蠢くノヴァの陰謀
砂漠の戦場から遠く離れたシグマ帝国の首都、アヴァルシア。
重厚な石造りの会議室は、冷たい空気に包まれていた。
分厚い扉の向こうから漏れる声はなく、室内には緊張と不信が漂う。
円卓を囲む数人の政府高官たちの顔は、疲弊と不安に染まっていた。
彼らの視線の先に、淡い蒼の髪を持つ美しい男が座している。
ノヴァ・ドミニオンの使者、ウリエン・ノヴァだ。
ウリエンの唇には、どこか信用できない笑みが浮かんでいる。
その青い瞳は、まるで高官たちの心を覗き込むように鋭く、しかし表面上は穏やかに輝いていた。
絹のような声で、ウリエンは言葉を紡ぐ。
「ご安心ください、皆様。これでノヴァ・ドミニオンがシグマ帝国を攻撃することはありません」
高官の一人が、額の汗を拭いながら声を震わせる。
「ほ、本当にこれで侵略を止めるというのかね? 約束が本物だと、どうやって信じろというのだ!」
別の高官が、拳をテーブルに叩きつけ、叫ぶ。
「もし約束が破られたら、我々は破滅だ! ノヴァ・ドミニオンの軍事力は、すでに我々の想像を超えている!」
ウリエンは、まるで子をあやすように手を広げ、柔らかな笑みを深める。
「大丈夫ですよ、諸君。懸念材料である三本槍……ゲイル・タイガー、ルシア・ストライカー、ドレッド・ドーザーの命と引き換えに、我々は貴方たちを攻撃しないことを約束しましょう」
その言葉に、会議室に重い沈黙が落ちる。
高官たちの顔に、恐怖と動揺が広がっていく。
まるで毒を塗った刃のように笑うウリエン。
その言葉は安心を装いつつ、シグマ帝国の心臓に突き刺さる。
「三本槍の命……だと?」
一人の高官が呟き、顔を青ざめさせた。
ゲイルたち三人は、シグマ帝国の最強の戦力だ。
彼らを失うことは、軍事力の大幅な低下を意味する。
だが、ノヴァ・ドミニオンのサーペント・ガレルが街を焼き尽くす脅威を前に、選択肢は限られていた。
ウリエンは高官たちの動揺を楽しみながら、ゆっくりと立ち上がる。
蒼い髪が照明に映え、彼の声は甘く、しかし冷たく響いていた。
「ご決断を急いでください。ノヴァ・ドミニオンは、待つのがあまり得意ではありませんので」
その笑みは、邪悪な光を帯びていた。
ノヴァ・ドミニオンは、シグマの政治家たちを利用し、帝国を内側から飲み込もうとしていのだ!
ウリエンの策略は、砂漠で戦うゲイルたちが知らぬまま、着実に進行していた。
高官たちは互いに顔を見合わせ、恐怖と無力感に沈む。
「我々に……他に道はあるのか?」
一人が呟き、会議室には絶望の空気が満ちた。
ウリエンはその光景を満足げに見つめ、静かに席に戻る。
細い指がテーブルの上で軽く叩かれ、まるで勝利の音を刻むようだった。
~~~
一方、砂漠の戦場では、ゲイル、ルシア、ドレッドの「三本槍」がエリシオンのパイロットたち……烈火、兎歌、シャオと死闘を繰り広げていた。
バーキッシュのレールガンが火を噴けば、ブレイズが躱し、粒子砲を撃ち返す。
ウィンディアは爆散寸前のダメージで倒れ伏し、その眼前ではリリエルの残骸が転がっている。
ギガローダーのガンブレードは砂塵を切り裂き、ルナの鉤爪と交錯する。
だが、彼らは知らない。
自分たちの命が、遠くアヴァルシアの密室で、ノヴァ・ドミニオンの策略に差し出されようとしていることを。
砂嵐が戦場を覆い、鋼鉄の巨人の咆哮が響く。
シグマとエリシオンの戦いは、誰も予想できない結末へと突き進んでいた。
ぞぉ───ッ。
砂嵐が戦場を覆う中、烈火・シュナイダーの愛機ブレイズ・ザ・ビーストに異変あり。
炎じみた機体から放たれる赤黒いオーラが、砂漠を不気味に染める。
「やはり、あの時の……!」
ゲイルの胸に、かつての恐怖がよぎる。
リープランドで激突したあの時、ブレイズは同じ姿になった。
瞬間、ルシアとドレッドは一撃で撃墜された。
今、再びその悪夢が現実となるのか?
「ヒャーハハ!」
ドレッドのギガローダーは、インスティンクツの影響で闘争本能が極限まで高まっている。
その剛力でルナを吹き飛ばすと、彼は迷わずブレイズに突進した。
ガンブレードを振り上げ、砂塵を切り裂くギガローダー!
