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ガロの場合

 熱帯の海は、色とりどりの魚たちがキラキラと泳ぎ回る楽園だった。

 青いサンゴの間を縫うように泳ぐ熱帯魚たちが、陽光に照らされて虹色に輝く。

 だが、ゴボゴボと水流が揺れ、巨大な影が現れると、魚たちは一斉に岩陰に隠れた。

 ノヴァ・ドミニオンの潜水空母だ。

 全長150メートルの黒い艦体が静かに水を切り、ガロ・ルージャンたちを乗せて進む。

 潜水空母は迅速にエリシオンの勢力圏を抜け、追跡を振り切っていた。

 やがて、艦が水しぶきと共に水面に浮上。

 同時に、もう一つの水しぶきが上がり、並走するもう一つの巨大な影が姿を現した。

 サーペント・ガレルだ。

 リエンの機体とは別の、ノヴァ・ドミニオンから護衛として派遣されたサーペントが、重厚な装甲を揺らしながら随伴している。

 ガロのディーパーは潜水空母の甲板に固定され、青と黒の流線形の機体が陽光に鈍く光る。

 ディーパーのコックピットで、ガロは海図をチェックし、エリシオンの勢力圏外に出たことを確認した。

 野性的な髪を掻き上げ、長いため息をつく。


「ふぅ……エリシオンの防衛隊、ギリギリだったな。だが、機体は手に入れた。でけぇ戦果だ」


 ガロはコックピットから降り、潜水空母の甲板に足を踏み出す。

 熱帯の風が吹き抜け、潮の匂いが鼻をつく。

 ガロの野望に濡れた瞳が、海の彼方を睨む。

 ノヴァ・ドミニオンは機体を解析し、その秘密を暴き、力を飛躍的に高めるだろう。

 ガロの名もさらに轟くことだろう。


 リエンはサーペントのコックピットで無感情に待機し、護衛のサーペントは黙々と並走する。


 やがて、水平線にノヴァ・ドミニオンの海上都市が姿を現した。

 鋼とガラスでできた巨大な浮島、その名もアクアステラ。

 その旗艦、アークの巨体が、熱帯の陽光に輝く。

 無数のタワーとドックが連なり、科学立国の威容を誇示していた。


 ゴォオーン……。

 潜水空母がゆっくりとドックに接岸し、アンカーで固定される。

 ガロは甲板で腕を組み、都市を見上げた。


「これがノヴァの水上都市か。大したモンじゃねぇか」


 視界の端ではディーパーとサーペントが降ろされ、イノセント・オリジンが厳重に運び込まれる。

 リエンはコックピットから降りず、ただ命令を待つ。


「さぁて、センセイが待ってるぜ。どんな面して出迎えるかね」


 ガロの唇がニヤリと歪む。

 海上都市の喧騒の中、ガロはノヴァの力を得て、新たな野望を巡らせていた。


~~~


 一週間前、大陸北の寒冷地帯、頭部連邦の支配域。

 氷点下の風が吹き荒ぶ荒野に、パーヴェル・ペトロフの自宅は存在していた。

 寒さを弾くための頑丈な箱型建築は、ブリザードにも微動だにせず、いかなる冷気も通さない。

 外では雪に覆われた外壁が白く輝く。

 室内では暖炉がパチパチと薪を燃やし、サモワールから湯気が立ち上る。


「さて……お客さんかな。いらっしゃい」


 ペトロフはテーブルにティーカップを置き、穏やかな笑みを浮かべて来客を迎え入れた。

 客はノヴァ・ドミニオンのエージェントだった。

 黒いコートに身を包み、鋭い目つきでペトロフを見据える。

 男は、スカウトのためにやってきたのだ。


「……おじゃまします」


 二人はテーブルを挟んで座り、ペトロフは静かにティーを注ぐ。

