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女嫌いの公爵様に嫁いだら前妻の幼子と家族になりました  作者: 青空一夏


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50 アンナとルカ、皇后に気に入られる

 教壇の壁に大きな紙が貼られている。それは拡大された刺繍図案であり、手順ごとに番号が振られていた。ルカはそれを指差しながら、丁寧にゆっくりと説明していた。

「ここの花弁は三番の手順通りに進めて。縁取りに段差が出ないよう、ここは糸を少し引き気味に」


 生徒には等身大の刺繍図案が配られそこにも手順どおりに番号がふってあり、複雑な刺繍もわかりやすく詳細に、説明文が添えられていた。どの段階でどの針運びをするのかが一目でわかる工夫だった。


「余裕ができたら見本通りに刺繍するのではなく、少し糸の色を遊ばせてもいいよ。布の地色との相性も考えて自分らしく仕上げてごらん」

 その一言に、生徒の顔がぱっと明るくなる。ルカの教え方は正確だが、型にはめるだけではなく生徒の自由な感性も尊重していた。


 職人には、先輩の技を盗み見て習得するという風潮がある。しかし、ここは短期間で技術を習得できる方法を研究した学校だ。ルカは出し惜しみせず、自らの技術をしっかりと伝え、生徒たちは必死にその技術に追いつこうとしていた。これこそが、私が目指していた職人養成学校の姿だ。


 さらにお隣の教室に移動する。そこでは実務講義をするアンナの朗らかな声が響いていた。


「今日はね、刺繍糸についてお話ししますよ。普段使いの糸は糸屋さんで十分だけれど、貴族の方々に購入してもらう品物を作る時は、染め糸屋さんを訪ねること。雑貨屋さんのはだめよ。安くても色が飛んだり、毛羽立ったりして仕上がりが台無しになるわ。糸を選ぶときは、自分の手の上にちょっと乗せて肌映りを確かめたり、複数の糸を買うときは、できるだけ同じ染め上がりの束を選ぶこと。あとね、もうひとつ裏技があるわよ」

 アンナは私の方をチラリと見てから、こう言った。

「我らが尊敬すべきキーリー公爵夫人の話題を提供すること。もちろん良い噂だけよ。例えば今日のドレスの色は何色でデザインがどうで、とてもお似合いだったとか。髪飾りはどんな宝石が使われていて、髪型がどうだったとかね? ここの学校の生徒だけが知っている情報ですものね? 公爵夫人は三日に一回はここにいらっしゃるのだから。染め糸屋さんの女将さん達は、上流階級の方々の生活を聞くのが、かなりお好きなのよねぇーー。仲良くなれば一生、特別価格で刺繍糸を売ってくれます!」

 くすくす笑いながらつけ加えた。


 私は思わず吹き出しそうになった。まったく、アンナったら……


 皇后が朗らかに笑いながらおっしゃる。

「まぁ……やはり貴族の装いというものは、皆の憧れなのですね。ますますキーリー公爵夫人の影響力が広がりそうですわね。あのふたりとゆっくりとお話しがしてみたいです」


「ふたりとも喜ぶでしょう。生徒たちへの授業が終わったら、公爵邸に来るように伝えておきますわね。アンナとルカはとても楽しい人たちですのよ。アンナはドノン商会長の一人娘で、上質な原材料を安価で仕入れる術に長けています。刺繍糸も独自のルートで鮮やかな多種類の色を揃えることができるんです。彼女の人柄でしょうね。それから、ルカは文字通り刺繍の天才ですわ。ああ見えて、アンナ一筋で、とても仲の良い夫婦なのですよ」


「まあ、人となりを聞いているだけで、仲良くできそうな気がしてきましたわ。アンナさんとルカさん。貴重な人材なのですね」


 私は胸を張って、「そのとおりですわ」と申し上げた。


 屋敷に戻り、皇帝は公爵とお話しがあると、執務室に向かって行った。男性同士の話があるようなので、私と皇后はサロンでおしゃべりをする。皇女たちはお昼寝の時間で、アベラールは庭園でミュウと遊んでいた。

 しばらくすると、授業を終えたルカとアンナがやってきた。二人とも少し緊張した面持ちだったが、皇后はやさしく微笑んでお声をかけられた。


「お二人とも。先ほどの授業、とても楽しく拝見いたしましたのよ。アンナさん、染め糸屋の女将さんとのお話のコツ、私もぜひ伺ってみたいわ」

「はい、皇后陛下。あの方たちは、難しい話よりも楽しい世間話が大好きです。冗談めかして公爵夫人の装いの噂でも少し聞かせれば、たちまちご機嫌になりますわ。コツは湿っぽい話や悪口ではなく、楽しくて誰も傷つかない話題を選ぶことですわ。そして相手の長所をひとつだけほめることです」


 アンナはにっこりと笑って答えた。


「まあ、ふふふ。そうした気遣いも大切なのですね。私も今度試してみたくなりましたわ」

「アンナは商売の場でも、そうした細やかな気配りを忘れないのですよ」


 私たちは女同士、立場は違えど、大いに盛り上がった。

 ルカも適切なタイミングで気の利いた一言を挟み、皇后が思わず大笑いされる場面もあった。

 やがて皇后はふと私たちを見渡し、軽やかに、けれどもきっぱりと前置きを添えて言葉を続けられた。


「これは社交辞令ではありませんよ。いずれ帝国でも、姉妹校のようなものを作ってみたいですわ。それに、あなたがたを友人として帝国にお招きしたいとも思います。王国にはない珍しい食べ物や美しい景色、楽しいお祭りも帝国にはたくさんあります。そうしたものに触れることで、さらに刺繍の世界も広がるでしょう。芸術的な感性が磨かれるという意味ですわ。まぁ、私がまた皆さまとお話ししたいだけなのですけれどね」


 気さくに語りかけられる皇后に、私たちは思わず感動してしまった。


「もちろんですわ、陛下。楽しみにしております」


 私は思わず顔がほころんでいた。


 ⟡┅┅┅━─━┅┄ ┄┅━─━┅┅┅⟡


 ※一方、公爵のほうは……次のお話は公爵視点で、皇帝に白い結婚のことをつい打ち明けてしまいます。さて、どうなるのでしょうか?続きもお見逃しなく!








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