48 国王退場
国王は、皇帝夫妻が私たちと親しく話していたのを見て、明らかに自分の存在を無視されたと感じたようだった。その不満が言葉一つ一つににじみ出ており、晩餐会の空気が凍りつく。皇帝陛下は表情ひとつ動かさず国王を見つめていた。
「ふむ。王とて、語るに値する存在でなければ、話題の中心にはいられぬものだ。しかも、朕は先ほど王とは親しく会話を済ませておる。あいさつも交わしたであろう?」
ひやりと張り詰めた空気があたりに漂う。貴族たちの誰もが、これ以上国王が発言しないようにと、息を詰めて祈っていた。だが国王は、そこで止まらなかった。
「は? 余を語るに値する存在ではないと、そうおっしゃるのか? どうせ貴国も、狙っているのはあの白銀竜だろう? たかが猛獣ひとつに、どれほどの価値があるのか……いずれは牙をむくとも限らぬ。むしろ鎖に繋ぎ、誰が主であるのか教えてやるべきではないか?」
その瞬間、私の隣でアベラールが拳をぎゅっと握りしめ、怒りの表情を浮かべたのが目に入った。
「ミュウは、ぼくのおとうとだ……くさりでつなぐ……そんなこと、ぼくがゆるさないよ」
小さな声だったが、アベラールは、はっきりとそうつぶやいた。次の瞬間、国王の目の前に、ごうごうと燃えたぎる炎が渦巻く。
それは王を傷つけることなく、ただ威圧するように凄まじい魔力の気配を放っていた。不思議と熱は感じなかったが、炎の中から火の鳥が鋭い爪を振りかざし、ひっかこうとするかのように王の目前で舞っては、ふっと掻き消えた。
「炎の幻影か……アベラール、王を脅すのはやめなさい。王は、冗談で言っただけなのだから。そうですよね?」
公爵の声は静かだったが、その響きには明確な釘が刺されていた。
「は? キーリー公爵家の公子よ。王たる余を脅したというのか? なんという傲慢な……そなたのような幼子にまで舐められようとは、おまえはいずれ後悔することになるぞ!」
「……おい、俺の息子は当然のことをしただけだ。家族と思っている子竜を守ろうとしてなにが悪い? いくら国王でも息子を脅すような真似は許さんぞ」
公爵がゾッとするほど冷たい声で国王に向けて怒りをぶつけた。
「父上!」
王太子が、慌てて席を蹴るようにして立ちあがる。
その顔は青ざめ、額には汗がにじんでいた。
「キーリー公爵、どうかご容赦ください。……父は近頃どうも様子がおかしく、記憶が抜け落ちたり、場にそぐわぬ発言をしたりすることが増えておりまして。皇帝陛下、皇后陛下にもお詫び申し上げます。侍医の助言もあり、父にはそろそろ政務から退いてもらおうと考えております……」
深々と頭を下げる王太子の姿に、貴族たちの間にも、ほっとしたような空気が広がった。公爵と国王が正面から争う場面など、誰ひとり望んでいないのだ。公爵が本気で怒れば、この国を離れ、独立国家として立つことすら不可能ではない――そのことは、誰もが知っている。
「国王は、長きにわたってステイプルドン王国を治めてこられた。その疲れが、かなり出てきているんだろうな。これからは王太子がしっかりこの国を治めていけばいい。俺は王太子を支えて、これからもステイプルドン王国のために動くつもりだ。皇帝陛下、どうか、王の不適切な発言は水に流していただけるとありがたい」
公爵が深く頭を下げる。
「なぁに。あれくらいの無礼など気にもしておらんよ」
皇帝は軽く笑い、手元のグラスを持ち上げた。
「王太子が王位を継ぐというなら、朕に異存はない。めでたいことではないか」
「……本当に申し訳ありません、父の無礼な振る舞い、重ねてお詫び申し上げます。私がこの国を、必ず正してみせます」
王太子はそう言って、騎士たちに視線を送った。
合図を受けた騎士たちが、国王のもとへ向かい退場を促す。
「こらっ、王太子! 余をボケた老人のように扱うでない! 断じてそんなことはないぞ! なんたる屈辱! 手を離せ、無礼者ども! 離せと言っておるのだ、余はまだまともだーーっ!」
怒鳴り声が響き渡る。もちろん、その姿を見ていた誰もが、うすうす気づいていた。
(……いや、どう見てもボケてはないよな)
それでも、そういうことにしてしまうのが、今この場を収める最善の道だった。
「王太子殿下、見事にこの場をおさめられましたわね。王妃殿下のご教育の賜物でしょうか」
皇后がやわらかな微笑みを浮かべながら、王妃に声をかける。皇后の穏やかな口調に場の空気が和らいできたので、まわりの貴族たちも次第に笑顔を取り戻していった。
「もったいないお言葉です……。せめてあの子だけは、父王のようにはなってほしくなくて――」
王妃は小さく苦笑して、そっと言葉を返す。
その気持ちは、私にも痛いほどよくわかった。
もし王太子まで、あの国王に似ていたとしたら――。
この国の未来は、どれほど暗くなっていたことだろう。そう思わずにはいられなかった。
周囲では、国王の振る舞いについて、愚かだの、わがままだのと、遠慮のない声がぽつぽつとささやかれ始めていた。そんななか、アベラールが席を立ち、皇帝夫妻と私たちの方へ向き直る。どこか気恥ずかしそうな表情を浮かべながら、ぺこりと頭を下げ、静かに謝罪の言葉を口にした。
「ぼく……ついがまんできなくて。まほうをつかっちゃって……ごめんなさい」
アベラールが申し訳なさそうに顔を伏せた。
「いやいや、なかなかに見事な威嚇であった。家族を鎖で繋ぐなどと言われれば、朕なら威嚇どころでは済まなかったであろう。あの状況で冷静に対処したのは称賛に値する。幼いながら、よくやった」
皇帝は少し口元をほころばせ、軽くうなずいた。その眼差しはやさしく、けれど確かな敬意と称賛を含んでいた。皇后も穏やかな笑みを浮かべながら、隣でうなずいている。心からほめてくださっているのだと、見ていてすぐにわかった。
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※次回からのお話の流れ→学園視察に皇帝夫妻が訪れます。そこで、皇后とジャネット、アンナとの友情のようなものが芽生え……ジャネットは皇后から妹のように可愛がられる展開へと続きます。お見逃しなく! 52話には新たなプロポーズと小さな結婚式が……最後までお楽しみいただけると幸いです!