 だが、彼の眼鏡型サイバーグラスには、周辺の生体反応が映し出されていた。


((武装した人間が三人、家の周囲に潜んでいるかな? スカウトを拒否すれば、口封じに殺すつもりか))


「ペトロフ博士、ノヴァ・ドミニオンはあなたの才能を高く評価しています。機械工学の第一人者として、我々のプロジェクトに参加していただければ、高額な報酬と最先端の研究環境を約束します」


 エージェントの声は滑らかだが、使い潰す魂胆が透けて見える。

 ペトロフは穏やかに相槌を打ち、ティーカップを手に持つ。


「ふむ、魅力的な提案だね。具体的な条件を聞かせてくれるかな?」


 ペトロフの声は柔らかだが、頭は冷徹に計算を続けていた。

 エージェントが報酬額や研究施設の詳細を語る中、ペトロフは遠隔で電磁波装置を起動する。

 ブゥゥン───

 瞬間、耐えがたい低周波音が家を包み、電子レンジのような電磁波が周囲を覆った。

 外に潜んでいた兵士たちが悲鳴を上げる間もなく、ガクンと倒れる。

 熱で茹で上がった彼らの生体反応が、サイバーグラスから消えた。


「……?」


 男は不可思議な音に驚き、周囲を見回した。

 その様子を見てペトロフはにこやかに微笑み、ティーを一口飲む。


「警戒が甘いよ、君たち。罠は電撃や毒ガスだけじゃない。もっと創造的であるべきだ」


 その声は親しげだが、圧倒的な優位を誇示している。

 エージェントは額に冷や汗を浮かべ、手元の通信機を確認。


「……ッ!」


 兵士たちとの連絡が途絶えていることに気づき、顔が青ざめた。


「さあ、条件について本気で語り合おうか。ノヴァのプロジェクト、興味はあるよ。だが、私をただの駒だと思うなら、痛い目を見るだけだ」


 ペトロフは眼鏡をクイッと直し、穏やかな笑みを崩さない。

 エージェントは言葉に詰まり、テーブル越しに彼の底知れぬ悪意を感じ取る。

 寒冷地の家に静寂が戻り、サモワールの湯気だけがゆらゆらと漂っていた。

 ペトロフのゲームは、すでに始まっていたのだ。


~~~


 さて、視点は現在のアクアステラに戻る。

 ガロ・ルージャンは都市の地面へと足を踏み出した。

 地面と呼ぶべきか床と呼ぶかは微妙だが、ガロには地面に思えたのだ。

 熱帯の風がガロの野性的な髪を揺らし、野望に濡れた瞳が都市を見上げる。


 クゥウーン。

 サーペント・ガレルのハッチが開き、人影が現れる。

 パイロットスーツに身を包み、上品な顔立ちの少女がゆっくりと降りてきた。

 この女が、セラピナ・ノヴァだ。

 オレンジ色の髪が陽光に映え、豊かな胸が歩くたびに揺れる。

 港で待っていた従者がマントのような上着を彼女に着せた。

 セラピナはマントを翻し、ガロの前に立つと、優雅にお辞儀をした。


「セラピナ・ノヴァと申します。ノヴァ・ドミニオンへようこそ。ガロ・ルージャン様、我々はあなたを歓迎しますわ」


 彼女の声は澄んでおり、貴族のような気品が漂う。

 ガロは表向きににこやかに手を差し出し、握手を交わす。


「よぉ、セラピナさん。派手な歓迎だな。ありがたく受け取るぜ」


 だが、ガロは内心で鋭く考察していた。

 ノヴァの名字───この国と同じだ。

 何者だ? ノヴァ・ドミニオンを建国したフレギア・ノヴァは、何十年も前に表舞台から姿を消したと聞く。

 ならば、この少女はその子孫か? 孫か、あるいは……もっと近い血縁か?


