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13 俺の帰る場所・公爵視点

 その日早めに帰宅すると、おとなしく待っていると思っていたジャネットが、アベラールと庭で絵を描いていた。

「なぜ、君が俺の息子と一緒にいるんだ?……」

 思わずきつい声が漏れた。息子の魔力はまだまだ不安定。一緒にいたら危険だからこそ、離れに隔離していたのに。


 だが、またしてもあっさりと(かわ)されてしまった。

 屋敷のこともアベラールのことも、自分に任せてほしい――そう言い残して、彼女はクッキー作りの準備があるのだとアベラールと手を取り合い、厨房へと楽しげに去って行く。


 まさか、自分の子供が危険だ――などという言葉を、本人を目の前にしては口にできなかった。無邪気に笑っているアベラールを見れば、その楽しそうな気持ちをだいなしにしたくない。


 そのまま執務室に向かい、書類に目を通していると、やがてジャネットとアベラールがクッキーを持って現れた。 執務机の奥――応接セットが置かれたスペースのテーブルに置くようにいうと、二人はあっさりと部屋を後にし、俺の仕事を邪魔することもなかった。


 イチゴがちょこんと乗ったそれを一口かじれば、甘さの中にほんのりとした酸味が広がり、思いのほか旨い。思わず、もう一口と手が伸びる味だった。


 添えられた紅茶は少し濃いめで、クッキーに良く合う。ふとティーカップの橫に添えられたメモに気づいた。見ると、星とハートはジャネット作。猫とリスはアベラール作。と書いてある。かわいい絵まであり『はじめてクッキーつくったよ。たのしかった!』のひと言も添えられていた。そのつたない文字はアベラールのものだ。


 なんとなく、ふわりと心があたたかくなる。

 こういうのも悪くない。

 ジャネットと俺の息子の仲がいいのは悪いことじゃない。


 執事の話によれば、魔力が暴走したアベラールを、炎の中から救いだしたとも聞いた。

「勇敢な方ですよ。それに、お坊ちゃんのことを実の子のように思っていらっしゃるのが伝わってきます。湯浴みや着替えも自ら手伝い、絵本も一緒に読んで……まるで本当のお母様のようでした」

 執事は感心しきりだったし、侍女長もまたジャネットをこう評した。

「使用人たちに、とても気さくにお声をかけてくださるのですよ。優しく、気遣いもあって――大変素晴らしい奥様ですわ」


 使用人たちと仲がいいのも、悪くない。

 それどころか――とてもいいぞ。


 ジャネットの明るさが屋敷に広がり、どこかあたたかい、家庭的な空気に包まれていた。

 かつての俺は、夜遅くまで仕事に追われ、屋敷に戻る頃にはアベラールはすでに眠っていた。

 早く帰りたいと思ったことなど、一度もなかった。

 だが今は――仕事が終わるたびに屋敷へ戻るのが楽しみで、夕食の時間に間に合うかと、そわそわするほどだ。

 

 なんだろうな……。

 ここが、自分の『帰る場所』なのだと、ふと気づいた。

 昔よりもずっと、心安らぐ空間になっていたから。


 蒸し暑いある日の公休日、ふと庭園を見ると、ジャネットが水魔法で作った滑り台でアベラールを遊ばせていた。そんな遊びは水属性の魔法を使える母親を持つ子供の特典だ。楽しげにはしゃぐ息子を見ていると、自然と俺の口元もほころんだ。

 

 *** 


 ある日、夕食の時間に間に合うよう屋敷へ戻ると、思わぬ光景が目に飛び込んできた。食堂には前妻バルバラの姿があり、部屋の一角はアベラールの魔力の暴走によって焼け焦げていた。ジャネットは息子をかばい、バルバラを鋭くにらみつけていたが、その手には火傷の跡が見える。


 その姿を見た瞬間、思わずきつい口調でしかってしまう。

 アベラールの魔力は、あと五年もすれば自然と落ち着く。魔力の暴走は十歳まで――だから放っておけばいい、と俺は言った。


 すると、ジャネットは目を見開いて、強い口調で言い返してきた。

「……公爵様のお母様だって、きっと心配されたでしょう?」


 そのひと言に、胸の奥を不意に突かれた。

 俺の母親は、俺を産んですぐに亡くなった。自分もまた、ずっと離れでひとり育った――そんな過去を静かに告げると、ジャネットは真剣な表情で、まるで子供をあやすかのように俺を抱きしめてきた。


 俺の中に残る幼少期の傷を、癒やそうとしたらしい。

 しかも俺にひとりじゃない、と言ってくるんだ。ひとりで我慢するな、と。


 馬鹿な女だ。あんなに冷たい言葉ばかりをぶつけた俺に……。

 まずはジャネットの手を治してやらなくてはならない。気づけば、最上位の治癒魔法を惜しげもなく使っていた。


「耐性魔法があるからといって、不死身なわけじゃないんだぞ」

 つい口を滑らせ、お説教めいた言葉まで口にする。


 俺は……なにをしているんだ。


「本当はお優しい方なのですね? 『放っておけばいいんだ』というのも冷たい心からではなく、自分もそのように育ったから。私のこともこうして心配してくださって。お部屋に用意してくださったドレスも嬉しかったです。私の好きな色とデザインでした」

「俺は優しくなどないぞ。嫁に迎えた以上は不自由な生活をさせたくなかっただけだし……あたりまえのことをしただけなんだ」

 

 とっさに否定したが、なぜか顔の火照りが収まらない。それでも、ジャネットは幸せそうにほほえんだ。バルバラを思わず実家に瞬間移転させたのも、うるさかったからで、別にジャネットを守るためなんかじゃないぞ。


 ジャネットの悪口をそれ以上聞きたくない――そう思っただけだ。



 俺はアベラールに声をかけた。

「大丈夫だったか?」


 すると、あの子は嬉しそうに笑って言った。

「うん。ジャネが守ってくれたから……」


 その言葉にふと隣を見ると、ジャネットが静かな口調ではっきりとこう言った。

「……いいえ、当然のことですわ。アベラール様は《《私の》》子供だと思っていますから……」

 

 ちょっと待てよ。俺はとんでもなくいい女を妻にしたんじゃないか?

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