取り戻せ、イノセント・オリジン!
「これまで、荷電粒子兵器を搭載したコマンドスーツは、駆動時に独特の音を発していた。だが、このイノセントにはそれがない。かすかな違いだが、私の耳は誤魔化せないよ」
「ほぅ?」
ガロの目が細まる。
ペトロフの観察力は、さすが秘密研究所の研究員だと認めざるを得なかった。
「さすがセンセイだ。で、それが何を意味するってんだ?」
ペトロフは微笑を崩さず、逆に問いかけた。
「それが知りたいのは私の方だよ、ガロ君。君は現場に近い。この映像以外で、何か気づいたことはないか? もう少し情報があれば、イノセントの秘密を解き明かせるかもしれない」
ガロは少し考え込んだ。
指先で机をたたきながら、記憶を掘り返す。
シグマの農場での戦闘データ、ノヴァのスパイから得た断片的な報告、そしてガロ自身の直感。
イノセントの異常な火力は、確かにエリシオンの機体特有のもの。
だが、音がない? ガロの頭が高速で計算を始める。
鹵獲のチャンスを掴むには、この情報が鍵になるかもしれない。
「そうだな……あの機体、弾丸をケチってるっつーか、攻撃の頻度が低い。粒子兵器をバカスカ撃ってる感じじゃねぇな」
ペトロフの目が光る。
この情報で、彼は確信に至った。
「なるほど……となれば、イノセントには粒子の発生源がない。代わりに、どこか……おそらく彼らの母艦から粒子を供給されているんだ」
ペトロフはホログラムを操作し、イノセントの機体を拡大する。
装甲の所々に不自然な膨らみが見える。
ペトロフはそれを指差した。
「これだ。この膨らみはおそらくエネルギータンクの類だ。ここに粒子を貯蔵している可能性が高い」
ガロがニヤリと笑う。
「つまり、自前でエネルギー発生源はないワケか。で、なぜそんな面倒なことしてんだ?」
ペトロフは穏やかに頷き、分析を続ける。
「コストだろうね。粒子の発生源は非常に希少で、製造や運用に莫大な資源を要する。エリシオンのような勢力でも、一部のエリート機にしか搭載できないのだろう。だから、他の戦場でこの手の機体を頻繁に見ない。出撃頻度に限りがあるんだ」
ガロの頭脳は計算を続ける。
希少な発生源をエリート部隊に集中させる戦略は合理的だが、弱点でもある。
発生源を叩けば、イノセントの力を封じられるのでは?
「具体的に、どこにその発生源があるんだ?」
ガロの問いかけに、ペトロフは別の戦闘記録映像を呼び出した。
映ったのはプロメテウス、エピメテウスと同じ、プロメテウス級戦闘空母である。
ペトロフは映像の一角、プロメテウスの側面を指差した。
「この戦闘空母だ。先ほどの映像の艦と同型艦のようだが……。この辺り……格納庫だろうね、ここに発生源がある可能性が高い」
ガロの唇がさらに歪み、野望が燃え上がる。
「母艦の格納庫か……それだけの情報があれば、充分勝ち目がある。狙うはそいつだ」
「武運を祈るよ」
ペトロフは静かに微笑み、電脳空間が薄暗くフェードアウトした。
~~~
さて、ディーパーのコックピットに戻り、ガロは操縦桿を握り直した。
潜水空母のモニターに、エピメテウスの黒い艦体が映る。
サーペント・ガレルと共に、襲撃の時は刻一刻と近づいていた。
「母艦をぶっ壊せば、お目当てのモノが手に入る。簡単な話じゃねぇか」
ガロの声が低く響いた直後、ディーパーのコンソールが明滅。
通信パネルにリエンの無感情な顔が映る。
『攻撃準備……完了……』
『よぉし、攻撃開始だ。どてっ腹をぶち抜いてやれ!』
~~~
ブガーブガーブガーッ!!
エピメテウスのブリッジは一瞬前までの和やかな空気から一変し、けたたましいアラート音が鳴り響いた。
赤い警告灯がチカチカと点滅し、オペレーターのレミィの緊迫した声がスピーカーから響く。
『海底に大型反応! 敵です!』
ノエル、シホ、ユナの三人はハッと顔を上げた。
潜水空母のステルスフィールドにより、敵はギリギリまで探知を逃れていたのだ。
次の瞬間───
───ズガァン!
艦体に激震が走り、部屋の床が傾く。
サーペントの魚雷が直撃したのだ!
ノエルがソファから立ち上がり、叫んだ。
「こ、攻撃!? みんな、格納庫へ急いで!」
「くそっ、誰だよこんな時に!」
ユナは舌打ちしながら走り出し、シホもメガネを直して後を追う。
三人は廊下を全力で駆け、金属の床をガンガンと踏み鳴らした。
三人が走る通路から下方向20メートルの海中。
艦の底には、サーペント・ガレルの巨大な影がエピメテウスに取り付いていた。
魚雷が開けた穴にドリルを差し込むと、ハンドルをグルグルと回し始める。
ガリガリガリガリッ!!
