烈火の初陣だけど二戦目
ハルマ基地、第2ミーティングルーム。
それは、近代的な四角い空間であった。
強化樹脂の白い壁に囲まれ、巨大なスクリーンが低い電子音を出している。
部屋の中央には長机と、多数の椅子が置かれ、机には資料の入ったパネルが置かれていた。
烈火、兎歌、マティアスの三人が部屋に入ると、すでに数人の軍人が長机を囲んでいた。
発光素子の白い光が、集まった軍人たちの顔を冷たく照らす。
カルコスが部屋の中央に立ち、銅色の髪を揺らしながら穏やかに微笑む。
「皆さん、来ましたね。では、始めましょう」
カチッ。
カルコスがリモコンを操作すると、壁のスクリーンに密林の映像が投影された。
鬱蒼とした緑の奥に、黒い戦艦の影が不気味に浮かぶ。
ゴゴゴ……
低く唸るリアクター音が、スピーカーを震わせる。
「戦闘空母……?」
「烈火……」
烈火は眉をひそめ、兎歌は不安げに烈火の袖を掴む。
隣に座るマティアスは、銀髪を揺らし、静かにスクリーンを見つめていた。
「これは?」
「先程届いた偵察画像です」
軍人の質問に、カルコスは落ち着いた声で続ける。
「集まってもらったのは他でもありません。この敵の発見と撃破のためです」
カルコスは一呼吸置き、説明を始めた。
「この艦は、東武連邦の特殊部隊に所属するものと推定されます。
彼らの目的は、開発中のイノセントの鹵獲、あるいは破壊でしょう。
イノセントはエリシオンの次世代コマンドスーツとして量産を予定しています。
その技術が敵の手に渡ることは、絶対に許されません」
烈火は腕を組み、低く唸った。
「つまり、仕留めろってことか」
「その通りです、烈火さん」
カルコスは頷き、スクリーンに母艦の拡大画像を映す。
不鮮明な画像が補正され、黒い艦が密林の奥を進んでいる姿へと変わっていく。
「敵の隠密行動が巧妙で、戦力規模は不明です。そのため、現在動かせる最大戦力を投入します。つまり……」
カルコスの視線が、烈火、兎歌、マティアスに向けられる。
部屋に静かな緊張が走る。
「最新のイノセントで戦っていただきます」
烈火は小さく頷き、口の端を吊り上げた。
「いいね、やってやらぁ」
「わ、わたし、ちゃんとやれるかな……」
兎歌は少し不安げだ。
マティアスは小さく首を振り、穏やかに言う。
「心配するな、兎歌君。君は強い。それに私も烈火も同行する、心配は不要だ」
そのやり取りにカルコスは深く頷いた。
そして、全員を見渡すと、力強い声で言った。
「では、皆さん。御武運を。未来のために!」
「「未来のために!!」」
兵士たちの声が一斉に上がり、ミーティングルームの白い壁に反響した。
烈火は拳を握り、兎歌は小さく息を吸い込み、マティアスは静かに目を閉じて覚悟を固める。
「では、具体的な編成と、作戦の説明に移ります───」
〜〜〜
一時間後。
ハルマ基地の格納庫は、夜の静寂に包まれていた。
南国の湿った空気が吹き抜け、髪を揺らす。
烈火のイノセントは格納庫の一角に佇み、蒼白い装甲が照明に淡く反射していた。
「よーし、2番機、リアクター正常だ!」
「推進剤、充填70%!」
周囲をメカニックたちが走り回り、勇ましい声を掛け合っている。
見上げると、上から武器を持ったクレーンが降りてくるのが見えるだろう。
ガチャン!
E粒子ライフル、コンバットナイフ、シールド、新たな武器が次々と装着されていく。
次に、アームが胸部装甲を外すと、プラズマリアクターが現れ、淡い光があふれ出す。
ゴォォン……。
低く唸るその音は、まるで獣の鼓動のようだった。
「よーし、ケーブル繋げー! 出力30で固定してやー!」
さて、コックピットハッチの前の通路に目を向けると、少女が立っている。
少女───橙色の髪をお団子に結ったメカニック、菊花・メックロードである!
ツナギ姿の彼女は、豊かな胸を強調するように腕を組み、関西弁でまくし立てた。
「アンタがイノセントのパイロットやな! ええか、この機体にはプラズマリアクターが乗っとるんや。コイツは通常機より出力が高いで! 気ぃつけて動かすんやで!」
菊花の視線の先には赤黒いパイロットスーツの青年。
烈火である。
烈火はヘルメットを被り、モニターに目を走らせながら答える。
「分かってるよ。シミュレータなら山ほどやったさ」
菊花が眉を吊り上げ、声を張り上げる。
「アカンアカン! シミュレータと実機はちゃうねん! 凄まじい負荷がかかるんや! 絶対に無茶したらアカンよ!」
烈火は苦笑し、操縦桿を軽く握った。
「分かったよ、姐さん。無茶はしねえ」
「ホンマかぁ……? まぁええわ、無事に帰って来るんやで、手柄より命や!」
ここで、隣のイノセントに視点を移そう。
マティアスと兎歌のイノセントにも追加装甲や武装が組み付けられていく。
ガシャン!
