絶望の使徒
さて、数日後、大陸南の砂漠地帯。
赤茶けた大地がどこまでも広がり、陽炎が空気を揺らしていた。
グォオオオ……。
タンドリア国境付近の荒野を、大型輸送車両が重々しい重低音を響かせながら進む。
埃にまみれ、陽光を鈍く反射する車体。
その周囲を、蒼と白の装甲に身を包んだエリシオンの量産型コマンドスーツ『イノセント』三機が囲むように随伴し、砂塵を蹴り上げながら進んでいた。
少し離れた位置を並走するのは、マティアス・クロイツァーの愛機『ストラウス・ザ・ホークアイ』。
岩山の陰を縫うように動くその姿は、まるで砂漠を舞う鷹のようだ。
イノセントのコックピット内で響きあうのは、兵士たちの気だるい雑談。
若いパイロット、ケインが、だるそうに口を開く。
『ったく、こんな砂だらけのど真ん中で何すんだよ。タンドリアに着いたら、まず水浴びたいぜ』
その言葉に、隣のイノセントを操るベテランパイロット、ガルドが、鼻で笑った。
『水浴び? お前、砂まみれの機体を磨く方が先だろ。愛機がピカピカにしねぇ男は、女にモテねぇぞ』
『ハッ、ガルドさん、モテるって歳じゃねぇっすよ。てか、こんな任務でモテるわけねぇだろ』
三機目のパイロット、ミラが、からかうように割り込む。
『ケイン、モテたいならマティアスさん見習いなよ。あの人、クールでカッコいいじゃん、ネ?』
『それは否定しねぇけどさー……』
通信越しに、マティアスは静かに耳を傾けていた。
視界には砂漠の地平線が広がり、高性能センサーが周囲を絶えず監視している。
マティアスは短く通信を入れた。
『雑談はいいが、警戒を怠るな。ノヴァの侵攻部隊が近くにいる可能性がある』
マティアスの声は冷静で、どこか氷のような冷たさを帯びている。
その声に肩をすくめるケイン。
『はーい、了解っす。けど、隊長、ノヴァってそんなヤバいんすか? シグマのタイタンみたいにゴツい機体でも出てくんのかな』
『ノヴァの科学力はシグマとは段違いだ。オリジンを強奪するような連中、警戒しておくに越したことはないだろ』
ガルドは低く唸った。
少し緊張した声でミラが返答する。
『それに、この輸送車両のプラズマリアクターから粒子供給できるから、イノセントのE粒子ライフルが使えるワケだし』
『まぁ、性能の割にはデカいがな』
『でも貴重なんスよね。こんな大事なモン、狙われるっスよねぇ』
輸送車両の荷台には、巨大なプラズマリアクターが固定されている。
レアメタルの不足で小型化は叶わず、イノセントに直接搭載できないほど嵩張るが、供給されるE粒子がなければ荷電粒子兵器は扱えない。
砂漠の陽光に照らされたその装置は、まるで脈動する心臓のように低く唸っていた。
マティアスはモニターを凝視し、ストラウスのセンサーを調整していた。
作戦参謀のギンから事前に受けた情報が脳裏をよぎる。
((ノヴァ・ドミニオンの部隊がタンドリア国境付近で活動中……だったな。それに、シグマがエリシオンの派兵を阻止しようと動く可能性も高い。戦闘は避けられんだろう……))
「……む?」
その時、ストラウスの肩に搭載された複合センサーユニットが、何者かの気配を捉えた。
『全員、準備を整えろ。敵の反応を捉えた。距離、約15キロ。シグマ帝国のコマンドスーツ、複数確認』
通信が一瞬静まり、ケインの声が跳ね上がる。
『マジっすか!? シグマの野郎、こんなとこまで来やがった!?』
『タイタンか? それとも新型のジャガノートか? 隊長、詳細は!?』
センサーのデータを確認し、淡々と答えるマティアス。
『タイタン四……いや五機、ジャガノートが一機。待ち伏せの可能性が高い。全機、迎撃態勢に入れ』
ストラウスのセンサーが捉えた敵影は、砂塵の向こうでゆっくりと接近していた。
ズシィイン……ズシィイン……。
土色の『タイタン』が重々しい足音を響かせ、先頭には『ジャガノート』。
総勢六機の中規模な部隊である。
『よし、ここで停止する』
『『『了解』』』
マティアスは岩山の陰にストラウスを移動させ、大型スナイパーライフルを構えた。
光学迷彩が機体を砂漠の風景に溶け込ませ、静かな緊張がコックピットを満たす。
