地下庭園での会議
烈火たちが砂漠で戦い、洞窟でサバイバルしているそのころ、エリシオンの地下庭園。
そこは、人工の光に照らされた静かな楽園だった。
色とりどりの花々が咲き、小川のせせらぎが響く。
「……さて」
銀髪をポニーテールに束ねた青年、ギンが、通信パネルの前に立つ。
ギン。エリシオンの作戦参謀であり、その存在は秘匿されている存在である。
パネルを起動すると、パネルの向こうには、銅色の長髪のカルコスと、橙色のお団子ヘアの菊花が映った。
「カルコス、状況を報告してくれ」
ギンの言葉にカルコスは姿勢を正し、丁寧に答えた。
『はい、砂漠の部隊の最新状況です。シャオと乗機ルナ、輸送艦ヘルメスおよびクルーは無事を確認しました。現在、指定座標で待機中です』
「シャオとルナが無事か。ヘルメスのクルーもだな。良い報告だ」
ギンは小さく頷き、顎に手を当てる。
「続けて、烈火と兎歌の状況は?」
『烈火・シュナイダーと兎歌・ハーニッシュは、依然として行方不明です。ブレイズや他の機体の残骸も見つかっていません。捜索は継続中ですが、現時点で手がかりは……』
カルコスの目が一瞬伏せられた。
ギンは静かにため息をつき、目を細める。
「……わかった。捜索は引き続き頼む。進展があれば、即座に報告を」
『承知しました』
カルコスは頷くが、声にわずかな迷いが混じる。
『ギン様、正直なところ、烈火と兎歌が死んだ可能性も……』
「死体は勝手に動いたりしないよ、カルコス」
ギンの声は穏やかだが、鋭かった。
「烈火の生命力は人類の最上位。それが機体ごと消えたのなら、どこかで生きている可能性が高い。そうだろう?」
『……確かに。私の失言でした。捜索を徹底します」 』
カルコスは小さく笑い、頷いた。
と、その時、菊花の声がパネルから響く。
『なあ、ギン! 烈火と兎歌、ほんまに大丈夫なん? ウチ、心配で心臓バクバクやで……!』
橙色の目は潤み、感情が溢れていた。
「菊花、心配はわかる。とはいえ、そうそう簡単に死なないだろうさ」
『うう……せやけど、核やで? そんなん、そんなん……』
菊花の声が震え、目を伏せる。
「菊花、君の気持ちはよくわかる」
『ギン……』
「だが、烈火と兎歌はエリシオンの誇りだ。あの二人なら、必ず生きている。オレも信じている。キミもそうだろう?」
『……せやな』
菊花は唇を噛み、数回首を振ると、力強く頷いた。
『せや! ギンの言う通りや! 烈火も兎歌も、絶対生きてる! ウチ、信じるで!』
「その意気だよ」
ギンは満足そうに頷き、カルコスに視線を戻す。
「カルコス、ヘルメスとシャオの安全を確保しつつ、烈火と兎歌の捜索を続けてくれ。何かあれば、すぐに連絡を」
『承知しました。必ず良い報告を』
カルコスの声は力強い。
ギンはパネルのデータを更新すると、次の話題へと移った。
そもそもの元凶について、ギンは問いかける。
「さて、シグマの動向はどうだ、カルコス?」
『『ッ!』』
その言葉に、カルコスと菊花は表情を変えた。
カルコスはゴソゴソと報告書を取り出すと、読み上げていく。
『ギン様、スパイからの最新情報です。ノヴァ・ドミニオンがシグマ帝国の上層部にエージェントを送り込み、傀儡化を進めているようです。帝国の意思決定は、すでにノヴァの影響下にある可能性が高い』
「……なるほど」
ギンは顎に手を当て、目を細めた。
「ノヴァのエージェント……か。具体的な動きは?」
カルコスの声に一瞬の緊張が走る。
『それが……スパイとの連絡が途絶えました。最後の報告では、『灰のような髪の男に追われている』とだけ。詳細は不明ですが、ノヴァの追跡者が動いた可能性があります』
ギンは小さく頷き、静かに呟く。
「灰色の髪……か。ノヴァが大きく動き出したということは、つまり、彼らが勝ちを確信している証だ」
その言葉に、菊花はパネル越しに身を乗り出し、割り込んだ。
『なあ、ギン! それって、ノヴァが本気でシグマを飲み込む気やな? ウチ、めっちゃ嫌な予感するで!』
