれません」

声色だけは取り繕っているが、とても残念そうには見えない。


オーダーは舌打ちし、羽を駆使してなんとか逃れようとしている。

「一言ごめんなさいと言えば済む話なんだぞ?言ってみろよ?」

「嫌だ!我は高貴な悪魔だ!認めないぞ!!」

俺はオーダーへ顔を近づけ、目を合わせて言った。

「どうしてもか?」

オーダーはキッとこちらを睨みながら甲高い大声で叫んだ。


「どうしてもだ!!」


そうか。それなら仕方ない。

「マチコ」

「ワンッ!」

俺の周りを行ったり来たりしていたマチコは、ようやく出番かとしっぽを振り回している。


「この子猫ちゃんは今日から君のお友だ……あ、こら」

言い終わらないうちに、マチコは宙ぶらりんになっているオーダーの足に優しく噛み付いた。


すると、ポンッという小気味よい音とともに見覚えのある持ち運び用ケージと太い紐が現れた。

前の世界でマチコが使っていたものと全く同じケージだが、子猫に合わせて少し小さくなっているようだ。


「な、なんだこのふざけた箱は!出せ!!」


オーダーは中に閉じ込められ、ガチャガチャと暴れている。マチコが紐を咥え期待を込めた目でじっと見つめてくるので、首元へ括りつけてやると、嬉しそうに飛び跳ねアスラさんの方へ自慢しに行った。マチコの体が大きいため安定はしているようだが、かなり揺れたのかオーダーの怒鳴り声が聞こえる。

「さすが魔王様ですね!恐れ入りました。」

アスラさんは胸に手を当て、ニッコリと微笑んだ。

「オーダー様、僕はアスラと申します。よろしければ名前で呼んでくださいね。」

マチコの首からぶら下がっているケージを覗きこみ、眉を八の字にしながらそう言った。

オーダーは相変わらず暴れ回っており話を聞いていないようだ。


「オーダー、手荒な事をして悪い。実は少し聞きたいことがあるんだ。答えてくれたら出すよ」

俺もアスラさんの隣でしゃがみこみ、ケージの側面の格子からオーダーに話しかけた。

オーダーは非常にイライラしているようだが、動きを止めて俺の言葉を待っている。


「俺達は元の世界に戻れるのか?」

「無理だ!」


オーダーは即答し、前足を伸ばした。

「もうお前たちの体はこの世界に適応して作り替えられているからな。向こうとは全ての理屈が違うのだ、残念だったなぁ」

オーダーは楽しそうに目を細めてこちらを見ている。


「せめて一瞬だけでも元の世界の人に会う事はできないのか?」


俺は、母をひとりで残してきてしまったことが気がかりだった。

会うことが叶わなくても、俺たちは元気でやっているということを伝えなければ。


オーダーは少し考えてから、前足の上に顔を乗せて退屈そうに答えてくれた。


「霊属性の術を極めれば、魂を用いて会話をすることくらいは出来るかもしれんが、可能性は極めて低い」


霊属性。つまり俺にもチャンスがあるということだ。


「分かった、ありがとう」


「さあ、お前の聞きたいことには答えてやったぞ。我はこれから忙しいのだ!早く出すがいい」

オーダーは偉そうに顎をクイッと上げた。

「ああ。もう人の体乗っ取ろうとしたら駄目だからな」

そう釘を刺してから格子のドアを開けてやると、オーダーはぴょんっと飛び降り、こちらを向いてべっと舌を出した。

「まったく散々な目に遭ったわ!二度と我の前に姿を現すなよ!」

そう言い残し、こちらに背を向けて歩き出す。

寂しそうにクーンと鳴いているマチコを撫でながらその後ろ姿を見ていると……


オーダーは突然ドテッと転けた。


水草に足を取られたようだ。


俺たちは示し合わせたかのようにそれぞれがあさっての方向を向き、何も見ていませんよ、といった風に思い思いのアピールをした。


しばらくオーダーの目線を感じたが、またペタペタと湿った足音が聞こえたので、さりげなく見守っていると、今度は底なし沼にハマってしまったようだ。

焦ってもがく度にどんどん抜けられなくなっており、マチコなんて今にも走って駆けつけてしまいそうだった。

俺とアスラさんでマチコを抑えながら様子を見ていると、オーダーはハッと何かに気づき、羽をパタパタと動かし始めた。

自分に羽が生えていることを忘れていたようだ。少しずつ浮き上がり、ようやく沼を抜けると、オーダーは注意深く着地した。俺たちが胸を撫で下ろしていると、バッとこちらを振り向いたので、また慌てて顔を逸らした。