輸送車両と三機のイノセントも地形の起伏に隠れ、息を殺して敵の動向を伺う。
通信越しに、ケインの緊張した声が響く。
『隊長、このままだと見つかりますよ! どうします?』
マティアスはモニターを凝視し、ストラウスの複合センサーが捉えたデータを確認。
冷静な声で応じる。
『動くな。全機、待機。敵の編成を確認する』
ストラウスのバックパックが低く唸り、小型コマンドロボが射出される。
ウィーン……
軽やかな駆動音を立て、砂漠の岩陰を縫うように進むコマンドロボ。
黒いドーベルマンのようなこのロボットは優秀な偵察能力があるのだ。
コマンドロボは前進し、敵の映像をリアルタイムで送信してくる。
マティアスのモニターに映し出されたのは、土色の重厚な『タイタン』五機と、軽快な動きを見せる『ジャガノート』一機。おそらく隊長機だ。
だが、その背後に映る巨大な影に、マティアスの眉がわずかに動く。
「これは……山ではない! 機動要塞『ザラタン』……!」
ザラタン。かつての大戦において、シグマ帝国が開発した強靭無比なる機動要塞である。
砂塵の彼方に映るのは全長50メートルのリクガメのようなシルエット。
頭部には大電力のレールガン、甲羅の周囲には無数の機銃が並び、不気味な威圧感を放つ。
通信越しに、ガルドの驚く声が響いてくる。。
『ザラタンだと!? どうするよ隊長!』
『うそ、こんなときに機動要塞!? 迂回する? 逃げましょうよ!』
ミラの声が震える。
マティアスはモニターを睨み、頭脳をフル回転させた。
((ザラタンの火力は圧倒的だ。輸送車両のプラズマリアクターを守りつつ正面突破は不可能。迂回するにも、敵に発見されるリスクが高い。どうする?))
だが、考える間もなく、ストラウスのセンサーが新たな反応を捉えた。
「待て……別の反応だ」
『え?』
『なんだと!?』
驚く仲間たちに、マティアスは冷静に情報を語っていく。
「遠方にコマンドスーツ、推定三機。これは……シグマではないな」
『まさか、ノヴァの部隊か!?』
本能的に危機を察知したケインの叫び声。
コマンドロボのカメラに映るのは、白く大柄な機体。
「なんだこれは!」
マティアスもその機体に覚えがない。
それもそのはず、現れたのはノヴァの新型コマンドスーツ『ファランクス』なのだから。
ファランクスはロールアウトされたばかりで、エリシオンはおろかシグマ帝国にもその情報は知られていない。
マティアスの視線が鋭さを増す。
「おそらくノヴァの斥候だろうが……ほう、ザラタンを発見したようだ。戦闘が始まる」
ドゥン……!!
砂漠の彼方で、突如として爆音が響き渡った。
ノヴァのファランクス三機が、ザラタンとシグマの部隊に突進したのだ。
砂塵が舞い上がり、戦場の空気が一瞬で緊迫する。
~~~
同時国、ザラタンのブリッジにて。
ブリッジは、薄暗い照明の下で重々しい空気に包まれていた。
中央の指揮官席に座る中年の男は、モニターに映る敵性反応を冷たく見据えている。
オペレーターの慌ただしい報告が響いた。
「敵性反応、接近中! コマンドスーツ、数三! ノヴァ・ドミニオンの所属と思われます!」
指揮官の唇が歪み、嘲るような笑みが浮かぶ。
「三機だと? ザラタンの前に、たかが三機で何ができる! 蹴散らせ」
「了解! 全機、迎撃態勢! レールガン、発射準備!」
ギィイイ───ッ!!
ザラタンの頭部に備えたレールガンが低く唸り、膨大なエネルギーがチャージされていく。
ブリッジのモニターに映るのは、ファランクスの白いシルエット。
指揮官は短く命じる。
「あいさつ代わりに撃ち抜いてやれ。───発射ァ!」
───ズドォオン!
レールガンの砲弾が砂漠を切り裂き、凄まじい衝撃波を巻き上げた。
弾頭は見事、先頭のファランクスに直撃!
砂塵と爆炎が戦場を覆い、ブリッジに一瞬の静寂が訪れる。
だが……煙が晴れた瞬間、オペレーターの震える声が響いた。
「敵機、健在! 防がれました!」
「何ィ!?」
指揮官の目が見開かれた。
モニターに映るファランクス三機は、大型のシールドを構え───
「ま、まったく損傷していない……だと?」
白い装甲が陽光に輝き、まるで砂漠の幻のように不気味な存在感を放っていた。