「その通りだよ、菊花。ノヴァは軍事侵攻と内部工作でシグマ帝国を完全に取り込むつもりだ」
ギンは低い声で答える。
「彼らは先日のエピメテウス隊襲撃で、イノセント・オリジンを強奪した。プラズマリアクター搭載機を手に入れ、技術的優位を確立したつもりだろうね」
『うぐぐぐ……!』
菊花の目が大きく見開かれる。
『ウチ、ノヴァの技術論文読んだことあるけど、レベル高いで。あいつらなら解析して、すぐ自分らでリアクター作りかねん! なぁ、オリジンが本国に運ばれる前に、なんとか奪還できひん?』
ギンは静かに首を振る。
「……難しいな。確認できるだけで2体のサーペントが護衛についてる。加えて東武連邦から横取りしたらしい部隊も護衛につけている。対して、我々の戦力は砂漠に分散している。烈火と兎歌の捜索、シャオとヘルメスの保護で手一杯だ。戦力を割く余裕は……ない」
カルコスが口を開く。
『ギン様、その通りですが……ノヴァがプラズマリアクターを量産すれば、エリシオンの技術的優位は失われます。シグマを傀儡化したノヴァが次に狙うのは、我々でしょう』
「……だろうね」
ギンは椅子に腰を下ろし、銀髪が人工の光に揺れる。
脳内で救出のシミュレーションを行うが、その結果は芳しくはない。
((ストラウスとウェイバー……ダメだ、海中に逃げ込まれたら勝ち目は薄いだろう。魚雷とミサイルの飽和攻撃……ダメだ、オリジンを破壊しかねない。そもそもサーペントを撃墜できる魚雷がない。アズールを持ち出すか? ダメだ、この状況で本国を手薄にすれば、間違いなく本国が攻撃される。アズール抜きで守り切るのは不可能だろう))
「……手詰まりだな」
菊花が拳を握り、声を上げた。
『そんなん、ほっといたらアカンやろ! ウチ、オリジンの設計に関わったんや! アレがどれだけの機体かはわかっとる、奪われたら、ヤバイんや。なぁギン……どうにかならへんのか?』
ギンは静かに微笑み、菊花を落ち着かせるように言った。
「焦るな、菊花。君の技術は我々の要。だが、無謀な行動はノヴァの思うつぼだ。まずは情報を集め、ノヴァの次の動きを予測する。カルコス、諜報部隊に連絡し、ノヴァの行動を調べさせろ」
『承知しました。早急に動きます』
カルコスの声は力強い。
菊花は少し落ち着きを取り戻し、頷く。
ギンはその様子を確認し、次の議題を言い出した。
「さて、次の報告を聞かないとね。菊花、新型機の開発状況はどうだ?」
ギンの声は穏やかだが、言葉には次の戦いを見据えた重みが宿る。
『順調やで!』
「ほう」
菊花はパネル越しに豊満な胸を張り、関西弁で勢いよく答えた。
『新型機、リベルタ・ザ・ターミガンとダフネ・ザ・フェニックス!』
ててーん!
菊花がパネルを操作すると、コマンドスーツのCGモデルがパネルに表示された。
一つは鳥のような白い機体。
もう一つは大きなバックパックを背負った、紅白色の機体である。
『どちらもフレームと武装はもう完成や! リベルタは兎歌の新機体にバッチリやし、ダフネもええ感じや! ただ……』
菊花の声が一瞬弱まる。
『コアのプラズマリアクターがまだ完成してへん。希少鉱石が足りへんのや。あと、ダフネのパイロットが決まってへんで』
その言葉にギンは静かに頷き、微笑んだ。
「良い進捗だ、菊花。鉱石の確保は急がせよう。ダフネの搭乗者については……もう少し時間をくれ。適任者が見つかるさ」
『ほんまかいな、ギン! 頼むで、ええパイロット見つけてや!」 』
と、カルコスが静かに口を開く。
『しかし、ダフネのパイロットはどうしますか? 技量、戦闘適性、ネクスター適性、それを高水準で満たすパイロットとなると……候補がかなり少ない』
「その通りだね」
ギンは目を細め、続けた。
『リベルタは兎歌のために設計された。彼女の精神波とスキャナーの同期は問題ないだろう。だが、ダフネは特別だ。パイロット選びは戦局を左右する。まぁ、焦らずにいこう』
と、その時、通信パネルに新たなアラート音が響いた。
カルコスが素早くデータを確認し、顔を上げる。
