烈火 は エリシオン に スカウト された!
エピソードオリジン『わたしのヒーロー』 の直後の時系列からスタート。
森の静寂を切り裂いた戦闘の残響が、まだ空気に漂っていた。
木々の間を縫う風が、焦げた金属と土の匂いを運ぶ。
そんな中、烈火・シュナイダーは、イノセントのコックピットから這い出してきた。
「いよ……っと。はぁ」
烈火は泥と傷にまみれた蒼い装甲を背に、荒々しく息を吐いた。
隣では幼なじみの少女───兎歌・ハーニッシュが、震える手でヘルメットを外し、桜色の髪を揺らしながら彼を見つめている。
「烈火……ほんと、ありがとう……」
兎歌の声は小さく、涙でかすれていた。
烈火は彼女の肩を軽く叩き、ニヤリと笑う。
「ったく、ビビりすぎだろ。まぁ、無事で何よりだ」
その言葉に、兎歌の唇がわずかに緩む。
だが、遠くで新たな音。
「「……?」」
二人の視線が一斉に森の奥へと向いた。
ゴゴゴ……。
重いエンジンの唸りが近づいてくる。
木々がザワザワと揺れ、土煙が薄く舞い上がる。
「何だ? 敵の増援か?」
烈火が身構えると同時に、森の奥から、エリシオンの輸送部隊が姿を現した。
重装甲の輸送車はゴロゴロと地面を踏みしめ近づいてくる。
その灰色の装甲にはエリシオンの紋章が光っていた。
「兎歌! 無事だったか!」
輸送車のハッチが開き、エリシオンの兵士たちが飛び出してきた。
だが、彼らの視線は烈火に注がれ、一瞬で緊張が走る。
ガチャガチャッ!
数人の兵士が反射的にライフルを構えた。
「おい、誰だ!? 民間人か!?」
兵士の一人が叫ぶと、烈火は眉をひそめ、片手を軽く上げて応じた。
「落ち着けよ。敵じゃねぇ」
その瞬間、輸送車から降り立った隊長が、雷のような声で一喝した。
「銃を下げろ! 民間人に銃を向けるだと!? 何事だ!」
隊長の声が森に響くと、兵士たちは慌ててライフルを下げた。
だが、一人の若い兵士がなおも銃を構えたまま動かない。
隊長の目が鋭く光り、一歩踏み出すと、兵士の頬に拳が飛んだ。
バキッ!
「ぐわー!?」
「貴様、命令が聞けんのか!」
兵士は衝撃によろめき、銃を落とす。
もしも、ここで兵士を止めていなければ───
───敵対と認識した烈火によって、兵士は死んでいただろう。
隊長は烈火に向き直り、ヘルメットを外して深く頭を下げた。
「すまなかった。貴君がイノセントを守ってくれたようだな。感謝する」
烈火は肩をすくめ、気まずそうに頭をかいた。
「まぁ、たまたま居合わせただけだ。礼なら兎歌にでも言っといてくれ」
隊長は小さく笑い、烈火に手を差し出した。
「私は隊長のガルスだ。貴君の名は?」
「烈火・シュナイダー。よろしく」
二人は固い握手を交わす。
その後ろ、輸送部隊は手早く撤収の準備を始めていた。
烈火は簡単な身体検査を受け、輸送車の一台に案内された。
普段なら民間人は窓のない隔離室に通されるが、今回は特別に窓付きの席へ。
ガルスは「これくらいは許せ」と笑いながら言っていた。
グォオーン……。
輸送車が動き出すと、窓の外をイノセントが並走していた。
その蒼い装甲が陽光に輝き、まるで生き物のように軽やかに動く。
ふと、イノセントの腕がヒラヒラと小さく振られ、烈火に挨拶するような仕草を見せた。
烈火は窓越しにその姿を見て、口の端を上げる。
「ったく、兎歌の奴、調子に乗ってんな」
と、オペレーターからの叱責が飛んだ。
『おい兎歌! 勝手に動かすな! 任務中だぞ!』
『ご、ごめんなさい! つい……』
オペレーターの叱責に、兎歌が慌てて応じる。
すると、イノセントの腕がシュッとまっすぐに戻り、規律正しく並走を再開。
烈火はクスクスと笑い、窓に手を当てて、小さく振り返した。
窓の外では、森が遠ざかり、開けた荒野が広がっていく。
~~~
やがて、車列は海辺の港に到着した。
ザザァ……。
潮の香りが鼻をつき、波の音が響く。
港の片隅に輸送車が停まり、烈火がハッチから降り立つ。
と、目の前に広がるのは巨大な輸送艦のシルエット。
鉄と塩の匂いが混じる中、降りてくる人影が見えた。
静かに歩み寄ってきたのは、銅色の髪の男。
思わず烈火は手を振り、叫んだ。
「カルコス!」
烈火の声に、男───カルコスは柔らかな笑みを浮かべ、小さくお辞儀をした。
「やあ、久しぶりですね、烈火くん」
カルコスの物腰は穏やかで、整った顔に知性が滲む。
この男は、烈火より早くヴァイスマンの孤児院を卒業した先輩であり、今はエリシオンの作戦指揮官である。
