終焉、次の戦いへ
『終わった……の?』
兎歌のイノセントは、左腕を失いながらもそばに立つ。
烈火は荒い呼吸で応えた。
「あぁ……これで、お仕舞いだ」
~~~
一方、東武連邦の輸送艦『ヘイリン』にて。
指揮室は混乱に包まれていた。
オペレーターたちが叫び合い、モニターの警告灯が赤く点滅する。
「ティエジア、反応ロスト!」
「応答、途絶えました!」
「馬鹿な!?」
指揮官は即座に決断、指示を下した。
「きゅ、急速浮上だ! 敗北した以上、我々にできるのは帰投し、新型の脅威を伝えることだけだ!」
「りょ、了解!」
指揮官の声が響き、操縦士がスラスターを起動させる。
だがその瞬間───
ズガァン!
爆音が艦内に響き、コンソールが火花を散らした。
「な、なんだ!?」
「後部スラスター被弾!」
「バカな、ステルス中だぞ!」
おお、なんという超絶技巧か。
密林の奥に微かに覗く、ステルス艦を見抜くのは、至難の業である。
さらに、木々の隙間を抜け、後部スラスターを貫いたのだ!
指揮官が驚愕の声を上げる。だが、次の瞬間、リアクターが誘爆。
ズドォン!
輸送艦はオレンジの炎に包まれ、ジャングルの闇に墜ちていく。
「命中確認───」
そこから少し離れた、交戦区域。
マティアスはイノセントの視界越しに炎を見つめ、静かに目を伏せた。
『敵艦、破壊完了。消化班を急がせてくれ』
その声は冷静だが、どこか重い。
ヘルメットを脱ぐと、銀髪が月光に揺れる。
それは、敵の冥福を祈るようだった。
~~~
しばらくして、炎が残るジャングルの戦場跡。
そこでは、烈火、兎歌、マティアスの三人が、イノセントから降り、並んでいた。
目の前では、小型コマンドスーツの消化班が、燃え盛る残骸に消化弾を放っている。
「水の確保急げ―!」
「倒木は解体班を呼べ!」
黒煙が立ち上り、鉄くずが転がり落ちる。
と、調査隊が敵機のコックピットボールを調べ、報告を上げた。
『ダメですね。すでに全員死んでいます。恐らく、毒薬かと』
それを聞いた烈火は、地面に吐き捨てるように呟く。
「ザマァ見ろ」
「烈火……」
兎歌は、そっと烈火に寄り添い、パイロットスーツの胸元を緩める。
閉じ込められていた豊満な胸が解放され、烈火の腕に押し付けられる。
その声は小さく、震えていた。
「これで、シトカの人たちも、少しは浮かばれたのかな……」
「さて、な……葬式の火よりか、派手になっただろ」
烈火は兎歌の肩を抱き、空を見上げた。
シトカの虐殺───かつての大戦で、東武連邦が焼き払った村、二人の故郷。
その仇討ちが、少しはできただろうか。
少し離れた場所で、マティアスが調査隊と低声で話している。
銀髪が風に揺れ、彼の表情は読めない。
と、通信パネルが光り、カルコスの穏やかな声が流れた。
『お疲れ様でした』
「お、おう」
パネルの中のカルコスは頷き、話を続ける。
『今回の被害は大きかった。クロウ、アレサ、ドラール……。
ですが、イノセントの機密は守られました。
二人とも、心より感謝します』
烈火は兎歌と顔を見合わせ、応じる。
「あ、ああ……」
「アレサさんたちは……死んだんだね……」
カルコスは小さく目を伏せた。
『彼らの犠牲は無駄ではありません。君たちは、エリシオンの希望と未来を守ったのです』
「……」
カルコスの言葉に、烈火は歯を食いしばった。
ジャングルの風が生ぬるく頬を撫で、燃え尽きたシェンチアンの残骸が静かに冷えていく。
マティアスが二人に近づき、静かに言った。
「帰還の準備をしよう。我々の役目は果たした」
「……あぁ、そうだな」
烈火は兎歌の手を握り、力強く頷く。