『ギン様、緊急報告です! 烈火・シュナイダーと兎歌・ハーニッシュ、両名が見つかりました! 現在、ヘルメスで保護し、帰還の準備を進めているとのこと』
「ほう」
『烈火と兎歌が!?』
菊花はパネル越しに、飛び上がるように叫んだ。
『ほんまか!? 生きてたんや!よかったぁ……』
「良い知らせだ。詳細を教えてくれ。」
ギンは穏やかに微笑み、カルコスに頷く。
しかし、カルコスの表情が一瞬硬くなった。
『それが……追加の報告です。烈火は、シグマ帝国の最強パイロット、ゲイル・タイガーを連れてきたそうです』
通信ルームに重い沈黙が落ちた。
菊花の顔がみるみるうちに紅潮し、橙色のお団子ヘアが震える。
「ゲイル・タイガー!? シグマのあの野郎!?」
菊花は拳を握りしめる。その声は怒りに震えていた。
「あいつが……あいつらがウチの故郷を滅ぼしたんやぞ! 烈火、なんでそんな奴連れてくんねん! ぶっ殺したる!」
「菊花、落ち着け」
ギンの声は穏やかだが、静かな威圧感があった。
その言葉に、菊花は唇を噛み、目を潤ませながらも黙る。
ギンはカルコスに視線を移し、続けた。
「ゲイルを連れてきたことについて、烈火からの報告は?」
カルコスは慎重に答える。
『詳細はまだ不明ですが、烈火はゲイルを『生かしておく価値がある』と判断したようです。ゲイルはシグマ帝国に裏切られ、ヴァーミリオン隊も壊滅状態。敵ではなく、協力者として連れてきた可能性があります』
『協力者!? ふざけんな! あいつはレザイトを焼いた男や! そんな奴、信じられるわけないやろ!』
菊花が叫ぶ。
だが、ギンは静かに目を閉じ、小さく首を振った。
「菊花、キミの怒りはもっともだ。だが、聞け」
ギンはパネル越しに二人を見つめ、ゆっくり言葉を紡ぐ。
「オレはいつまでも勝てるとは思っていない。戦えば、いつかは負ける。
プラズマリアクターを失うことも、覚悟していたことだ。
だが、巨大国家には様々な人間がいる。一人くらいは、引き込める可能性があると考えていた。
ゲイル・タイガーは、シグマに裏切られた男だ。彼の心に何が残っているのか、試す価値はある」
カルコスが静かに問うた。
『ギン様、この状況を予想していたのですか?』
「完全に……じゃないけどね」
ギンは微かに微笑む。
「だが、烈火の性格を考えれば、敵をただ殺すだけでは終わらないと思っていた。
烈火は別に、軍人としての規範で動かない。心に従うからね。
兎歌もまた、それを許した。なら、二人を信じようじゃないか」
菊花はまだ納得できない様子で、拳を握りしめる。
『ギン、ほんまにええんか? あいつ、シグマの狗やぞ。裏切られた言うても、ウチは信用できひん!』
「信用は、すぐに築けるものではない」
ギンは穏やかに答える。
「でもね。ゲイルがここに来た以上、彼の言葉と行動を見極める必要がある。
菊花、キミの故郷の痛みは忘れない。
だが、今は冷静に判断する時だ。
レザイトの復讐は、それからでも遅くないよ」
菊花は唇を噛み、目を伏せる。
「……わかった。ギンの言うこと、信じるわ。けど、ゲイルのやつ、ちょっとでも怪しい動きしたら、ウチが直々にメカのスクラップにしたる!」
ギンは小さく笑い、カルコスに視線を戻す。
「カルコス、烈火と兎歌の帰還を急がせ、ゲイルの動向を厳重に監視しろ。
ノヴァのエージェントや『灰色の髪の男』の情報収集も怠るな。
菊花、リベルタとダフネの開発を進めてくれ。おそらく、次の戦いは近い」
「承知しました」
「任せとき、ギン! ウチ、絶対負けへん!」
カルコスが力強く頷くと、菊花も気を取り直して叫んだ。
その様子を確認し、ギンは通信パネルを閉じる。
ギンは椅子に背を預け、銀髪を揺らしながら目を閉じる。
ノヴァ・ドミニオンの策略、シグマ帝国の裏切り、烈火と兎歌の帰還、そしてゲイル・タイガーの同行。
戦局は複雑に絡み合い、頭脳をフル回転させても答えは簡単に出ない。
ギンは小さく息をつき、静かに呟く。
「さて……次の一手だ」