31 刺繍が取り持つ友情
その日の夕食時、ふと公爵は落ち着いた声で私に尋ねてくださった。
「今日のお茶会は、楽しめたかい?」
少し驚いたけれど、それが嬉しかった。私のことを、ちゃんと気にかけてくださっているのだと、胸があたたかくなる。
「えぇ、とても。これまでの中でも特に心を開ける方に出会えましたの。デュボア伯爵夫人という方で、趣味も同じで、とても感じの良い方ですのよ。アリシアという令嬢も可愛くて、アベラールともすっかり仲良しになったようですわ」
「そうか、それはよかったな。アベラールにも友人ができるのはいいことだし、ジャネットにも肩の力を抜ける友人がいてくれるのは、安心するよ。君が幸せそうでいるのが一番だからな」
公爵は私に親しい友人ができたことを、まるで自分のことのように喜んでくださった。
優しい……つい、勘違いしてしまいそうになるから、私は心の中でまた、同じ言葉を復唱していた。
これは家族として喜んでくれているのだと。
***
そして迎えた、デュボア伯爵夫人をお招きする当日。
私は朝からうきうきと糸を並べ、リネンを整え、茶器を選び、焼き菓子の確認まで念入りに行っていた。
気づけば、小さな鼻歌が自然と口をついていたらしい。
「……楽しそうだな」
いつの間にかサロンにいらっしゃっていた公爵が、少し寂しそうに笑っていた。
「えぇ、はい。伯爵夫人がいらっしゃるのが楽しみです。こちらに嫁いでから、誰かをお招きするのは初めてですから」
「なるほど。俺と過ごす日常は退屈ってわけか……」
「えっ?」
慌てて顔を向けると、公爵は視線を逸らしてそっぽを向いていた。けれど耳が、少し赤い。
「い、いえっ、そんな、そういう意味では……公爵様と一緒にいられて、本当に幸せですわ」
「冗談だよ」
くすりと笑ったその笑顔に、思わずドキリとした。
焼きもち? まさかね……公爵にそんな気持ちがあるわけないもの。
***
そして午後。デュボア伯爵夫人が屋敷を訪れると、公爵は自ら玄関まで出向き、丁寧に出迎えてくださった。静かで品のあるほほえみを浮かべながら、意外な言葉を口にされる。
「ようこそ、キーリー公爵家へ。妻と親しくしてくださり、感謝する。どうぞ、ゆっくりしていってくれ。これからもたびたびお越しいただけるとうれしい。ジャネットの喜ぶ顔を見るのが、何より楽しみだからな」
伯爵夫人は一瞬目を丸くしたが、すぐににこりとほほえみ返した。
「まぁ……キーリー公爵夫人ったら、溺愛されていらっしゃるのね!」
「え? い、いいえ、そういうことではありませんのよ? 私たちは、家族としての愛情で結ばれているだけでして……」
私は慌てて否定した。
溺愛だなんて。公爵はそんなつもりでおっしゃったのではないのに……きっと気を悪くされたかもしれない。
ちらりと彼を伺うと、困ったような微笑を浮かべたあと、ふいにその場を離れていかれた。
「あら、照れていらっしゃるのね」
そういうことではないと思うけれど……説明するのも面倒なので、そういうことにしておいた。
けれど、これだけはきちんと伝えておこうと思った。
「公爵様は、私のようなタイプはお好みではないのですわ。きっと絶世の美女がお好きなのですもの。ほら、私など地味ですし……」
「えっ! とてもお綺麗ですのに? それにどう見ても、愛されているご様子にしか見えませんけれど……お気づきでいらっしゃらないなんて……うふふ、初々しいご夫婦で羨ましいですわ」
呆れたように言いながらも、伯爵夫人はどこか、うらやましげなほほえみを見せた。
公爵の話題は、ここで切り上げた方が賢明だわ。
どうやら、伯爵夫人の誤解は簡単には解けそうもないもの。
だからこそ、彼女がこのタイミングで実弟の話題へと移してくれたことに、私は内心ほっとしていた。
「実は、私の弟ルカは、刺繍用品専門商会を展開している大商人のひとり娘に婿入りしておりますのよ。今日こちらに伺うということで、いくつか新色の刺繍糸を届けてくれましたの。ルカは手先が器用でして、商会の顔として職人兼営業のような立場で働いております。『男が刺繍なんて』とおっしゃる方もいらっしゃいますけれど……姉の私が申すのも何ですが、それはそれは素晴らしいものを作りますのよ」
ルカが刺繍したというハンカチを見せていただくと、それはもう、私たちの域とはまったく異なる次元の才能が一目でわかった。花と鳥の構図は大胆で華やか、そして細部まで繊細。
「まぁ……このステッチ、初めて拝見しましたわ。なんて素敵な……! 私、旦那様にこういった刺繍をしてあげたいと思っていたのです。キーリー公爵家の紋章は火の鳥ですもの。この躍動感、この刺繍糸の鮮やかさ、そしてこの未知なるステッチ、ぜひとも学びたいわ。お願いです、デュボア伯爵夫人。ルカさんをご紹介いただけませんか? ぜひ、刺繍を教わりたいの」
「まぁ、うれしい……弟もきっと喜びますわ! さっそく、魔導通話機で連絡いたしますわね」
しばらくしてから、来訪した男性は、女性ならさぞかし美しいだろうと思われるほどの美貌の持ち主で、細身で優美。可憐とさえ言いたくなる所作は、男性にしておくのがもったいないほどだったのだけれど、公爵は……




