7 母親になるわ
侍女たちは揃って声をあげ、慌てた様子で私を止めようとした。その理由に納得したものの、私は一歩も引くつもりはない。
――こんなことでひるんで手を引くなんて、私には考えられない。だって、私はもうキーリー公爵夫人で、あの子の母親になったのだもの!
「や、やめて。こないで。ぼく、だれもきずつけたくないのに……とめられないんだ。ぼく……こわいでしょう? みんな、ぼくをこわがるんだ」
私は水魔法を使えるが、その魔力量は平均的な貴族より少し多い程度。それに比べ彼の魔力は膨大で、私はその差に圧倒されたけれど、なんとかしてあげたい一心で突き進む。
「アベラール様を怖いとは思わないわよ。待っててね。今、そばに行ってあげるから」
私は火の玉を避けながら、冷静に水魔法を駆使し、アベラールに近づいていく。執事や侍女達が必死で止める声も無視を決め込んで。そして、彼を優しく抱きしめた。魔力が暴走して、壁に当たった火がカーテンや棚に燃え移っていくのを見逃すことなく、水魔法でそれらも鎮火した。
「奥様、袖口が焦げていますよ。まぁ、腕に少し火傷が……すぐに手当をいたします」
「あら、ほんとだわ。ちょっと、ヒリヒリするけどたいしたことないわ、大丈夫よ。それより、アベラール様。初めまして、私はジャネット。これから仲良くしましょうね。 」
にっこりと微笑むと、アベラールは号泣しながら私に抱きついてきた。
その後、キーリー公爵家のお抱え医師に腕の火傷を見てもらうと、アベラールの魔力の暴走でこれほど軽傷で済んだことに、感心していた。
「奥様には魔力耐性があるようですな。まともに坊ちゃんの火魔法の攻撃を受けて、これほどの軽傷とはあり得ませんよ」
「魔力耐性? 自分では気がつきませんでしたわ。たしかにアベラール様の魔力は膨大ですものね。この程度の火傷で済んだのは、私だからなのでしょうか? だとしたら、この体質に感謝しなければね」
「ご、ごめん……なさい。ぼく……わざとひのたま、つくったんじゃないの……」
私は幼子を抱きしめて、もちろんわかっている、と告げた。年齢を聞いたらまだ五才になったばかりだという。
「私が来たからにはもう大丈夫。それにね、私をお母様と呼ばなくてもいいのよ。名前で呼んで。ジャネットだからジャネとかネーネでもいいわ」
「……うん。ジャネ……ってよぶ」
お母様という言葉にピクリと肩を震わせたアベラールの様子を見て、私は思わず胸が痛んだ。やはり、実母は相当問題ありの女性だったのだろう。執事の言う通り、ヒステリックな母親の態度が、彼に深い傷を残しているのだと感じた。
私は、どれほど自分が愛されて育ったかを思い返し、その両親に心から感謝した。あの愛情を、今度は私がアベラールに注ぐ番かもしれない……うん、きっと、そうよね。私、この公子のいい母親になろう。
「ジャネ……そのやけど……いたい? ごめん……なさい」
「大丈夫。すぐに治るわ。それよりアベラール様は、湯浴みをして新しいお洋服に着替えて、さっぱりしましょうね。これからは私がお世話をしてあげるわ。お部屋も掃除させなくてはね」
「ほんとうに……? いっしょに……いてくれるの?」
嬉しそうに抱きつくアベラールを、私はギュッと抱きしめた。子供のぬくもりって、なんてあたたかいんだろう。
妹や弟の面倒を見ていた頃を思い出す。エッジ男爵家の侍女は一人だけ、メイドもひとりだった。私たちはなるべく自分のことは自分でするように育てられた。けっしてお金に困っていたというわけではなくて、領民に寄り添った暮らしということを心がける、というのがエッジ男爵家の家訓だったから。
私はアベラールの湯浴みを侍女に混じって手伝い、清潔な衣服に着替えさせると、思いっきり明るい声で声をかけた。
「さて、これからなにをしましょうか? 早速、一緒に遊びましょう!」
「だったら、あの……ぼく、おきにいりのえほんがあるの。いっしょに……えほん……よんでくれる?」
「もちろんよ!」