先程よりも少し長い静寂の後、オーダーは再び歩き始めた。目線を戻すと、なんとゲル状のモンスターが今にもオーダーに襲いかかろうとしているではないか。

俺たちがオロオロと慌てていると、ついにマチコは突進して行ってしまった。

マチコがモンスターに思い切り噛み付くと、パン!と音を立てて破裂し跡形もなく消えた。

オーダーは弾かれたように振り向くと、顔がみるみる真っ赤になっていった。


「お、お前達やはり見ていたな!?」

「いえいえ、何も見ていませんよ」

アスラさんは白々しく手を横に振っている。

「うん、全く見てない。見てないな〜」

俺もうんうんと頷きながらオーダーの方へゆっくりと近づく。


流石にこんな子猫を一匹で送り出す訳にはいかない。どうにか保護しなければ。


「こ、この辺りに湧く魔物など大したことはないのだぞ!!我一人でも対処できたのに余計なことをしおって!!」

オーダーがペチッとマチコの前足をパンチすると、マチコは嬉しそうにオーダーを舐めた。

「やめろ汚い!!」

顔を叩かれてもマチコは嬉しそうだった。

「オーダー、俺やっぱりお前に謝ってもらわないと気が済まないわ」

俺はオーダーの目の前まで来るとしゃがみこみ、優しく持ち上げた。

「何をしている!?離せ!」

オーダーは例によって大暴れし始めたので、急いでマチコの首元のケージに入れて格子ドアを閉じた。

「謝ってくれたら出してあげるからな」

格子の間からにっこりと微笑みかけると、オーダーはフーッと威嚇してみせた。マチコはよほど嬉しいのか、オーダーの入ったケージの上に顎を乗せてご機嫌だ。

「ソータさん、ナイスです」

アスラさんはいたずらっぽい笑顔でサムズアップをしてくれた。

「ありがとうございます」

俺も同じく親指を立てて返した。かなり砕けた態度をとってくれるようになって、少し距離が縮まったようで嬉しく感じる。

「あの、アスラさんはこの後どうされるんですか?」

俺がそう聞くと、少し言いづらそうに目を泳がせた。


「えっと……僕は、この服をどうにかしたくて旅しているところだったんです。」


アスラさんは左右に大きくスリットの入ったスカートを摘んだ。下には半ズボンを履いている。


「この際、聖職者になっちゃった事は良いですよ。でも服装まで選べなくなるのはあんまりじゃないですか!?」


そう言って顔を覆い、しゃがみこんでしまったので、俺はその背中にそっと手を置いた。


「あの…アスラさん、もしあなたが良ければ俺達も同行させて貰えませんか?」


アスラさんはぱっと顔を上げ、驚いた表情でこちらを見ている。


「この世界のことを学びたいんです。人数は多い方が分かることもあるかもしれないし、どうですかね?」

俺がそう言っている間にも彼は段々表情が明るくなり、最後には満面の笑みになった。


「もちろんです!!こんな事、地元の誰にも相談できなくて心細かったんですよ。ぜひお願いします!」


アスラさんは勢いよく立ち上がって俺の手を取った。本当にさっきまでとは別人のような振る舞いに若干戸惑う。

「よ、よろしくおねがいします…」

勢いに圧倒されながらも握手に応じると、彼は嬉しそうに顔を綻ばせた。


「じゃあ同じパーティメンバーになる事だし、僕のことはアスラと呼んでください!あ、僕もソータって呼んじゃおうかな」


すごい距離の詰め方をされて動揺していると、マチコがのそのそと歩いてきた。オーダーは暴れ疲れてぐっすり眠ってしまったようだ。


「ああ、魔王様!これから僕もお供させていただきます。お力になれることがあれば、なんでもお申し付け下さい。」


彼は先程とは一変して、恭しく胸に手を当て軽く頭を下げた。


この変わり身の早さ。

―――もしかしてこの人は、単に恐ろしく現金なだけなんじゃないだろうか。


「アスラさ……アスラ?」

俺が話しかけると、彼は顔を上げてニッコリ微笑んだ。


「もちろん、ソータも困ったことがあったら言ってね!僕がなんでも教えてあげるよ」


やはり。俺は完全に見下されている。

ふんわりとして気の優しそうな見た目とは裏腹に、ガッツリ上下の判断をするタイプだ。俺のステータスがほぼ0だからか、彼の中でかなり下の方に置かれたらしい。


「……ありがとう」

まあ、俺もなりふり構っていられない。格下扱いされようが甘んじて受け入れよう。

アスラは微笑みながら大きく頷き、俺の手を握った。


「それじゃ、まずは魔法の専門家に会いに行こう!」


彼は手を握ったまま、目を輝かせて言った。


「魔女の家へ!」


「ワフッ!」

マチコはオーダーを起こさないよう、小さく吠えた。


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