その顔に、烈火は懐かしそうに笑い、カルコスの肩を軽く叩いた。
「相変わらずキザな奴だな。お前、こんなとこで何してんだ?」
「君を迎えに来たんですよ」
「俺を?」
カルコスは微笑を崩さず、港の輸送艦を指さした。
「そうです。さあ、話は艦の中で。イノセントの活躍、そして君の力……聞きたいことが山ほどあるのですよ」
「……そうかい」
烈火は鼻で笑い、カルコスと並んで艦へと歩き出した。
遠くでは、イノセントが輸送艦の格納庫へと歩いていくのが見える。
『おーらい、おーらい! このまま、あ、ちょい右!』
『はーい!』
兎歌の小さな笑い声がコックピットに響いていた。
~~~
ザザァ……ザザァ……。
輸送艦『アネモイ』の甲板に、潮風が吹き抜ける。
港の喧騒が遠ざかり、艦のリアクターが低く唸っていた。
窓の外には飛んでいく海鳥と、陽光を反射する水面。
そんな景色を眺めつつ、烈火はカルコスに導かれ、艦内の通路を進んでいた。
斜め後ろには兎歌が付き添い、少し不安げに歩いている。
「こちらです、烈火さん。どうぞ、私の執務室へ」
「あいよ、……なんか、気取った部屋だな」
烈火が軽く笑うと、カルコスは小さく首を振って応じた。
「ふふ、昔と変わらないようで、何よりです。さあ、どうぞお入りください」
烈火は案内されるまま、執務室へと入っていった。
一方、艦の通信室。輸送部隊の隊長ガルスは、秘匿回線を通じて本国と連絡を取っていた。
モニターの冷たい光が彼の浅黒い顔を照らし、低い声が響く。
「……はい、指示通り、民間人のパイロットを確保しました」
『 ?』
「ええ、危害は加えておりません」
『 』
「はい、了解しました」
ガルスは短く応じ、通信を切ると、深い息を吐いて椅子の背に凭れた。
「民間人がイノセントを動かしちまうとは……とんでもねえ奴だ」
その呟きは、艦の強化樹脂の壁に吸い込まれ、静寂に溶けた。
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さて、カルコスの執務室。
そこは、簡素ながら整然とした空間だった。
本棚には最小限の資料、机には通信パネルと報告書、壁には古びたコートがかけられている
金属の机を挟んで、烈火とカルコスは向かい合って座る。
烈火の隣には兎歌が座り、桜色の髪を揺らしながら、不安げに視線を彷徨わせていた。
「では───」
カルコスは背筋を伸ばし、穏やかな瞳で烈火を見つめた。
「さて、烈火さん。まずはお話を伺いましょう。森での出来事を、詳しくお聞かせください」
その声は穏やかだが、探るような響きを帯びている。
烈火は肩をすくめ、気だるげに話し始めた。
「そんなに複雑でもねーよ。兎歌が敵に追われてた。東武連邦のコマンドスーツが3機。……兎歌がやばかったから、俺がイノセントに飛び乗って、全部ぶっ倒した。それだけだ」
「う、うん……烈火が来てくれて、ほんとに助かったの……!」
兎歌も小さく頷き、補足する。
カルコスは二人を交互に見やり、静かに頷いた。
指を組み、机に肘をつきながら、言葉を丁寧に選ぶ。
「なるほど。……烈火さん、あなたがイノセントを守り、敵部隊を撃退したことは、誠に素晴らしい功績です。まずはエリシオンを代表して、心より感謝申し上げます」
烈火は椅子の背にドサリともたれた。
小さく首を振り、つぶやく。
「感謝なんかいらねえよ。兎歌が無事なら……それでいい」
カルコスの瞳が一瞬鋭く光り、口元に微かな笑みが浮かぶ。
だが、声は変わらず穏やかだった。
「さすが烈火さんらしいですね。さて……ここで、重要な話をしなければなりません」
「……?」
烈火は眉をひそめ、カルコスを睨む。
隣に座る兎歌も、不安げに烈火の袖を掴んだ。
「何だよ、カルコス。 まさか、俺を捕まえる気か?」
「いいえ」
カルコスは首を振って否定し、静かに言葉を続けた。
「そのようなことはありません。ですが、烈火さん。あなたはイノセントに搭乗し、その性能と機密に触れた」
「そうだな」
「エリシオンの試作機であり、軍の最高機密です。知った者を野放しにすることは、残念ながら許されません」
烈火の目が細まり、声にわずかな苛立ちが混じる。
「───で? どうするつもりだ? 記憶でも消す気か?」
カルコスは静かに息を吐き、真剣な眼差しで烈火を見据えた。
「烈火さん。私には提案があります。エリシオンの軍に加わりませんか?」