襲来、ヴァラク・ノヴァ!
「ゲイル・タイガー!? 貴様、生きていたのか!」
貴族の一人が立ち上がり、震える声で叫ぶ。
「なに、ゲイルだと」
シグマ大帝の冷たい目がゲイルを捉える。
だが、その表情は動揺を隠せない。
彼らは、ゲイルを核で葬ったと信じていたのだ。
ゲイルの唇が歪む。
怒りと復讐の炎が、胸で燃え上がる。
ゲイルは喉が裂けるほどに咆哮した。
「残念だったな! 死ぬのは貴様らだ!!」
その瞬間、ゲイルは奇妙なものを持ち上げた。
───あひるさんの絵が描かれた黄色いバケツだ。
「そらよ」
ゲイルは、全力でバケツを円卓に投げつけた。
カラン、カランコロン。
バケツが床に転がり、中から小さな装置が飛び出す。
ポインタービーコンだ。
起動と同時に、響き渡る鋭い信号音!
ポインターは彼方のヘルメスへ、座標を送信した。
「な、何だ!?」
「爆弾か!?」
「違う、ビーコンだ!」
貴族たちが混乱に叫び声を上げる。
そんな姿を尻目に、ゲイルは即座に身を翻し、議場を脱出。
扉を閉めた瞬間、背後で轟音が響いた。
ズドォオン!
荷電粒子砲の青白い濁流が、議場を直撃!
凄まじい熱が、部屋ごと焼き尽くす。
壁が溶け、床が黒く抉られ、円卓は一瞬で灰と化す。
この瞬間、シグマ大帝も、貴族も、政治家も、逃げる間もなく消滅した。
〜〜〜
さて、ここで視点を移そう。
すっかり日が沈んだころ、彼方の山頂、岩石地帯に潜むヘルメス。
その横に立つのはシホの『イノセント』。
構えた大型スナイパーライフルからは排熱がユラユラと揺れ、冷却蒸気が噴き出す。
『着弾確認。目標を破壊しました』
シホは通信パネルを開き、報告を告げる。
精密な射撃が王の間を正確に撃ち抜いた。
この一撃で、政府中枢は消え去ったのだ。
ゲイルは王宮の構造を熟知していた。
この部屋が、アヴァルシアの特定の高台から、直線で射線が通ることを知っていたのだ。
とはいえ、通常の火器では届かない。
だが、荷電粒子兵器ならば───。
~~~
ゲイルは再び王の間の扉を開く。
そこには、黒く焦げた部屋の残骸だけが広がっていた。
モザイクの壁は崩れ、シャンデリアは溶けた金属の塊と化し、円卓の跡すら消えていた。
かつての栄華は、荷電粒子砲の一撃で灰燼に帰した。
崩落した天井からは、大気汚染で美しくない星空が広がっている。
ゲイルの視線は、部屋のすみに落ちた、あひるさんバケツに一瞬だけ留まる。
黒焦げのバケツは、爆風で吹き飛んだのか、辛うじて原形をとどめていた。
「……」
彼の胸に、復讐の達成感と同時に、虚無感が広がる。
シグマ大帝と中枢を滅ぼした。
だが───食堂のおばちゃん、掃除屋の青年、事務員の老人――彼らもまた、この帝国の一部だ。
中枢を破壊された国の国民がどうなるか、分からないわけではない。
ゲイルは拳を握り締め、静かに呟く。
「これで、仲間たちの無念は晴れた……はずだ」
と、通信パネルの振動が腕に伝わる。
パネルを開くと、菊花の関西弁が響いてきた。
『ゲイル! イノセントのスナイパー、完璧に決まったで! そっちはどうや?』
「菊花か。こちらは無事だ。目的の連中は全員死んだ」
『そうか。……やったんやな』
「……あぁ」
ゲイルは頷き、駆け足で外へと移動する。
タン───ッ。
窓から飛び降りると同時に、先回りしていたコマンドロボがゲイルを迎え入れる。
そのまま、コマンドロボは走り出し、与闇へと消える。
王宮の警報が鳴り響き、衛兵たちが慌てて動き出すが、ゲイルの姿はすでに消えていた。
コマンドロボはヘルメスが待つ山頂へ、一直線に向かう。
そんな中、ゲイルの視線は、アヴァルシアの街並みに一瞬だけ向けられる。
復讐は果たされた。
だが、その代償は、どれほどのものか───。
しばらくして。
夜の闇が深まってきたころ、ゲイル・タイガーはコマンドロボに乗り、ヘルメスへと帰投した。
ハッチを開き、山頂から街を見下ろす。
眼下では、衛兵たちが右往左往し、警報が甲高く響いてくる。
だが、ゲイルの視線は冷たく、復讐を果たした虚無感と、仲間の無念を晴らした決意が胸で交錯していた。
と、駆け寄ってくる人影。菊花だ。
菊花はゴーグルを額に上げ、興奮した顔で叫んだ。
「ゲイル! 無事やったんか! 王宮、ほんまに消し飛んだで!」
シホもコックピットの中で、眼鏡の奥の目を潤ませる。
『ゲイルさん、よかったです……! 早く脱出しましょう!』
「あぁ」
ゲイルは小さく頷き、コマンドロボを格納。
三人はヘルメスへと再び乗り込む。
キュオォオーン───。
ヘルメスの粒子推進機が低く唸り、艦体はゆっくりと浮き上がる。
輸送艦は岩石地帯を抜け、シグマを離れるべく飛行を開始した。
だが、
その途中で、遠くから爆音が響いてくる。
「なんだ……?」
ゲイルの視線はモニターに向けられる。
そして、最大望遠で捉えた光景に息をのんだ。
「……ッ!」
「ゲイル? どうしたん?」
「……菊花、シホ。これを見ろ」
ゲイルは 望遠の映像を投影した。
映し出されたのは、シグマの辺境、農業都市。
都市の空が、赤く染まっている。
炎と黒煙が立ち上り、建物が崩れ落ちていく。
その中心、空に浮かんでいるのは───ノヴァ・ドミニオンの大型コマンドスーツ『サーペント・ドレイク』だった。
その下半身は巨大なブースターとリパルサーリフトで支えられ、肩には荷電粒子砲、腰には焼夷グレネードが並ぶ。
異形の巨体は青白い光を放ち、焼夷グレネードを投下して街を焼き尽くしていく。
と、ここで迎撃にやってきたのは空戦型コマンドスーツ、ドルガン!
