47-1 気さくな皇帝
豪奢な王宮の大広間に足を踏み入れたとき、私は深く息を吸い込んだ。王宮に来るのはこれが初めてではない。過去には王妃に招かれたこともあり、魔力測定会の時にもこちらに来た。
けれど、今夜の場は少し趣が違う――マルケイヒー帝国皇帝夫妻を迎える、王家主催の歓迎会。まずは踊りや会話を楽しむ夜会が開かれ、その後に別室へ移動しての晩餐会が始まるという段取りだ。その重みは、さすがに私にも感じ取れた。肩を張る気はなかったが、気を抜いてはいけない場だとも思っていた。ここでの言葉や仕草ひとつで、キーリー公爵家の名が問われることもあるのだ。
私は公爵と大広間の中ほどへと歩を進めた。視線が集まるのは慣れている。キーリー公爵の妻として公の場に出るようになってから、服装も立ち居振る舞いも、それに伴う期待もすべてが見られるものだということを学んできた。
今宵のドレスは、公爵が贈ってくださったあの一着。ルカの刺繍が映えるクリーム色のシンプルなドレスに、大粒のルビーのネックレスとイヤリングが華やかに輝いている。
「まぁ、キーリー公爵夫妻よ。ますます夫人は美しくなられて……美男美女ですわね」
「公爵領をあれほど発展させるなんて素晴らしい才覚ですわよね。あのドレスの刺繍、さすがですわ。確かルカという天才的な刺繍職人がいて、職人養成学校まで設立したとか……あのドレスはきっとそのルカという職人技のなせる境地なのでしょうね」
公爵の贈ってくださったドレスの評判が良いことに私は嬉しくなった。センスの良い公爵のお陰で、別人のように綺麗に見えている自分にも満足している。
「皆、俺の妻に見とれているよ。ジャネットは自慢の奥方だからな……当然だ」
そんなふうにおっしゃった公爵に、私は頬を染めた。橫にいるアベラールも、にこにことつぶやいた。
「ジャネはきれいなだけじゃないよ。とってもやさしいんだ。ね、ミュウもそうおもうよね」
「ミュウ、ミュウ」
あいずちのつもりなのか、ミュウは可愛い声で鳴いた。家族がほめてくれるって最高だわ。
それがお世辞でもとっても嬉しい。
ふいに、周囲のざわめきがひとつ静まり返った。視線の先に立っていたのは、皇帝夫妻だった。皇帝は広い肩幅と鍛え抜かれた筋骨隆々の体躯だった。威厳と揺るぎない強さがにじみ出ており、凛とした気高さをまとった優美な皇后と同じプラチナブロンドにアメジストの瞳が美しい。
「キーリー公爵! 朕はそなたに会えて嬉しいぞ。あの四万のカルバリン王国兵をひとりで蹴散らした豪快な伝説は、我が帝国でも語り継がれておる」
「もう二年も前のことです。こちらこそ、こうして陛下にお目にかかれて光栄です。こちらは妻のジャネット。そして息子のアベラールに、この小さな竜はミュウといいます」
私とアベラールは皇帝夫妻に丁寧にごあいさつをした。皇帝夫妻はわざわざアベラールの目線に合わせて腰をかがめて、お声をかけてくださった。
「アベラール卿の成長が楽しみだ。白銀竜はずいぶんそなたに懐いているのだな? 今後どんな素晴らしい青年へと成長するのか、間近で見ていたいぐらいだ。朕と仲良くしてくれるか?」
アベラールは少し照れたようにうなずき、目を輝かせながら答える。
「ありがとうございます、こうていへいか。なかよく……はい。ぼく、だれとでもなかよくするのはとくいです」
ミュウはじっと皇帝夫妻を観察していたが、皇帝がニカッと笑いかけると、自分の頭を差し出した。どうやら『撫でてもいい』という意味のようだった。