『オラァ! てめぇもぶっ潰すぜ!』
『待て、ドレッド! 危険だ!』
ゲイルの制止の声が通信に響くが、一手遅かった。
───斬ッ。
ブレイズの粒子ブレードが閃き、ギガローダーの右腕を一瞬で切り落とす。
青白い粒子の刃が装甲を溶かし、火花が砂嵐に散った。
ゴロリとガンブレード付きの腕が転がり、砂にまみれる。
『なにィー!?』
ドレッドの声がコックピットに響くが、対する烈火は無言のまま。
ブレイズの赤い機体は、まるで亡魂のように次の標的を探し出す。
『ッ!?』
次の瞬間、ブレイズはバーキッシュの眼前に現れていた。
烈火の操縦は人間の限界を超え、ゲイルのネクスターの素質さえも一瞬遅れる。
アニムスキャナ―の受信限界を超える精神波が、人類の限界を突破しているのだ。
ヒュオン───
ブレイズの右手の粒子ブレードが横薙ぎに振るわれ、バーキッシュの可動式シールドが辛うじてガード。
耐久限界を超えたシールドは砕け、鉄塊となって散った。
衝撃で機体が軋み、ゲイルの頭痛が限界を超える。
「くそっ……!」
だが、烈火の攻撃は止まらない。
ブレイズは斬撃の反動を利用し、バーキッシュの側面に回り込む。
肩に搭載された機銃が火を噴き、重金属の弾丸がバーキッシュの頭部を直撃!
メインカメラが吹き飛び、モニターが一瞬暗転。
サブカメラに切り替わるが、映像はノイズに乱れている。
『ゲイル様、ご無事ですか!?』
ルシアの慌てた声が通信に響くが、ゲイルは答えない。
額には汗が流れ、インスティンクツの負担が意識を揺らす。
バーキッシュのレールガンを構え直す手は震えていたが、その目は依然として鋭い。
「まだだ……まだ終わらん!」
さて、ブレイズの回路は、菊花の手により、覚醒を封印する仕様に改造されているはずである。
それが、なぜ覚醒状態になっているのか?
答えは非常に単純。
烈火の怒りが、アニムスキャナ―のリミッターを凌駕したのだ!
今や烈火の精神は、孤独と絶望の色に染まっていた。
それが、回路の想定しない挙動を引き起こしていた。
~~~
一方、巨人の腕に抱えられたリリエルのコックピットボールの中、兎歌は自らを抱きしめ、泣いていた。
壊れたコックピットの薄暗い空間に、少女の嗚咽が響く。
桜色の髪が汗で乱れ、兎歌の声は震えていた。
「ごめんなさい……ごめんなさい……! わたしが、弱いから……!」
リリエルの大爆発は、兎歌の心に深い傷を刻んでいた。
烈火を危険に晒し、シャオを孤立させたのは、自分の力不足……そう少女は感じていた。
コックピットボールの通信パネルは沈黙し、外部の状況はわからない。
透明な涙が、膝にぽたりと落ちる。
「烈火……シャオ……お願い、無事でいて……」
少女の祈りは、砂嵐の戦場に届かない。
烈火のブレイズは赤黒いオーラをまとい、バーキッシュに迫る。
シャオのルナはギガローダーと切り結び、ルシアのウィンディアは爆風で損傷した機体を横たえていた。
戦場は混沌と化していた。
ドレッドのギガローダーは右腕を失いながらも、左手のシールドを構え、ルナに突進。
シャオは鉤爪をアンカーワイヤーで射出し、ギガローダーの動きを牽制する。
「オレのルナを舐めんな! まだやれるぜ!」
ギガローダーは、右半分が黒焦げに焼け付き、動きが鈍くなっていた。
オーバーリアクターも限界が近づき、インスティンクツの負担がドレッドの肉体を苛む。
それでも、彼はガンブレードを構え、黒く走るルナに立ち向かう。
「このぉお!」
ルナのコックピットで歯を食いしばるシャオ。
アニムスキャナーが彼女の精神状態を露骨に反映し、ルナの動きに迷いが滲む。
烈火の異常な殺気、兎歌の生死不明……仲間への不安が、シャオの決断を鈍らせていた。
ルナの右足が鋭い蹴りを繰り出し、脚の粒子開放機がギガローダーを吹き飛ばそうとする。
だが、ギガローダーのシールドがそれを防ぎ、装甲が火花を散らすだけで破壊には至らない。
「くそっ……どうすりゃいいんだ!」
シャオの声に焦りが滲む。
ルナの鉤爪がアンカーワイヤーで射出されるが、ギガローダーは重砲で鉤爪を迎撃!
ドレッドの咆哮が響き渡る。
『無駄だ、黒いの! オレのギガローダーはこの程度で負けねえ!』
シャオは操縦桿を握り直すが、ルナの反応が僅かに遅れる。
彼女の心に、仲間を守らなければならないという使命と、敵を仕留めきれない迷いが交錯していた。
一方、烈火のブレイズは、左腕にリリエルのコックピットボールを抱えていた。
赤黒いオーラが機体から迸り、砂嵐を押しのける。
烈火の目は絶望と怒りに燃え、粒子ブレードがバーキッシュを追い詰めていく。
ゲイルはサブカメラの不鮮明な映像を頼りに戦うが、ブレイズの速度と火力に圧倒されていた。
「ぐおぉお……!!」