イノセントの蒼い装甲が月光に輝き、輸送艦『アネモイ』が遠くに浮かぶ。
月明かりが、。
~~~
さて、場面は一転。
エリシオンの地下深くに広がる秘密の庭園へ。
そこは、陽光の届かぬ深淵にありながら、人工の光が織りなす幻想的な楽園だった。
地下庭園は、翡翠色の苔に覆われた岩壁と、透明な水流が静かに流れる小川で彩られている。
空気はひんやりと湿り、淡い紫の花々が光ファイバーで作られた擬似星空の下で揺れる。
まるで、時間が止まったような静謐な、安らぎに満ちていた。
庭園の一角、小さな庵の中で、ギンとカルコスが向かい合っていた。
ギン。銀髪をポニーテールにまとめ、物腰柔らかな笑みを浮かべる青年。
エリシオンの作戦参謀として、その存在は秘匿され、地下庭園に身を置いている。
カルコスは、机に置かれた茶器から、湯気を上げる煎茶を手にした。
ゆっくりと飲み、報告を始める。
「烈火たちですが、東武連邦の特殊部隊を撃破しました。
敵は精鋭揃い、しかもティエジアを擁していましたが、烈火の活躍は際立っていました」
「……なるほど」
ギンは茶を啜り、興味深そうに目を細める。
「いいね。詳しく聞かせてもらおう」
「はい」
カルコスはホログラムパネルを操作し、戦闘のログデータを投影する。
烈火のイノセントの動き、プラズマリアクターの出力曲線、ダメージがグラフで示される。
「烈火は単独でシェンチアン二機、そしてティエジアを撃破しました。
操作ログを確認したところ、彼のネクスター適性は、極めて高い。
精神波の探知精度、反応速度ともに、精鋭を上回る水準です」
ギンは小さく頷き、口元に柔らかな笑みを浮かべる。
「いいね。スカウトして正解だった。これなら、ブレイズのパイロットにできそうだ」
パチンッ。
ギンが指を軽く鳴らすと、机上に新たなホログラムが浮かんだ。
炎じみた赤い装甲に包まれたコマンドスーツ───EXF-002 ブレイズ。
そのシルエットは、獰猛な獣を思わせる。
鋭角的な肩部装甲、両腕に備えられたマルチプルユニット、そして背部に展開する粒子推進器が、圧倒的な威圧感を放っていた。
カルコスはその姿に感嘆した。
「これが……ブレイズ……ですか」
スペック表を見ると、数値が変わっていた。
以前、聞かされたデータよりも、出力、装甲強度、機動性が大幅に向上している。
だが、その数値はもはや人間の制御限界を遥かに超えていた。
カルコスは眉をひそめ、慎重に言葉を選ぶ。
「ギンさん、この機体は……強すぎます。
フレームを軽量化すれば機動性は上がりますが、負荷が人間の耐久限界を超えています。
いくら烈火でも、扱えるかどうか……」
ギンは肩をすくめ、茶を一口飲んでから笑う。
「大丈夫さ。ネクスター適性、身体能力、そして闘争本能───どれも人類最高峰の烈火なら、この怪物を扱えるはずだ」
カルコスはホログラムを見つめ、微かに息を吐く。
ホログラム投影されたブレイズは、ただただ佇んでいるだけだ。
ギンは立ち上がり、庵の縁側から庭園を見やる。
視線の先では、桜の花びらが光を反射し、静かに舞い落ちた。
「烈火は憤怒の化身だ。非常に危険だが、生き残るにはあの子が、あの子の苛烈さが、必要なんだ」
カルコスはギンの背中を見つめ、静かに頷いた。
「そのために、私たちが彼を支える必要があるのですね」
「その通りだ、英雄には、裏方が必要なのさ。
───さあ、次の戦いに備えよう」
地下庭園の静寂が、二人の言葉を優しく包む。
離れた場所では、人工の小川がさらさらと流れていた。
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