回転のたびにドリルは装甲を抉って穴を拡張していく。
金属が軋む音が艦内に響き渡った。
格納庫に飛び込んだ三人は、目の前の光景に息を呑んだ。
穴から水がゴボゴボと流れ込み、床が浸水している。
巨大なドリルの先端が装甲を突き破り、ギリギリと侵入してきたのだ。
ドリルが抜けた直後、サーペントの巨大な上半身がズシンと格納庫に現れる。
サーペントの手が4機目のイノセント……イノセント・オリジンを掴んだ。
「オリジン!? まずい、持ってかれる!」
シホの叫びも空しく、サーペントはオリジンを海底へと引きずり込んでいく!
「追うわよ! 急ぎましょう!」
ノエルが叫び、愛機へと走りだした。
三人はそれぞれのイノセントに飛び乗り、コックピットで素早くシステムを起動。
ノエルは即座に指示を出す。
『水中では粒子兵器は弱まる! 各自、粒子兵器は捨て、実弾兵器を持って穴から緊急発進して!』
『『ラジャー!』』
ユナは両腕に魚雷砲を、シホは水中用のジャベリンを抱え、ジャベリンを掴む。
ノエルはガトリングガンを握り、妨害電波装置をパージした。
どうせ使わない装備、外して軽量化した方がマシだ。
三機のイノセントは浸水する格納庫の中を歩き、サーペントが開けた穴を通って海底へ飛び出した。
だが、その直後───
海底から迫る魚雷の群れ!
展開していたディーパーたちが、一斉に砲撃を開始したのだ。
暗い海底で魚雷が鈍色に光り、エピメテウスめがけて迫ってくる!
「魚雷!? くそっ、めっちゃ多い!」
ユナが叫び、魚雷砲を構えて応戦しようとする。
シホも刀を握り、魚雷を睨む。
『ノエルさん、どうする!? オリジンを追わないと!』
ノエルが冷静に答えた。
『まず魚雷を掻い潜って! オリジンが奪われたら、マズい! 絶対取り戻します!』
『了解、ぶっとべ!!』
ユナは魚雷砲を抱え、勢いよく発射。
爆発がゴボゴボと水泡を巻き上げ、次々に誘爆していく。
爆発の中、シホはジャベリンを構え、素早い動きで残る魚雷を斬り裂く。
ノエルもガトリングガンを連射し、水中で弾幕を張った。
だが、魚雷は多方向から迫る。
数発が防ぎきれずエピメテウスに命中!
衝撃で艦体が揺れ、格納庫の浸水がさらに進む。
『艦が! まずい、急がないと!』
シホが慌てた声で叫ぶ。
だがノエルが冷静に指示を出した。
『落ち着いて! 艦を守りつつ、オリジンを追うよ!』
~~~
さて、エピメテウスの艦橋では、艦長ロゼッタが白髪を揺らし、威厳ある瞳でモニターを睨んでいた。
高齢ながらその眼光は鋭く、戦場の流れを瞬時に読み取る。
彼女は敵の初手……イノセント・オリジンの強奪に、罠の意図を見抜いていた。
「プラズマリアクターを奪うことで冷静さを失わせ、水中戦を強要する……巧妙だ」
ロゼッタの声は低く、経験に裏打ちされた確信に満ちている。
本来なら不利な水中では戦わず、戦力の損耗を避けるべきだ。
ロゼッタはパイロットたちに指示を伝えようと通信機に手を伸ばすが、スピーカーからはザリザリとしたノイズしか聞こえない。
「通信が……?」
ロゼッタは即座に気づいた。
魚雷の中に重金属紛が仕込まれ、通信を遮断する電磁妨害を引き起こしているのだ。
混乱を誘い、連携を断つ……心理学を熟知した狡猾な作戦。
白い眉がピクリと動く。
「敵は一筋縄ではいかないな……」
~~~
さて、海底では、ノエルがノイズ越しの微かな声を捉えていた。
ザリザリと途切れる音の中で、ロゼッタの必死な声が断片的に響く。
『ザザわザザ……さがザザザ……ッ』
その瞬間、ノエルの聡明な頭脳がフル回転した。
ノイズ越しの声、迎撃に出たタイミング……。
((ここで通信妨害? ってことは……罠!))
敵はエピメテウスを水中戦に引きずり込み、消耗を狙っている。
ノエルは叫んだ。
『シホ、ユナ、待って! 罠よ、戻って!』
だが、経験の浅いシホとユナは勢いに乗って前進してしまう。
シホは爆発の衝撃を潜り抜けながら叫んだ。
「オリジンを取り戻さないと! 急がないと艦が!」
「この! ボコボコにしてやる!」
ユナも魚雷砲を撃ちながら突き進む。
その様子に、ノエルは止めようとした。
だが、その瞬間───
───水流を切り裂くように突進してくるのは、流線型のシルエット。
「だーはは! そうはさせねえよ!」
ガロ・ルージャンのディーパーだ。
野性的な動きで即座にノエルのイノセントに狙いを定め、素早い突撃で妨害。
ガロは一瞬で最も冷静な相手を見分け、的確に動きを封じてきたのだ。
「この……ッ、邪魔しないで!」
ノエルがガトリングガンを構えるが、ディーパーは水中で滑るように回避。
ガロはコックピット内で哄笑する。
「ハッハー! 冷静なようだが、ワリいな。まずはお前から潰す!」
ディーパーは水中用のブレードを構え、ノエルに迫る。
その向こう、シホとユナはサーペント・ガレルを追い、魚雷の群れに突っ込んでいく。
エピメテウスは揺れ続け、通信は途絶えたまま。
ノエルの警告が届かず、戦場は混迷を深めていく。