5 子供の声?
朝食は、落ち着いた雰囲気の食堂でいただいた。天井の高いその部屋は、窓からやわらかな朝日が差し込み、淡い金色の光が床の大理石に反射していた。壁には季節の花を描いた絵画が整然と並び、重厚なカーテンと同系色の椅子が空間に一体感を与えている。
艶のあるダークブラウンの重厚なテーブルには、白磁の食器と銀のカトラリーが整然と並べられていた。テーブルはひと目で上等な木材だとわかる樫の木が使われている。
使用人たちの所作は洗練されていて、給仕の動きもなめらかだ。料理の香りは控えめでありながら食欲をそそり、野菜の火入れも完璧。熱々のスープの湯気に包まれながら、私は心ゆくまで食事をゆったりと楽しんだ。
朝食のあと厨房の前を通りかかり、ふと私は足を止めた。目に入ったのは、大きな籠に入ったパンを廃棄処分しようとするところ。少し乾いて固くなっているようだった。
「朝食、とても美味しかったですわ。ご馳走様でした。そのパン、捨ててしまうのかしら?」
料理長が少し驚いたように眉を上げたが、すぐに穏やかな笑みを浮かべてうなずいた。
「はい。先日焼いたものですが、すっかり固くなってしまいました。もう食卓には出せませんからね」
「もったいないですわ。こういうパン、卵とお砂糖を混ぜた牛乳に浸して焼くと、とても美味しいおやつになりますのよ」
そう言いながら、私は懐かしむようにほほえんだ。
「母様がよく作ってくださって、妹や弟たちの大好物でしたの」
料理長は目を瞬かせたあと、感心したようにうなずいた。
「なるほど……でしたら、捨てることはありませんな。奥様、良いことを教えていただきました」
彼の笑顔に、私も自然と笑みを返した。
それから屋敷の庭園をブラブラと散歩していた私は、満開の花の前で立ち止まった。手入れをしていた庭師が、私の存在に気づいて軽く帽子に手を添える。
「奥様、今日は日差しが強いです。お顔が焼けてしまいますよ」
「ありがとう。でも、お花たちは強い日差しの中でも、こんなに綺麗に咲いていますのね」
そうは言ったものの、庭園の隅に少し元気のない蕾が見えた。
「……あのあたり、少しだけ水はけが悪いようね?」
私がそう言うと、庭師は目を見開いた。
「……よくおわかりになりましたな。あそこの花たちは、なかなか咲かなくて困っておりました」
「私の実家でも、似たような場所がありましたの。“根に空気を通してやること”が大切ですわ。木の皮や砕いた焼き灰を混ぜると、土がふわっとなって、水がよく通るんですよ」
「木の皮と……焼き灰、ですか」
「えぇ。あと、使い終わった麦わらや枯れた薬草の茎も混ぜていました。養分というより……土の“息づかい”を整えるような感覚ですわね」
私が微笑むと、庭師は驚いたように目を丸くし、それから深くうなずいた。
「奥様。目の付け所が違いますな。すばらしい知識です」
「そんなに大げさなことではありませんのよ。実家で父様や母様と一緒に土いじりをしているうちに、自然と覚えたことです。エッジ男爵家には庭師がおりませんでしたので……家族みんなでお花のお世話をしたり、草をむしったり、楽しい思い出ですわ」
そう言って笑みを向けると、庭師も朗らかに笑い返してくれた。
庭に吹いたやさしい風が、蕾の先をふわりと揺らしている。
「……すばらしいご両親をお持ちなのですね」
「えぇ。私は、父様と母様をとても尊敬しておりますわ」
その時だった。
離れのほうから、子供の声のようなものが聞こえてきたのは……