 ガロの頭が高速で計算を続ける。

 彼女の気品と、サーペントのパイロットである事実が、ただの飾りではないことを示している。

 セラピナは微笑を崩さず、友好的に言葉を続けた。


「長い旅路でしたでしょう。どうぞ、こちらで休息を。あなたのお力は、ノヴァ・ドミニオンの未来に欠かせませんわ」

「へぇ、期待されてるってわけか。悪い気分じゃねぇな」


 ガロはニヤリと笑い、軽口を叩くが、目はセラピナの動きを観察し続ける。

 彼女が従者の一人に目配せすると、ガロのための部屋へ案内するよう命じた。


「こちらへお進みください。必要なものはすべて揃えてございます」


 従者が恭しく頭を下げ、ガロをドックの奥へと導く。

 セラピナは見送るように港に立ち、マントを風になびかせながら潜水空母を見上げていた。

 イノセント・オリジンが運び込まれ、厳重なセキュリティの下で研究施設へと移される。

 セラピナの唇に、微かな笑みが浮かんだ。


 ガロは従者に従いながら、背後でセラピナの存在を感じていた。

 ノヴァの王族、パイロット、そしてこの歓迎の裏に隠された意図。

 フレギアの血を引く少女が何を企むのか、ガロは小さく牙を剥いて笑った。


「面白ぇ女だ。さて、どんなゲームになるかな」


 その呟きは熱帯の風に消え、アクアステラの喧騒に溶けた。


 さて、ガロはアクアステラの近未来的な通りを歩いていた。

 ガラスと鋼でできたタワーが陽光を反射し、浮遊するドローンが頭上を飛び交う。


「いいねぇ。未来都市って感じだ」

「お気に召されたようで何よりです」


 従者に案内された先は、研究所の隣に建つ高級ホテルのような集合住宅だった。

 ガラス張りのエントランスを抜け、エレベーターで最上階へ。

 部屋のドアがスッと開くと、広くて豪勢な空間が広がる。

 白い大理石の床、熱帯の海を見下ろす巨大な窓、豪華な家具が並ぶ。


 部屋の中央には、メイド服の女が恭しく立っていた。

 露出は少ないが、太ももからガーターベルトがのぞき、大きな乳に合わせたエプロンが美しい曲線を描く。

 メイドは軽くお辞儀をして言った。


「ベロニカと申します。ご用命は私にどうぞ。できるだけ要望を叶えるように言われております」


 その声は穏やかで、整った顔立ちには感情が乏しい。

 従者が部屋を去り、ガロとベロニカは二人きりになる。


「ふむ……?」


 ガロの野望に濡れた瞳が彼女を値踏みし、ふと悪戯心が湧いた。

 彼は一歩踏み出し、ベロニカを豪勢なベッドに押し倒す。

 ドサ───

 彼女はなすすべもなく倒され、メイド服のスカートがわずかに乱れる。


「要望? それなら犯してえっつったら、犯されてくれんのかい」


 ガロの声は低く、挑発的だ。

 ベロニカは一瞬、驚いたように目を瞬かせるが、抵抗はしない。

 静かに答える。


「要望はできるだけ叶えるように言われております。この身体であれば、お好きにどうぞ」

「チッ。お人形遊びは趣味じゃねーのよ」


 ガロは舌打ちし、ベッドから身を起こした。

 好みなのは、抵抗し、泣き叫ぶ女を嬲ること。

 だが───


((初対面の男に犯されそうになっても無抵抗? 流石におかしくねぇか?))