一個中隊……総勢12機の部隊が、素早く駆けつけてきた。
だが───ドゴォン!
両手のレールガンの前に次々と撃ち落とされてしまう。
ドルガンとサーペントでは火力が違い過ぎる。
高い命中率も相まって、撃つたびにドルガンの数が減っていく。
一機は翼を射貫かれ、もう一機はコックピットごと爆散!
結局、3分と持たずに、防衛隊は全滅してしまった。
「ノヴァの新型、か……」
惨状を前に、ゲイルは低く呟く。
新型の詳細は知らないが、この型の機体が、シグマを定期的に襲撃していることは把握していた。
菊花がモニターを覗き込み、声を上げる。
「なんや、あの化けモン!? 街が……燃えてるやん!」
「ゲイルさん、あれ、止めるんですか……? でも、ヘルメスじゃ……!」
シホも不安げにゲイルの方を見た。
対するゲイルは拳を握り締め、葛藤する。
ダフネで出撃すれば、サーペントと戦えるかもしれない。
だが、ヘルメスの貧弱な武装では無力だ。
シグマを裏切った彼が、なぜ今、シグマの民を救うべきなのか。
だが、燃える街と悲鳴が、彼の心を締め付ける。
「俺、は……」
~~~
一方のノヴァ・ドミニオン側。
サーペント・ドレイクのコックピットでは、ヴァラク・ノヴァが淡々と操縦桿を握っていた。
赤茶けた長髪が肩に流れ、筋骨隆々の肉体がパイロットスーツに収まっている。
その顔には感情がなく、冷たい目が計器類を見据える。
眼下では、焼夷グレネードが次々と投下され、農業都市が炎に包まれていた。
ズドォオン!
荷電粒子砲がビルを焼き、爆炎が空を赤く染める。
迎撃に飛び立ったドルガンが、ガトリングガンを乱射しながら接近してくる。
だが、ヴァラクは彼らの動きを完璧に読み、両手のレールガンを構えた。
ドゴォンッ!
高初速の弾丸がドルガンを正確に撃ち抜き、一機、また一機と爆散していく。
ミサイルが飛来するが、サーペントの粒子防壁に弾き返され不発。
傍受した通信からは、兵士たちの驚愕と絶望の声が響いていた。
『何だ、あの機体!? ドルガンが一瞬で……!』
『救急隊、応答しろ! 市民が燃えてるんだ、助け――!』
人々の悲鳴が飛び交う中、ヴァラクは眉一つ動かさず、次の焼夷グレネードを投下。
ドォンッ!!
炎が街を飲み込み、地獄絵図がさらに広がっていく……。
と、通信パネルが開いた。
パネルに映るのは、ウリエンとセラピナの顔。
ウリエンの淡い青髪が揺れ、詐欺師のような笑みが浮かぶ。
『素晴らしい、ヴァラク。これで蛮人の街がまた一つ消えた。計画は順調だ』
セラピナが橙色のふわっとした髪を揺らし、上品だが苛立った声で言う。
『しかし、ウリエン、この攻撃は約束に違反しているのではありませんか? 蛮人相手とはいえ、約束は約束ですわよ』
その言葉にウリエンは笑い、細い目をさらに細めた。
『約束? 三本槍の命と引き換えに、シグマを見逃すという、あの約束かい?』
「ならば、私から話そう」
ヴァラクは淡々と、だが冷徹な声で応じる。
「ゲイルが生きている。
それはつまり、シグマの三本槍は未だ健在ということ。
よって、協定は破棄。
ならば、我々は侵攻を再開するまでだ」
ヴァラクの手が引き金を引くと、サーペントが新たなグレネードを投下。
ズドォオン!
爆炎が農業都市をさらに焼き尽くす。
セラピナはため息をつき、頷いた。
『仕方ありませんわね。ヴァラク、思う存分やりなさいな。蛮人の血で、ノヴァの栄光を飾りましょう』
そういって通信が切れる。
ヴァラクの視線は、燃える街に固定されたままだ。
ヴァラクにとっては、眼下の悲鳴も、市民の命も、ただの障害物に過ぎない。
サーペント・ドレイクのリアクターが唸り、次の攻撃の準備が始まる。
地獄絵図は、なおも広がり続ける。
だが───
彼方の空に浮かぶ影。
翼を広げ、紅白に輝く姿。
ゲイル・タイガーの新たなる乗騎、ダフネ・ザ・フェニックスである。
かくして、戦いが始まろうとしていた。




