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41 国王視点・聖女という毒

 余はまだ、先日の光景を忘れられずにいた。玉座の間にひとり座りながら、何度思い返しても、胸の奥に煮え切らぬものが残る。


 あの魔力測定会。

 目覚めたのは伝説の白銀竜──実在するとは思っていなかった未知の生物。宝物室にしまい込んだまま、その存在すら忘れられていた、名も知らぬ貴石が、その卵だった。それが、アベラール・キーリーの魔力によって目覚め、あの者にだけ懐いたのだ。


 余の手が触れた瞬間、あの竜は唸り声を上げ、炎を吐きかけてきおった!

 王たる余に、だ。ふざけた話だ。


 だというのに、貴族どもは拍手喝采。まるで戴冠式でも見ているかのような熱狂ぶり。そして、あのキーリー公爵の態度──まるで生まれながらの “支配者” としてすべてを掌握しているかのようで、騎士たちにとっては、もはやあいつの命令が絶対だった。


 余は、唇を噛んだ。

 あの男さえいなければ……本当に目障りな男め!

 だいたい、王より偉そうにする家臣など、必要ないわ!


 キーリー公爵がいなければ、とっくにアベラールも竜も余の掌の上だった。あの白銀竜と強大な魔力を持つ公子を余の『手駒』とすれば、近い未来には隣国ひとつ、いや、大陸ごと平伏させることも夢ではなかったというのに。白銀竜の力、ただの子どもに持たせておくなど、あまりにも惜しい。


 だが、いまはあの男の庇護下にある。

 正面から奪えば、貴族全体を敵に回すことになるだろう。

 民の心も、騎士たちの忠誠も──すべて、やつの手の中にあるのだから。


 ……だが、実は余には特別な “秘密兵器” がいる。ピンクの髪と瞳を持つ優雅な毒。


 シルヴィア──聖女と呼ばれるあの女ならば、やれる。

 余が糸を引けば、どんな芝居でも演じてみせるだろう。


 公爵家に 『癒しの使い』 として送り込み、ジャネットというしっかり者の後妻を静かに屋敷から追い出す。アベラールの心を侵食し、公爵をその気にさせれば、あとは余の言う通りに、忠実に動く手駒たちが完成するというわけだ。


「我ながら冴えているぞ。すぐに神殿へ行く。シルヴィアに話がある」

 余の命令に、侍従は静かに頭を下げた。


 さあ、動くぞ。

 すべては、世界を我が足元にひざまずかせるために。


 ***



 神殿──民の祈りが集う、聖なる場所。だが余にとっては、ただの人心を操る箱に過ぎぬ。荘厳な石造りの回廊を進むたび、神官たちは頭を垂れた。その奥、祭壇の前に広がる静かな空間に、聖女シルヴィアはひざまずき、祈りを捧げていた。淡いピンクの髪は陽光を受け光の糸のようにきらめき、その瞳も同系色で、まるで宝石を模したかのように美しい。だが、よく見れば虚ろで、底知れぬ不気味さを漂わせていた。


 細身の体を聖衣で包み伏し目がちにたたずむその姿は、 “神の使い” のような厳かな風格をまとっている。だが、余は知っている。あの女の中身が、どれほど黒く濁っているかを。


「シルヴィア」


 余の声に、彼女は顔を上げた。儚げに微笑むが、実際は驚くほどタフな女だ。

 清純であどけない顔立ちのその口元は、まるで蛇が獲物を見つけたときのそれに似ていた。


「陛下……。本日は、どのような『祈り』を、私に?」

「ジャネットという女が、邪魔だ。あの女をキーリー公爵家の屋敷から追い出したい。公爵と、アベラール──白銀竜を懐かせた驚異的な魔力を持つ公子。ふたりの心を、支配してみせよ。おまえなら、できるはずだ」

「……ふふ。わかりましたわ、陛下」


 シルヴィアはゆっくりと立ち上がった。その動きひとつひとつが、まるで舞うように優美で、見惚れるほどに美しい。この女は『祝福』と称される奇跡の魔法を操る。だが実際には、それは極めて強力な精神干渉系魔法──魅了魔法の一種だ。


 対象の感情をねじ曲げ、信頼・親愛・欲望を特定の方向へ歪めて導く。禁忌に等しい魔法なのだ。教会もそれを知ってはいる。だが、あえて黙認していた。なぜなら、この女の力が国の安定に役立つと信じているからだ。愚かな民衆も貴族たちも魅了魔法で操ることができれば、この世は余の天下となり、暴動など起こる余地もなくなる。


「私がキーリー公爵を誘惑したとしても、その子供の良い母親になどなれませんわよ?」


 わざとらしく困ったような顔をしてみせるその顔が、愉悦でゆがんでいる。人の気持ちを弄ぶ遊びは、この女の趣味だ。


「構わぬ。母である必要はない。おまえは聖女として、傷ついた子を癒す顔をすればよい。そして、キーリー公爵には『女』として迫ればよい。簡単なことだろう?」


「……はい。お望みの通りに」


 その時、シルヴィアのピンクの瞳が、不気味に淡く揺らいだ。おそらくすでに、脳裏には公爵とアベラールをどう手玉に取るか、すべての筋書きが出来上がっているのだろう。この女が、失敗することはない。余は確信していた。


 この『聖女』という毒が、ゆっくりとキーリー公爵家を侵し、やがてすべてを余の思うままにしてくれることを。


「この余の意に逆らえる者など、この国におるものか……ふん。キーリー公爵よ、ふんぞり返っていられるのも、今のうちだ……覚悟しておけ」



 

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