覚醒の秘密
しばらくして。
マティアスとギゼラは、狭い小部屋に移動し、通信パネルを起動した。
キュオオーン。
モニターに映し出されたのは、銀髪をポニーテールにまとめた作戦参謀、ギンの穏やかな笑顔だ。
『やあ、無事みたいだね』
「あぁ。タンドリアへの輸送任務は成功した。だが、ノヴァ・ドミニオンと遭遇。新型コマンドスーツ、そしてイノセント・オリジンが改修された敵集団と交戦、大破機はないが、どの機体も損傷が激しい状態だ。また、烈火と兎歌が交戦し、ノヴァは撤退した」
『なるほど……』
ギンはモニター越しに頷き、静かに耳を傾けている。
マティアスは言葉を続ける。
「それと、烈火と兎歌の増援、感謝する。おかげで輸送車両を守れた」
ギンは軽く首を振った。
そして、口元に穏やかな笑みを浮かべたまま、落ち着いた声で答える。
『感謝はいらないよ、マティアス。低出力とはいえ、プラズマリアクターがノヴァやシグマに狙われるのは予想済みだ。だから、烈火と兎歌を増援として送った。それだけさ』
マティアスは一瞬、視線を落とした。
ギンの先読みと戦略の精密さに、改めて感嘆する。
だが、彼の胸には別の懸念が浮かんでいた。
ソラリスを動かしていた幼い少女。烈火の葛藤が、マティアスの脳裏をよぎる。
彼は静かに口を開いた。
「ギン、懸念がある」
『言ってみたまえ』。烈火はソラリスのパイロットが子供だと知っている。それでも、彼は戦いながら助けようとしている。戦争であるにもかかわらずだ」
ギゼラが眉を上げ、驚いたようにマティアスを見た。
「子供? 本当かい……。烈火、あのバカ、そんなこと考えてたってのかい?」
「あぁ、本当だ。烈火が嘘をつくとも思えない」
『なるほどね。……ま、その方が正常とも言える』
ギンはモニター越しに小さく笑った。
だが、その笑みにはどこか深い理解が宿っている。
『烈火がそうだからこそ、プラズマリアクターのような重要な任務を任せられるんだよ』
「……ほう?」
『命令だから、戦争だからと殺人を正当化し、思考停止する人間には任せられない。矛盾、偽善、それでも命の重みを感じている。だから、彼を信じて送り出したのさ』
ギンの視線がマティアスとギゼラに向けられる。
穏やかだが、鋭い光を帯びた目だ。
『キミに任せたのも同じ理由だよ。キミがマティアス・クロイツァーであり、シモ・ヘイヘではないからだ。キミは、殺す相手が誰かの息子で、誰かの父親であることを知っている』
「……ッ」
『ギゼラ、キミも同じさ。自分が殺しているのが誰かの夫であり、引き金を引くたびに自分と同じ未亡人を生み出していることを知っているから、任せている』
その言葉に、ギゼラの顔が一瞬、硬直する。
((コイツ……アタシの夫が死んで、未亡人なのを知ってるんだよな))
ギゼラは苦笑いを浮かべ、頭を掻く。
「ちっ、ギン、嫌なこと思い出させるなよ……ったく、参謀ってのはいつもこうだ」
その横で、マティアスは静かに頷いた。
モニター越しのギンは一度目を伏せ、話を続ける。
その声はどこか遠くを見据えるような響きを帯びていた。
『烈火の覚醒について、少し話しておこう。
烈火が覚醒を使えるようになったのは、ノヴァとの戦いで精神共鳴を通じて相手の存在……幼い少女のパイロットを知った後からだ。
だが、これは単に回路のリミッターが外れて解放されただけじゃない。
烈火は、子供を殺そうとしている自分と向き合い、葛藤した。
その葛藤が、彼の力を引き出したんだ』
マティアスとギゼラは一瞬、視線を交わす。
ギンは言葉を続ける。
『アニムスキャナ―の真の力は、矛盾する感情を抱える者にこそ宿る。
怒りや闘争本能による『お前を殺す』という衝動。
そして、殺人への自覚や嫌悪……『殺したくない』という感情。
この二つがせめぎ合うとき、機体と共鳴し、覚醒を引き出す。
烈火は、戦いでそれに直面した。
だが、覚醒せずとも、その力の片りんを発揮する者はいる。
たとえば、マティアス、キミだ』
マティアスはわずかに眉を動かした。
ギンはさらに言葉を続ける。
『少し、別の事例の話もしようか。
砂漠の地でゲイル・タイガーもまた、覚醒を起こしている。
ゲイルは仲間のために、『敵を必ず殺す』と覚悟した。
同時に、敵が烈火という少年だと気づいた。
顔の見えない敵ではなく、名前と顔を持つ者を殺すことへの葛藤。
それが彼の力を引き出した』
ギンの視線がギゼラに移る。
『ギゼラ、キミもだ。キミたちは知らず知らずのうちに、覚醒の片りんを発揮してきている』
ギンは一瞬、間を置いた。
モニター越しに、彼の目が二人を真っ直ぐに捉える。
『プロメテウス隊がたった四機で勝ち続けているのは、本当に機体性能だけだと思っていたのか?
数では常に圧倒的劣勢だ。なのに、キミたちは生き残り、勝利を重ねてきた。
それは機体の良さだけでは説明がつかない。
キミたちの葛藤、矛盾する感情が、機体と共鳴し、力を引き出しているんだ』
マティアスとギゼラは言葉を失う。
思い返すのは、数々の死闘。
シグマ帝国のヴァーミリオン隊、精鋭揃いで強かった。
東武連邦の圧倒的物量、加えて策略の数々、誰が死んでいてもおかしくなかった。
ノヴァ・ドミニオンの繰り出す超兵器、死の気配をひしひしと感じていた。
圧倒的な敵を前に、なぜ自分たちが生き残れたのか。
その答えが、ギンの言葉に凝縮されていた。
マティアスは静かに拳を握り、ギゼラは視線を落とす。
『さて、長話になってしまったね。本国でまた会おう。休息を取って、次の戦いに備えてくれ』
モニターが暗転し、通信が切れる。
小部屋に静寂が戻り、マティアスとギゼラは顔を見合わせた。
「ったく、ギンのやつ、いつも核心突いてきやがるねぇ……で、どうすんだい、マティアス? こんな話聞いた後じゃ、頭整理するのに、メシでも食わねぇとやってらんないね」
ギゼラは苦笑いを浮かべ、頭を掻く。
その言葉に、マティアスは小さく笑い、立ち上がる。
「そうだな。まずは腹を満たそう。何か良い店を知っているか?」
「知ってるよ。この国に来るのも、初めてじゃないしねぇ」
ギゼラは目を輝かせ、拳を握った。
「実はな、うまい飯屋、見つけたんだよ! スパイス効いた肉料理が絶品でさ、まぁ食ってみなよ」
「なるほど、では、案内してくれるか」
「あいよ」
二人は小部屋を出て、エピメテウスの通路を抜け、タンドリアの夜の街へと姿を消した。
砂漠の町は、救援物資の配給で活気づき、灯りが砂の建物に暖かく映える。
見上げれば、遠くの空に、赤と白の光が瞬いていた。
『ブレイズ』と『リベルタ』だ。
烈火と兎歌も無事に、タンドリアにたどり着いたようだ。
夜空に2機のシルエットが輝き、戦士たちの休息の時が訪れる。
だが、ノヴァ・ドミニオンの影は依然として色濃く、次の戦いの火種は静かにくすぶり続けていた。