シールドが装着され、E粒子ライフルのマガジンがカチリと嵌まる。
メカニックたちの声が格納庫に響く。
「粒子充填完了!」
「システムオールグリーンです!」
「よーし、機体から離れてや!」
菊花は満足げに頷き、コックピットハッチから離れる。
烈火を振り返り、橙色の髪を揺らしながら叫んだ。
「無事に帰ってくるんやで、烈火!」
「ああ……任せとけ」
烈火の短い返答に、菊花はニッと笑った。
ウィーン……。
コックピットハッチが閉じ、イノセントのモニターが点灯。
烈火のイノセントは、プラズマリアクターの赤い輝きを胸に宿し、その目を光らせた。
その隣、マティアスと兎歌のイノセントにも粒子が流れ込み、重低音の唸りを上げる。
『各機、アネモイへ搭乗してください』
『『『了解!』』』
3機のイノセントは巨大な足を踏み出し、輸送艦『アネモイ』へと向かう。
巨体が艦へと吸い込まれ、ハッチが閉じた。
「イノセント各機、格納完了!」
「ボルン1番機、2番機、格納完了!」
「よし、天井開け!」
グォオーン───ッ。
格納庫の天井が開き、アネモイの巨大なシルエットが夜空に浮かぶ。
『全機、準備完了。出撃、いつでもいけます!』
『よし、アネモイ、発進!』
さて、烈火はコックピット内で首を振り、つぶやいた。
『初陣かぁ……、ま、やってみるか』
そのつぶやきに、兎歌の小さな声が返る。
『烈火……気をつけてね』
『心配するな、兎歌。俺が守ってやる』
見つめあい、ほほ笑む兎歌。
そんな二人の様子を横目に眺めるマティアス。
マティアスは小さく頷き、拳を握る。
「さて、若者が命を張ろうと言うのだ。私も戦わねばな」
輸送艦は、夜の森へと向けて動き出す。
闇を切り裂くリアクターの唸りが、闇の奥へと響き合った。
さて、視点はアネモイの格納庫へと移る。
そこは、金属の軋む音とメカニックたちの声で満たされていた。
烈火たちのイノセント3機、中古のボルン2機、そして数機の小型コマンドスーツが、ぎっしりと並ぶ。
即座に出せる戦力はこれだけだ。
烈火はイノセントのコックピット内で深く息を吸い、集中していた。
と、通信パネルが光り、ボルンに乗るベテランパイロット二人の顔が映し出される。
一人は無精ひげの男、もう一人は短髪の女。
二人は烈火を見つめ、歯を見せて笑った。
『初陣が不安か? 心配するな、若造。オレたちがついてるぜ』
『そうそう、お姉さんに任せなさい! これでも腕には自信があるんだから!』
その声に烈火は小さく笑い、頷いた。
兎歌は通信パネル越しに、小さく頭を下げる。
『ありがとう、クロウさん、アレサさん……!』
烈火は二人の笑顔を見やり、目を細めた。
((……虚勢だな))
旧型化しつつあるボルンでは、イノセントの性能に及ばない。
当然、敵の新型機を相手にするには心もとない。
それでも……不安がる兎歌を励ますために、ベテランたちは笑っているのだ。
烈火は小さく頷き、通信に低く応じた。
『……頼りにしてるよ。ありがとな』
と、マティアスが穏やかに割り込む。
『二人とも、無茶はしないでくれたまえよ』
『へっ、説教はいいぜ。蹴散らしてやる!』
烈火の声が響いた直後、通信パネルに通知音。
先行していた偵察用の小型コマンドスーツから通信が入ったのだ。
通信パネルに映る若いパイロットの声が、緊張に震えていた。
『敵影確認! ジャングル北西、座標3-7-2! 黒い機体、複数──!』
ザザ───ッ。
通信が途切れ、ノイズが響く。
烈火の目が鋭く光る。
「やられた……!」
『まずい! 全機、降下しろ!』
マティアスは通信パネルに向けて叫んだ。
出撃の号令が格納庫に響き、輸送艦のハッチが開く。
『……分かった! 烈火・シュナイダー、出るぞ!』
『兎歌・ハーニッシュ。行くよぉ!』
烈火のイノセントは、プラズマリアクターの唸りとともに飛び出した。
その後ろを、兎歌とマティアスの機体が続く。
その後を追うのは、2機のボルン。
ゴォオオオ───ッ
ジャングルの闇が眼前に広がり、湿った空気が機体を包む。
総勢5機の軍勢は、未知の敵の眼前へと降下していく。