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21 男として見てない?・公爵視点

 公休日の前日、東に隣接する領地を持つドーハティ伯爵夫妻がやって来た。先触れもなく失礼な奴だが、話だけでも聞いてやろうと屋敷に通す。痩せすぎてひょろひょろの伯爵と、鼻が曲がりそうな匂いをぷんぷんさせた夫人だ。


 髪を高く結い上げるのは流行なのかもしれないが、ド派手な髪飾りと相まって品がないし、まったく美しいとも思えない。意地の悪そうな顔付きに、時折頬を染めながら俺に流し目を送る夫人。


 ゾッとする。

 自分の夫がいる前で、堂々と俺に意味深な視線を送るのはやめろ!

 俺はジャネットにしか興味がないんだ……

 

 改めてジャネットの清楚な美しさとさまざまな美点を見いだして……自分の気持ちを改めて確信した。

 俺はジャネットを好ましいと感じている。そう、……俺はすっかり惚れてしまっていた。


 下品なドーハティ伯爵夫人を見てジャネットの良さを再認識できたことは良かったのだが、執務室で伯爵と話し終えてサロンに戻ろうとした廊下で、夫人の無礼な言葉が聞こえてきた。


「キーリー公爵夫人は男爵家のご出身ですものね。ご苦労なさっているでしょう? バルバラ様は大変苛烈な方でしたわ。激情型というかすぐにヒステリーを起こしたりして……」 


 大きなお世話だ。しかも、俺の妻を馬鹿にしたよな? 


「アベラール様の見た目がバルバラ様にそっくりだとの噂。性格が似なければよろしいですわね。ジャネット様にお子様が早くできて、その子が跡継ぎになられることを祈っておりますわ」


 は? キーリー公爵家の跡継ぎのことを口にするほど、おまえは偉いのか? 王妃にでもなったつもりか? 無礼な女め! ここは俺がピシャリと言ってやろうと意気込んでいたら、ジャネットがきっちりと反論していた。


 いいぞ、それでこそ、俺の妻だ。しかし、ドーハティ伯爵まで無礼なことを言ってきた。


 ここはおまえの妻を怒る場面だろうが! 

 もちろん、ジャネットは理想的な戦いを見せてくれた。

 よしっ、俺も妻と息子を侮る身の程知らずに、物の道理を教えてやろう。


 俺は奴に性格を矯正しろ、と指導し、さらにもう二度と来るな、と遠回しに言ってやった。つい暖炉の薪に火をつけてしまったが、伯爵の髭まで焦がさなくて良かった。


 俺はかなり不愉快だった。妻と子供をけなされて、これほど腹が立つとは思わなかったが、不思議な感覚だった。


 自分が侮辱された時より、ずっともやもやしたのだ。

 そうか、これが家族愛……というものかもしれない。

 初めて知った。


 しかし、俺が腹を立てている傍らで、ジャネットは幸せそうに笑った。

 ジャネットは嫌なことがあっても、きっと引きずらない前向きな性格なのだろう。

 ならば、俺も見習おう。明日は三人で湖を散歩する記念すべき公休日だからな。



 今の俺たちは、アベラールを真ん中にして、三人で寝ている。夫婦の寝室に子供をいれるのもどうかと思ったが、ジャネットの部屋に俺が毎回行くのも気が引けた。


「アベラールがもう少し大きくなるまで、三人で一緒に寝ることにしたらどうだろう? だとしたら、ここは狭いから……夫婦の寝室に移動しようか? アベラールもその方が嬉しいだろう?」

「うん! おとーしゃまとジャネ、みんないっしょだね」


 本音はジャネットと一緒にいたかっただけだが、もちろんアベラールのプクプクした頬に触るのも、好きになっていた。だったら、三人で寝ればいい、が結論だった。


***



 そしてピクニック当日、朝早くからジャネットは厨房でサンドイッチを作ると張り切っていた。

 そんなものは料理長たちに任せておけばいいのに、とも思ったが、機嫌良く厨房に向かうジャネットを、かわいいと思ってしまう。


「とびっきりのサンドイッチをつくりますわよ。楽しみにしてくださいませ」

 そんなことを言いながら楽しそうだ。まだ寝ぼけているアベラールは、きっと楽しい夢を見ているのだろう。笑みを浮かべながら眠っていた。


 こんな公休日は悪くない……そう、悪くないどころか……かなり良い。


 準備を整えてメイドたち数名に敷物や食べ物を入れた籠を持たせた。俺たちは三人で歩いて湖まで向かう。天気も良く、風も心地良い。だが、最初は楽しそうだったアベラールが急に元気がなくなった。


 アベラールを肩車してほしいと、ジャネットにお願いされて、初めて気づく。周りの子供たちが父親に肩車をされて、嬉しそうに笑っていることに。


 肩車か……そんなことしてやったことなど一度もなかったな。


 俺はアベラールを軽く肩に担ぐ。はしゃぐ息子に俺も思わず笑みがこぼれる。


 子供とは、こんなことで嬉しがるんだな。


 そうして周りを観察すれば、前を歩くカップルが手を繋いで楽しそうだ。少し離れたところでも、夫婦らしき男女が手を繋いで歩いていた。


 まてよ。もしかしたら、湖を夫婦で歩くときはたいてい皆、手を繋ぐのだろうか? だったら、俺も繋いだほうがいいだろうな。


 俺は『転ぶと危ない』などと適当な理由をつけて、手を繋いだ。前のカップルを参考にして、指を絡ませるように。

 湖を歩くだけで、なぜこれほど楽しく感じるのだろう。あたたかい気持ちが胸に広がり、爽やかな風と湖の湖面がキラキラする景色に心まで和んだ。 


 そして俺はまた後悔している。前に言った言葉を取り消したい。

 しかし、今さら『本当の夫婦になりたい』なんて言ったら……拒絶されるんじゃないか?

 

 それに彼女はこうして手を繋いでも、特に反応はなかった。

 いつもと変わらず……もしかして、俺を男として意識してないのか?


 最初から、“好きなタイプ”じゃなかったのかもしれないぞ。

 だとしたら――俺が勝手に想って、勝手に傷つくことになる。


 言いたい。……だが、言えない。

 俺の心の葛藤はまだまだ続く……。

 


 

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