 彼の鋭い直感が働く。

 と、その視線が1点で止まった。


「……む?」


 ベロニカの首筋に、記号のような入れ墨を見つけた瞬間、ガロの頭が高速で分析を始めた。


 リエンのように洗脳されているのか? いや、ただのメイドにそんな手間はかけない。

 ならば、この女は最初から「このような存在」として作られた可能性が高い。


 遺伝子組み換え、あるいはクローニングで、忠実な奴隷を生み出す──ノヴァ・ドミニオンの科学力なら、十分に可能だ。

 ガロはニヤリと笑い、ベロニカを解放する。

 静かに立ち上がり、メイド服を整えるベロニカ。

 その様子を眺めつつ、ガロは窓に歩み寄り、アクアステラの輝く都市を見下ろした。


「この国、闇が深いな……だが、そいつが争いの火種になる」


 その呟きは部屋に溶けて消え、ベロニカは無言で控える。

 ノヴァ・ドミニオンの底知れぬ闇と、イノセント・オリジンを巡る計画が、ガロの野望をさらに煽っていた。この都市で何が待つのか、彼の血が騒ぎ始めていた。


〜〜〜


 数日後、ガロ・ルージャンはノヴァ・ドミニオンの海上都市アクアステラの研究所に足を踏み入れていた。


 未来的な施設は、ガラスと鋼でできた無機質な輝きに満ちている。

 見たことのない小型パワードスーツが吊るされ、分解された機体の残骸が床に並ぶ。

 中央にはイノセント・オリジンが厳重に固定され、巨大な試験装置が低く唸っていた。

 無数のケーブルとモニターがオリジンを取り囲み、ノヴァの科学者たちが忙しく動き回る。


 そんな中、パーヴェル・ペトロフがガロを出迎えた。

 眼鏡の奥で穏やかな笑みを浮かべ、物腰柔らかに手を差し出す。


「ガロ君、よく来てくれた。素晴らしい戦果をありがとう」


 ガロは野性的な髪を掻き上げ、ニヤリと笑って握手を返す。


「よぉ、センセイ。で、どんな良い話があるんだ?」


 ペトロフはガロを試験装置の前に案内し、途中経過を報告し始めた。

 声は丁寧だが、機械工学の第一人者としての自信が滲む。


「エリシオンの高性能機の秘密を、少しずつ解明しているよ。

 この機体、イノセント・オリジンと呼ばれるものだが、核心は新型リアクター……プラズマリアクターだ。

 E粒子の生成効率が従来の何倍にも上がり、出力そのものも飛躍的に向上している」


 ペトロフはモニターを指差し、オリジンの解析データを表示する。

 複雑なグラフと数値が映し出され、リアクターの構造が断面図で示された。

 目を細め、興味深そうに頷くガロ。


「だが、残念なことに、解析中に自壊プログラムが作動してしまった。機密情報の多くは失われたよ。オリジンの全貌を掴むのは、まだ時間がかかりそうだ」


 ペトロフの声に一瞬の悔しさが混じる。

 ガロは肩をすくめ、豪快に笑った。


「まぁ、無理な解析でデータが飛んだとしてもな。あの場でオリジンを動かしたから、敵をぶっ潰して防衛隊が来る前に脱出できた。アレで正解だったろ」


 ペトロフは苦笑し、眼鏡をクイッと直す。


「ふふ、そう言ってもらえると気が楽だよ。君の判断は正しかった」


 ガロは次の話題に移る。

 野望に濡れた瞳がペトロフを捉え、声を低くした。


「で、センセイ。俺のための新型機はいつできるんだ? オリジンの技術使えば、ディーパーなんざ目じゃねぇ機体ができるだろ?」

「そうだね……」


 ペトロフは穏やかに笑い、試験装置に手を置く。

 背後でオリジンのプラズマリアクターが微かに光り、研究所の壁を淡く照らしていた。


「この技術があれば、夢のような機体は夢ではなくなる。

 ガロ君、君に最高の機体を約束しよう。

 プラズマリアクターの解析が進めば、東武連邦はおろか、ノヴァ・ドミニオンすら凌駕する力を手に入れられる」


 ガロの唇がニヤリと歪んだ。

 研究所の未来的な光景を背に、彼の野望がさらに膨らむ。

 イノセント・オリジンの奪取は、単なる戦果ではない。

 プラズマリアクターの技術が広まり、時代が変わる前触れなのだ。


「そいつは楽しみだぜ、センセイ。早くその機体でエリシオンをぶっ潰したいな」


 ペトロフは静かに頷き、解析作業に戻る。

 おお、彼らは何をする気なのか?

 戦争だ。


 もっと強く、もっと速く、もっと力を!!

 力への渇望が彼らを駆り立てる。

 その先に待つのは果たして───

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